第七十一話『みんなお疲れ様』
「じゃあ、みんな。お願いね」
だばだばと湯気の中へ泥の付いた野菜を空けると、手に持った木箱をガタンと傍らに積み重ねたシュルルは、腰に手を置いて傍らに立つ六人のちびっこらを見渡した。
「湯だ!?」
「熱いの!?」
みんな興味深々と言った感じで、ぷかぷか浮いてる野菜を恐る恐る指で突っついてはきゃっきゃと歓声を上げる。
裏庭の一画にある、ラミアが数尾楽々入れる程の大きな湯だまりを前に、いよいよ作業開始といった具合だ。
「じゃあ、これで泥を落して、玉ねぎは皮を剥いてってね~。菜っ葉で虫の食べてる外葉もどんどんもいでって。こんな風に」
シュルルが藁の小さな束で作ったブラシを一人一人に手渡すと、実際にどうやるか淵にしゃがみこんでぱっぱと手を動かした。
ぷかぷか浮いた芋をじゃぶじゃぶこすって泥を落し、菜物を毟って外側の固く虫食いだらけの葉っぱを棄てていく。棄てられた外葉は、そのままぷかぷか浮いて建物とは反対側にある溝からとぽとぽと流れ出る場所にたまっていく。
「こ~んな感じ? 判った?」
「「「「「「うん!」」」」」」
シュルルと入れ替わる様に、こどもたちが湯だまりの淵に座り込んでいく。
「うひゃあー、あったけー!」
「ほんと!?」
「うわ~い」
とぽんと中に入っちゃう子も居るけど、まあ良いかな?
海辺の子供だから、溺れるなんて事は無いよね?
「おしっこしたくなったら言ってね。建物の中にする所があるから、ここでしちゃ駄目よ」
「「「「「「えっ?」」」」」」
ま、野犬と同じ生活してるって事、匂いで判ってるからね。
せっかく洗っても、おしっこかけちゃねえ~? ま、デカハナさんなら良いか……と一瞬思ったけど、匂いでばれそう。いけないいけない。
最初の内は一緒に洗い物をやって、溜まって来たら後は男の子たちに任せて、女の子たちに銅のナイフを持たせて、中で皮むきから。先ずはナイフの持ち方、構え方からだけど、こういう作業は女の子向きかな? 男の子はやんちゃが過ぎて、手とか切りそうだからね~。
みんな身体が小さいから、空箱をひっくり返して、その上に立たせるの。
「押さえる手はこんな感じに内側に丸めて、慌て無くても良いから、ゆっくり確実にね」
「「「はい!」」」
タン。トン。タン。
「そうそう。そんな感じ」
「「「はい!」」」
う~ん、何か妙に真剣過ぎて、ちょっと怖いくらい。
そんなこんなをやりながら、私は途中から買って来たお肉の処理。豚らしいけど、ここでは血抜きしてないみたいで血が滴ってる。昨夜、騎士団で見つけた樽詰めのお肉もそうだったから、水っぽくならない様に血を抜いていく。勿論、魔法でぴゅっぴゅとね。
これ、そのままにしとくと、血が煮固まって舌にざらついて美味しく無いから。
「ん~、そっちはどうかな~?」
「も、問題無いで御座るよ……?」
時折、手を休めて裏庭の様子を見に行く。男の子を見てくれてるミカヅキは、声をかけるとびっくりしてちょっとだけきょどるんだけど、先ずは順調そう。
私は洗い終わった野菜や根菜類と、皮や外葉を分けて回収して、中の女の子たちに届ける。
煮る時間を短縮する為にも、ちょっと小さ目に切って貰うんだけど、私はその間にくず野菜で出汁を取る準備と、スープに使う香辛料の準備をしていくわ。今回は、予算が結構あるからサービスも兼ねて多目に使うの。
「ふふふ……今日は試しに色々と……」
ここ、ブラックサンは港町で交易が盛んらしく、嬉しい事に香辛料がい~っぱい売っていたの。しかも荒野を通る様な行商人さんたちから買うより遥かに安い!
いやあ~、物がいっぱいあるって凄いわ~。
黄色に赤に、青に白と黒。
同じ種類でも、見た目も味も風味も違う。そんな初めて見た様なのも試しながら、物によっては種を轢いてみたり、花実を刻んでみたり。
「あ~、良い香り! 何て鮮烈! やっぱり轢きたては違うわ~!」
「嬉しそう」
「変なの……」
「そんな変な色の粉……」
「何? あなたたち、こういうの知らないの? 内地じゃ滅多に出回って来ない上に、物によっては滅茶苦茶高かったりするから、ほんと夢みたい!」
そう言って、幾つかの小分けにした香辛料の小皿を回してあげると。
「ふわ~……」
「この匂い、好きかも~」
「はふぅ~……」
みんな手を休めて、それに鼻を近付けてくんくんと鳴らすと、何度も息を思いっきり吸って目を細めていたわ。食べるのもやっとだったんでしょうね。縁が無かったのもうなずける話だけど。
「はい、みんなお疲れ~!」
「「「やったー!」」」
さて、それから暫くして具材の処理が一通り終わった所で、刻んだそれらをみんなで寸胴鍋に入れ、お水、塩水をひたひたに満たしてから、その上にニ十種類位の香辛料をブレンドして入れてあげる。
お鍋いっぱいに色んな色がふわ~っと広がって、複雑な香りと色彩が際立つわ。みんな、目をまん丸にしてる。
「色がある物って、基本身体に良いからね」
「「「へえ~……」」」
取り合えず全部目分量だけど、それはこれまでの経験って奴?
騎士団の人数は、昨夜勝手に掃除した時に、使われてる席数から適当に割り出したけど、お鍋三つあれば充分かなって。
蓋をして、竈にずらっと並べて放り込むと、後は薪を入れて火の調整をして、と……
「よし! 後はお昼少し前までこのままで良いわ!」
「「「やったーっ!!」」」
奥からの炎で、赤々と浮かび上がる銅の鍋。
ちょっとした達成感って奴じゅない? みんなも目を輝かせて喜んじゃって、もう子供ね~。
「じゃあ、手を洗って。さっきのスープで良ければ、お腹いっぱいにしてってね。それと、お代を払うから、裏庭で遊んでる男の子たちを誰か呼んで来てくれる?」
「私、行って来るー!」
「私も!」
「はーい!」
一斉にぱたぱたと駆け出すちびっこたちに、自分たちの小さな頃が重なって見えるわ。種族が違っても、こういう所は大して変わらないものだと……
放り出されたナイフを苦笑しながら集め、作業台の汚れをさっと魔法で落すと、集めたそれを床に作った排水溝へとそのまま流し込む。
「これで、ひと段落と……後は……」
そんな事をやりながら、竈からさっきのスープが入った鍋を引っ張り出しながら、尻尾の先で綺麗なお皿やスプーンを並べていると、先ほどの小さな足音が倍くらいの勢いで帰って来た。