第六十七話『これって、まるで人間牧場だわ』
私たちの間には、越えられないラインがある。
それは人とラミアという種族の違い。
もし、彼らが私たちの正体を知ったなら、あの悪辣な冒険者と同じ様に、手に手に武器を持って襲い掛かって来るに違い無いわ。
肉体と言う外観の違い。
内面と言う心の在り様の違い。
幻影魔法を習得するに、心は種、育ち、習慣、伝統、そういったものが大きく関わり、形作られている事を学んで来たわ。
即ち、肉体、種の違いは、心の違いの決定的唯一の要素では無いという事。
だから、お金さえ積めば、私の様な者にも危険な技を伝授したのでしょうね。
賢者とか導師とか言われる、あの塔の老人たちは。
そして何を求めるかは、それぞれに違い、それぞれを否定する事が無いから、私が塔を出る事も認めたんじゃないかと思うわ。
脳裏を過るのは、なんか良く判らない方へと突き進んでいく老人たちの面影。
肉体的な老いとは関係なしに、心はそこに留まる事を知らないという。
虚実を知るが故に、虚構に捕われる事無く、自由にあるという。
だから、他の塔から異端視されているとも聞くけどね。
私は目の前の、ちびっこたちを一瞥して、そんな事を考えていたわ。
この子らは、心が虚ろいゆくままに、ただあり続けていたのだと。そして、その事に気付かない様に、蓋をしていた。
何でか、私が鍋の蓋を開く事で、その心の蓋を開いてしまったってところかしら?
ん~……
何で!?
ただ、判る事は、己の虚ろに気付いてしまった今は、生きていく気力すら失っているんじゃない?
自殺って、結構多いのよね。
藪の中で、まるで眠っているかの様に、首に縄を巻きつけて横たわってる若いの。
今に、これからに、失望してしまうからかしら?
勿論、魔法で干渉し、心を完全に作り変えてしまう事も出来るわ。
でもそれは、邪悪な行為。
心の自由を奪う事は、私の塔では禁忌とされているんだもの。
「まあ、みんな。先ずはおあがりよ」
私は、手にしたお椀で湯気と香りの立ち昇るスープをかき混ぜる。
ゆっくりと。
でも、だから……
私たちが心に虚ろを感じずに成人出来たのは、私たちが十七姉妹だったからだと想う。
互いに補完し合い、心と肉体がその干渉を逆に窮屈に感じる程に成熟した時に、互いに縄張りを決めて距離を置く事にした。
逆を言えば、幼少期は互いを補完し合う関係性が必要不可欠で、その本来の役割が『肉親』というものなんじゃないかしら?
私たちは、姉妹と言う繋がりが、消しようの無いものだったから……
でも、このちびっこたちの繋がりは、恐らくはもっと希薄。
互いを支え合うには、か細く、弱弱しいのでしょうね。それを信じ、すがるには酷薄な程に。この何万人と人の集う『街』というものは、驚く程に薄情な空間。
この数日、見て回っただけでそうと感じさせるものを、このブラックサンという街は孕んでいるわ。それは荒野と同じ程に、弱肉強食の世界。
ああ、何だ。
私たちが育った荒野と、そう変わらないじゃない。
でも、私たちはつがいを得る術が見つかったらそこへと移る、言わば異邦人。
いつまでも関わるという訳にはいかないものね。
ま、商売が上手くいけば、良いのか……
ここを拠点に、この子たちが独り立ちするくらいまで、付き合ってあげても……
は、まるで本当に、ここが『人間牧場』になっちゃうんじゃないかしら?
「はい。君。ちょっとずつよ。一口一口よおく噛んでね。まだたっぷりあるし、焦らなくても大丈夫だからね」
ふと苦笑を浮かべたシュルルは、優し気な声色で一人一人に声をかけながら、頭や頬を空いた左手で撫でつつも、その子の持つ皿にスープへ具を少なめに盛り付けていった。