第六十四話『やっぱり人間の街は厳しい訳で』
ベイカー街の裏手へ差し掛かると、パンが焼ける何とも香ばしい風が漂いだし、みんな早くも空腹を覚えたらしく、野菜や肉などが満載の木箱を抱えた子供たちは、どうにも言えない顔をしだしてしまう。
それを横目に、両脇に同じだけの木箱と薪の束を抱えたシュルルは、脱落する子が出ないかちらちらと気を配っては、時折立ち止まって休憩などを繰り返していた。
「さ、も~ちょっとだから。頑張って頑張って」
「ふうふう」
「よ~し。あと少しだな……」
「さっきから、もうちょっともうちょっとって」
「ううう……この辺に来ると、すきっ腹が悲しくなるから、あんまり近付きたく無かったよぉ~」
「……」
「うふふふ、声と顔が一致しないって、変なの~」
あらら。みんな結構へばって来た感じ?
ふらふらとした行列が、ゆっくり進みます。
子供たちは二人一組になって、一つの木箱を運んでいるわ。それぞれの体格に合わせて、荷物の重さを変えてあるから、大丈夫だとは思うけど……
まぁ、普段からしっかり食べてなさそうだから、手足もひょろひょろしてるし、下腹もぷっくり出ちゃってる。そういうところは、沼ゴブリンと同じだわね。海が目の前だから、普段って貝や魚を獲って何とか食べてるのかしら?
買い出しも済んだし、ちょっと気分に余裕が出来たから傍らの子に聞いてみました。
「きみきみ? 普段、何食べてるの? 朝あげた前に、最後に食べたのっていつかな?」
「えっと……覚えて無い……」
「ふ、ふ~ん……みんな、そんな感じなの?」
ああ、やっぱり。そんな感じでした。
予想はしてたけど、ちょっと気分的に、ね?
すると、別の子がぽつぽつと。
「一昨日かな? 孤児院の炊き出しで……麦かゆ食べた……」
「あそこの、薄くて水っぽいよな~! 何も無いよりマシだけどさ」
「あれ、残り物を薄めてるからな」
「だったら孤児院に入れて貰えば?」
「ダメダメ。どこも定員オーバーさ。出入りは激しいみたいだけど、騎士団が捕まえたその辺のガキを叩き込むんだよ。で、そっから先はどこへ連れていかれるやらって」
「へぇ~……」
う~ん、うち今回は騎士団のお仕事って事、言わないでおこう。
「だったら海で貝でも獲ったら?」
「ダメダメ。大人に見つかったら、何されるか判らないって」
「あいつら、オール持って追いかけ回すんだよな~」
「あらら」
どうやら、漁師さん達も死活問題って奴?
「船乗りに捕まったら、キツイらしいぜ~」
「ああ、ニ三日でボロボロにされるって」
「だから、港に船が入る度に、誰かが消えるんだよな」
「やあね~」
「……」
「船、怖い……」
う~ん……何か、怖いものだらけだわね。
使い捨ての安い労働力にされちゃうって感じかしら?
まぁ、こういうのって、弱い方弱い方へって来ちゃうものだから、これだけ人が集まってる街なんだから、仕方ないっちゃ仕方ないかなぁ~。
親っていう保護者が居ないと、悲惨って訳ね?
で、孤児院も、何か色んなコネがあって、安い労働力の供給所になってる感じかな?
救い、無いなぁ~……
あっと、自分も似た様な事、やってるのか!?
良く良く考えたら、安い賃金で子供を使ってる私。
いや、だって、そこらへんにたむろってるんだから、使わない手は無いじゃない?
「さ、こっちこっち~」
そんなこんなで、お店の裏木戸を開けて、ぞろぞろと子供らを……う~ん、何か悪い事をしている様な変な気分!
いや、何も取って食おうとかしてる訳じゃないし!
どちらかと言うと、何か食わせてあげようって感じ!? 試しに作ったスープの残りがあった筈だし~。
「やったぁ~!」
「到着だ~!」
「ひゃあ~……」
「ど、銅貨二枚……」
「お金……」
「うくく……」
みんな半分、とほほ~って感じで雪崩れ込んで来ました。
「じゃ、その辺に降ろして~」
「「「「「「は~い……」」」」」」
おいでおいでと裏庭に入れ、荷物を降ろさせました。
「ちょっとミカちゃ~ん! ミカちゃ~ん!」
すると、裏戸がキイイっと開いて、ちょこっと顔だけミカヅキちゃんが覗きます。あれれ? 何か人見知りするお年頃だったかしら?
「ちょっとミカちゃん。お願いしていい? スープの残りあったでしょ? お皿とスプーンも六つずつ持って来て~。お願~い」
「あ、うん……判ったで御座る……」
何か、塩菜みたいにぐったりした感じで、奥へと戻って行きます。変なの~?
でも、私ってそれどころじゃないのよ。
何しろ、みんな一斉に小さな手を差し出して来るじゃない?
「あ~、ちょっと待ってちょっと待って」
「何だよ~」
「二枚って約束だぞ!」
「けちろうってのか!?」
「え~!?」
「ひっど~い!」
「うえ~ん……」
私、銅貨を何枚か手にして、慌てて渡して回ります。
みんな、受け取るやきゃっきゃと小躍りして駆け出そうとするから、見えない尻尾でひょ~いと。
「違うの違うの。スープの残りがあるから、食べて行きなさいってのと。これから野菜を洗ったり刻んだりするから、手伝ってくれたらあと銅貨二枚、お駄賃をあげるわ。どうかなあ?」
「う~ん……疲れてっから、三枚、いや、銅貨四枚ならやるぜ」
「お~、俺も俺も!」
「オレオレ~!」
三人の男の子は目をキラキラさせて、指を四本立てた。
三人の女の子はおそるおそる小さく手を挙げた。
「やります……」
「やる……」
「うん……」
「じゃあ、包丁持った事ある子って居る?」
そう私が尋ねるんだけど、裏手のドアが開いて鍋を持ってきたミカヅキちゃんに向かい、子供たちはまるで潮が引く様に、さあ~っと駆け寄って行きました。しょっぼ~ん……