第六十一話『猫の手も借りたいので』
ほっそりとした白い指先に、シュルルっと空気の渦。
回る回る。
薄く薄く。
小さな円盤状に、きゃっきゃとはしゃぐ風のエレメンタルを走らせると、それをゆっくりと……
そして、にっこ~り。
「は~い。動かない動かない。あっという間だからね~」
「はわ、はわわわわ……」
零距離ならば、分厚いオークの肥肉をも易々と引裂く空気の刃。それをシュルルは、黒々と日焼けした子供の細い首筋へと近付けた。
その指先とその少年を、十個の円らな瞳がじいっと見守っている。
ある子はくすくすと笑いながら、ある子は蒼い瞳を大きく見開き。
「うひゃあっ!?」
「大丈夫大丈夫」
ぞわぞわっと首筋を撫でる風と、ばららっと散らばる自分の髪に、子供は目を見開いて手足をじたばたと動かすのだが、背後から左肩に置かれたシュルルの手が、ぴったりと貼り付いて身体を微動だにさせないのだ。
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないよーっ!! うわーん!!」
風を操る、極単純な元素魔法。その中でも初歩の初歩で、シュルルは浮浪児たちの髪を切っていた。
何しろ、髪が伸ばし放題。爪もカジカジ噛んでボロボロの上に真っ黒。衣服だって……
風に吸い上がるぼさぼさの髪の毛を、一定の長さに切り揃えると共に、そこに住まう虱やら何やらを遠くへ放り投げる簡単な作業。それをあっさり六人全員に施すと、次はその爪もつるんと削り取る。更には衣類の埃やら何やらもぱっぱばいばいと。
「よ~し、これで何とかなるかな?」
「お、おばさん。俺らに何する気なんだよ~……?」
「だよ~……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「おば……」
己の身を守る様に縮こまる、子供たちの怯えを帯びた目線。
シュルルはちょっぴり精神ダメージを受けた。
それでも昔取った何とやら。シュルルは完璧な作り笑顔で、腰に手を。ぷうと頬を膨らませた子供らに話を。
「いや。あんた達、そのまんまじゃ市に入れないでしょ? どうせ、顔見られるなり兵士に追い払われるのが普通なんじゃないの~?」
「そりゃそうだけどさ……」
街に巣食う浮浪児なんてものは、どこに行っても同じもの。スリや盗みにかっぱらいで何とかすきっ腹を満たしているんで、当然店先からは追い払われるし、市に近付こうものなら巡回中の兵士に追い払われてしまう。完全に顔を覚えられているのだ。
更には浮浪児狩りに捉まろうものなら……
だから期待と不安が半分づつ。それを見越したシュルルであった。
「でもよお~」
「なあ~?」
互いに顔色を伺いあう。ちょっと足がすくじゃってる感じ?
それでも逃げようとは思わない不思議。不思議なんだけど、そうと感じない。それはシュルルが子供らの心にも呪を施しているから。
呪と言っても、完全に自己を失わせ、操り人形にしてしまう様な邪悪なものでは無くて、不安を感じて逃げ出したいと思う衝動をやんわりとするような。どちらかと言うと、戦場で戦士を奮い立たせる様なものの、それをかなり弱めた様な干渉である。
シュルルが主に修めた幻覚魔法は、五感を操るもの。大別すると、外から受けるイメージを操るものと、内に生じるイメージを操るものの二通りに分けられる。
今、シュルルが子供らに施しているのは、恐怖を感じる部分を麻痺させ和らげる様な、そんな呪である。
その表情から、それがた~っぷり利いている事を確信したシュルルは、にっこりと。
「そこであたしが『おまじない』をかけてあげようって訳」
「「「「「「おまじない?」」」」」」
それぞれに小さな目をきょとんとさせ、半信半疑。中には完全にバカにした様にへらへらする子までいる。
その顔が、どんな風に変わるのかを楽しく想像しながら、シュルルゆっくりと告げた。
「そ~ら。お前たちの姿を、ちょっとの間だけ別のものにしてあげよう」