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第五十八話『賄賂』


 手を繋ぎ、人の波を連れ立って進む。

 人と私。

 二本の脚と一本の尻尾。お互いに気を使いながら、でもそれが楽しいな。それが、嬉しい……



 茶色い髪の人。金の髪の人。耳の長い人。大きな人。背丈の小さな人。人、人、人……二本足の街は、雑多な種族、人種で溢れ返ってる。

 その中にあって、ハルシオンとジャスミンは、どちらも異端だ。


 色素の無い、白い人。アルピノのハルシオン・マーカライト。


 下半身が蛇のモンスター。ラミアのジャスミン。


 幻影の衣を纏い、浮いた見た目の筈が、街に溶け込んでいる不思議。


 普段だと、ちらちら感じる人の好奇の視線。それが、今は無い。ハルシオンにとってこれは新鮮な感覚だった。

 人は時にとても酷薄な生き物。それを幼少の頃から嫌と言う程に感じて生きて来た。

 両親の庇護があったからこの年まで生きる事が出来たのを、ハルシオンは痛切に想う。今の仕事が出来るのも、父親が残した人脈があればこそなのだと。そうでなかったら、誰も助けてはくれない。未だに、その背に父の影を感じずにはいられなかった。


「こっちだよ、ジャスミンちゃん」

「うん。でも~、どこへ行くの~? ハルく~ん?」

「ちょっとした所だね。多分、見た事も無い物が、い~っぱいあるんじゃないかな?」

「へえ~。何だかわくわく~。うふふ~」

「あはは、きっとびっくりすると思うな~」


 ハルシオンは、ジャスミンの柔らかな、温かい手を引き、少しずつ小走りになっていく自分を抑えられなかった。

 胸のわくわくが止まらない。

 トクトクと心臓が脈打つのが判る。自然と頬が熱くなる。熱い……


 その熱を、ジャスミンも共に感じていた。

 ああ、これが求めていたものだ……と。




 少し前に、姉妹の巣穴が邪悪な冒険者に荒らされた事があった。

 その仕返しに、七尾の姉妹で近くの人族の村を襲ったのだ。雇ったのは、近くの村のどれかに違いないと。

 その時に音頭を取ったのがシュルルだった。私たちは、舐められちゃいけないと。


 そんな訳で、ジャスミンは真昼間に初めて人族の村に入り込んだのだ。

 そこで、見てしまった。

 人族の若いオスとメスが、一面黄金色の麦の穂が静かに揺れる中で陸み合う姿を。


「愛してる」


 二人は互いにそう囁き合い、互いの二本の脚を絡めて交尾を行っていた。

 使う言葉は同じだったけれど、ジャスミンは「愛」という言葉を初めて知った。

 荒野において、野生の動物が交尾をする様は、別段珍しいものでは無かったけれど、それはジャスミンにとって衝撃的な光景で、思わず声をかけて邪魔をしてしまったのだ。

 そこからは、混乱した二人が大変な事になってしまったので、ジャスミンはその問いの答えを聞きそびれてしまっていた。


 でも、今は判る。ジャスミンは直感で生きて来たから。

 今がそうなのだと。

 これが。この気持ちが。互いに感じているこの想いが「愛してる」なんだと。


 また、シュルルは自分と違うとも。


 何しろ最初の村で、襲った筈なのにシュルルが何か上手い事話をまとめてしまい、姉妹の縄張りに遊びに行く感覚で出入りが出来る様になってしまったのだから。どういう頭をしてるのやら。さっぱり理解できないが大助かりだった。

 ちなみに、問題の冒険者は隣の村が雇ったパーティーで、みんなで血祭りにあげたのだけど。それはどうでも良い話。


 それからは森で採取した木の実を手土産に日参して、ジャスミンなりに男女の事を教わったりもしたけれど、いまいち良く判らないでいた。


 見せあいっこもして、肉体的にラミアと人のメスはその作りが良く似ている様に思え、行為自体は何とかなりそうに思えていたけれど、気持ちが理解出来ないでいたのだ。

 でも、今はそれが理解出来たと思う。


 ハルくんと自分で、一つのつがいなのだと。

 あの村の男女の様に。


 最初、街に入る時、キラキラさんを見て強く惹かれるものがあり、この人がそうなのかもと思いもしたけれど、シュルルがもの凄い形相で反対するのを目の当たりにして、思い直してみればシュルルとキラキラさんの間に、自分とには無い何か不可思議なつながりの様なものを感じてしまい、自分の相手では無いと諦める事が出来た。

 何しろ、自分の直感は良く当たる。

 あそこはもう出来ちゃってるんだ。そう考えれば、昨晩からシュルルの様子がおかしかったのも納得がいく。そこに割り込みをかける程、野暮じゃないつもり。


 で、運命を感じたのが、その次に会ったハルくんだった。

 一目見てもの凄い力で自分が引っ張られる様な、そんな不思議な、これまで経験した事が無い衝動に任せ、全力で彼にアプローチをかけた。

 何故かシュルルも惹かれてるのが判ったけれど、何か色々考えてしまってるみたいで全力じゃ無いから簡単に独占出来た。


 多分、シュルルは二人同時に愛せるかどうか、贅沢にも悩んでしまったのだと思う。


 全力でどっちも愛せば良いじゃないかと思う反面、人族のつがいは男女一組らしいから、オスが喧嘩をするのだろう。

 荒野でも、ハーレムを形成する動物は、そのハーレムを奪おうとする若いオスに挑まれ続けるらしいから、メスを独占しようとするオス同士で激しい戦いになってしまう筈。線の細い柔らかで優し気なハルくんが、あの精悍なキラキラさんと戦って勝てる見込みはまあ無いというのは明白過ぎる。

 だから、シュルルは悩んだのだろう。迷いがあったのだろう。


 そしたら、もう一人別のオスが存在したのだから、やっぱりシュルルの頭の中は、ちょっと変。


 一人を全力で愛すれば良いんじゃないのかなあ~?



「まあ~、どっちも納得ずくなら良いのかなぁ~?」

「ん? 何? どうしたの、ジャスミンちゃん?」

「あん、こっちの、は・な・し~……ハルく~ん、ここは~?」


 楽しい時間は一瞬。

 気付いたら、手を引くハルくんは一軒のお店の前で立ち止まってました。


「うん。ここで贈り物を買っていくんだ。国を仕切っているお役人は、皆さん僕らとは違う貴族の方でね。実際問題、平民の僕らが何かお願いしようとしたら、ちょっとした贈り物をしないとすぐには動いて貰えないんだよ。だから、少し値が張る物をここで買って行くつもりなんだ。そうしないと、気分次第で何もしてくれない時だってある。分かるかな?」

「……贈り物……」


 そういえば、村に話を聞きに行く時、シュルルに手土産を持っていく様にって言われたっけ。

 それを渡して、びっくりさせちゃった事を謝れば、スムーズにお話が出来るだろうって。

 確かにすんなり仲良くなれて、ちょっと驚いちゃった。


 そうかそうか。

 ハルくんに強く惹かれたのって、そういう所がシュルルと似ているからかも。

 色々と考えて動いてくれているって所とか。

 これが安心?


 ちょっと目をまんまるにして、自分の中での発見に驚いてしまったけれど、自然と頬が緩んでいく自分が判る。この街に来るまで、自分に無かったあらゆるものが、今ここにあるって感じる。

 それは、目の前にハルくんが居るからだって。


「判る~」

「そう? 良かった~」


 ホッと胸を撫で下ろすハルくん。それって、私の気持ちを心配してくれてたからなんだよね?

 大丈夫。

 それはもう経験済みだし~。


「入ろ~」

「うん! ここのお店はね、海の向こうの旧大陸の品物がい~っぱい売られててね! 普通の人じゃ買えない物ばかりなんだよ!」


 そう言えば、ここの街って海を渡って来た人たちが建てたとか言ってたな~。あれ、何だったっけ?

 異世界の王子様?

 海の向こうが異世界って事かなあ?



 頭の中にはてなマークがいっぱいあったけど、目の前にハルくんが微笑んでくれているから何も問題ない。

 ジャスミンは連れ立って店内に入り、見た事の無い物ばかりに目を奪われた。

 値段がうん十ゴールドとか書かれてた物を、ハルくんが幾つも買っていくんだけど、確か昨夜、金貨一枚で大騒ぎになってた筈なんだけどなあ~。変なの。


 ハルくんが買い込む『贈り物』は、確かに手の込んだ物も多くて、ああいうのを喜ぶ人も居るんだな~と、改めて思うジャスミンであった。



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