第五十七話『シュルル、買い出しにいきま~す!』
朝の市に、馬車で買い出しに出かけたいところだけど、買い物をしている間、馬車で番をする者が居なくなっちゃった。ジャスミンが男に走ったから、手が足りなくなっちゃった訳。
「ん~。仕方ないかあ~」
裏庭で馬に水と飼葉を与えつつ、シュルルは真新しい三階建ての店を見上げてこぼす。
火を扱ってる事から、お店を空ける事も出来ないし、残るミカヅキが店番確定。一尾で出かけて、約百人分の食材を持ち帰らなきゃいけない。ま、金貨一枚分、きっかり食材にする訳じゃ無い。
こちらの手間賃。必要経費の薪代とか。それをどのくらい見込んで、材料を買い込むか。お試し期間という事で割り引いても、あんまりサービスし過ぎて、次から同じだけの品質を求められてはこちらが困る。
「ま、市場次第かしら?」
最初からスープにする事は、あのデカハナさんの依頼で決まっている。具材をどうするかは、市場に並んでる物を見てから組み立てるという無計画ぶりに、自分でも苦笑しちゃうわ。まったくも~。
手早く馬の背を藁の束でブラッシングしてやる。
差し込む朝日が栗色の肌に艶やかに輝き、時折チラ見して来る仕草が愛らしい。
「今日は、お昼までお休みよ。キミ」
ブルルル……
首をふりふり、気持ち良さそう。
そんな鬣を、くしゃくしゃに撫で散らかす。
うん。今朝も美味しそうな血をしてるね、キミ。
鼻腔をくすぐる獣臭。肌の張りと艶を見れば、その下にだくだくと流れてる血潮の味すら想像がつくわ。
こんな麦わらばかりじゃなくて、たまには外へ連れ出して青草を思いっきり食べさせてやりたいけれど、街を出入りするのに税がかかるのよね~。いやあ~、行商人のおっちゃんらが、街道からそれて、あたしらの縄張りである荒野をショートカットして来る気持ち、めっちゃ判る!
だって払いたくないんだもん。
いやあ、街に入るだけでお金取るって仕組み、好かんわ~。
で、ギルドを登録すれば、月々に納める税金に、その分も含まれる事になる筈。
でも普通の人に比べれば、それはかなり割安になるっぽいのよね。組織の強味って奴?
街の利益に貢献する分、優遇されている訳。そういう仕組みらしい。盗賊ギルドとか、どうかは知らないけれど、あの悪名高い冒険者ギルドなんてのは、それで結構好き勝手やってるわ。ああ、嫌だ嫌だ。
今まで倒して来た悪辣残忍な冒険者たちの事を思い出し、鬱な気分になりながらもお馬ちゃんの世話を済ませ、湯だまりに一晩漬けておいたネットをざばあっと持ち出し、シュルルはひょいと壁を乗り越えて裏道へ。一尾、港近くで開かれてる市へ向かいます。
人の気配が雑多にあり、殺伐、ほんわか、朴訥と、危険と平穏が背中合わせの不思議な気分。良く言えば、退屈しない、かな?
「えっと……確か、この辺にも……」
河原の岩をどけてその下から虫を獲るみたいに、ひょいと覗き込んだ路地裏で、目当てのものを見つけました。うん。思った通り~。
「ねえねえ、君たち~。暇なら、仕事しない?」
路地に寝転がってる、ぼろを纏った子供たち。ひょろひょろのがりがり。一言で言えばそんな感じかな?
街の出入りが厳しい筈なのに、何でかそういう子供が大勢居るのは不思議な話だけど、これは港町特有なのかも。何しろ、船乗りは船が沈んだら、その家族は……娼婦街もあるし、色々よね~。
「……」
木箱や廃樽などの物陰から、ぞろぞろと六人ほど抜け出して来た。
どこか目が虚ろで、おどおどした雰囲気の子供たちだ。
「――な、何を?」
一人が、ぼそりと口を開くのに応え、思いっきり快活に語りかけてみせる。多分、この子らは、普段からあんまり良い目を見て無いでしょうね。警戒心や、不安感、そういったものをきれいさっぱり拭い去る事も魔法で可能だけど、そこまでやったら邪悪な魔法使いと一緒だから。ここは交渉術って奴?
「うん、荷物運び。報酬は銅貨二枚に、食べる物をあげる。美味しいわよ」
と言って、ぶら下げて見せるのは、一晩熱湯に漬け置きした玉ねぎと鳥の卵が入ったネット。
「君たち、お腹が空いてて動くのもおっくうでしょ? 仕事をしてくれるなら、手付にこれをあげるわ。どう?」
「おお……」
「い、今……?」
「食べ物……」
「あ……やる!」
「俺、やるよ!」
「頂戴!」
「う~ん……全員、かな? いいわ。これは、契約よ。はい、どうぞ~」
私、そう言いながら、この子らに魔法をかけた。ちょっとしたおまじないね。約束を守るっていう気持ち。
私の専門は幻覚魔法。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚といった感覚に働きかけるんだけど、それってとても心に近いのよね。感覚に働きかけつつ、心の動きを少し押してあげる。恐れや不安、喜びや悲しみ、怒り、それらを少し押したり引いたりかけ合わせたりして、思う様に操る。まあ、完全に押さえつける様な真似も出来ない事はないだろうけれど、そういうのは壊しかねないからお察しレベル。
ネットの口を広げて、姿勢を低く。子供たちの高さに合わせてあげると、爪の間まで真っ黒な、小さな手が何本も伸びて、少しでも大きなのをと我先に争い出すんだけど、あんまり力が入るものだから、ぐしゃりと潰れて慌てて手を引いたりと世話しないわ。
「うわっ!? 何だこれ!?」
「これ、腐ってんじゃねーの!?」
う~ん……山の方だと、普通にある物なんだけど。
卵を割って飲もうとしたら、でろんとしててびっくりしちゃって。
「うふふふ。そのままつるんと飲んでごらんなさい。美味しいから」
「え~!?」
「疑り深いわねぇ。ほら」
仕方ないので、幻影で卵を掌に。それをぱかりと割って、中身を見せる。白濁した白身の中に、半分固まりかけた黄身が沈んでいる。それをつるんと一飲みにして見せる。
「う~ん、美味しい!」
「うげっ!?」
「マジかよ!?」
「本当に?」
「え~……」
「……」
「よ~し、俺、飲んでみる!」
じっと手の中の物を交互に眺めていた子供の一人が、意を決して宣言。ぐいっと一飲み。
「うまっ!!? 何これ!!? うまっ!!」
目をぱちくり。
うんうん。空腹は最大の調味料だよ、きみたち。
こっちはちょっとしたドヤ顔です。
声なき呻きと啜る音がぺちゃぺちゃと路地に響き、子供らがむさぼる様に手の中の物を食べ散らかし、べとべとになった手をぺろぺろ舐める様を、にんまり眺めるのは乙な物ですね?
そう夢中になってる間に、こっちはそっと魔法をかけるわ。
あんまり汚いと、市場から摘まみ出されちゃうからね。
さっと手を一振り。一人ずつ、埃や垢なんかの汚れ、頭の毛じらみ、蚤の類までやんわり飛ばす。表皮の脂分は残して、文字通り一皮つるんと剥いて。全く全部取り除いちゃうと、身体が冷えて風邪を引いちゃうからね~。
「くふふ……すきっ腹に、いきなり入ってお腹がびっくりしてるって顔だわね?」
人心地着くまで、ちょっとの間待ってあげる。みんな、食べ終わっても、ぽけ~っと放心気味。うん、思ったよりすきっ腹だったみたいね。中には玉ねぎの皮ごと食べちゃう剛の者も。
ま、すきっ腹じゃ満足に身体も動かないだろうって事。先払い先払い。
少し経ってから声をかける。
「さ、そろそろお願いしても良いかしら?」
「判った」
「うん」
「銅貨二枚……」
みんなよろよろ立ち上がってこっちを見る。
うんうん。少し目に光が灯ったって感じ?
「じゃ、いきましょ!」
「お、お~……」
「あらあら、元気無いわね! さっ、声を出して! みんな、行くわよ~!」
「「「「「「おー!」」」」」」
思わずくすりと笑ってしまう。でも、ちょっとは元気ましましって感じ?
私は両手を広げ、みんなで横一列になる様にして、この路地から出て行くわ。
え?
だって、私の後ろを歩かれたら、尻尾を踏まれちゃうじゃない?