第五十二話『呪い!?』
「くしゅん!」
またもぞわり、尻尾の先から頭のてっぺんまでピキーンと悪寒が。やだキモイ!
お店の調理場って、竈の火で結構あったかいの。
だのに、くしゃみしちゃったものだから、みんな変な目で私を見てる。さっきから何なの?
「や~、誰か噂してる~」
これ、絶対デカハナさんだ。あの化け物染みた気配が、まだ私の中にわだかまってるみたいな。あの人? 熱量というかいらん存在感が濃すぎて、どうしても中てられちゃうよね~?
さて、どうすれば会わずに今回の依頼をクリア出来るのかしら?
「う~ん……」
頭はそっちの事ばっかり。真ん中の竈から寸胴鍋を引っ張り出し、作業台の上にずんと。
振り向くと、相変わらずみんなが変な顔で私を見てる。やっぱり……
「ちょっと」
「あ~……」
「吽……」
「えっと、シュルルさん? ちょっと良いですか?」
歯切れの悪い二尾に代わり、ハルくんが。やっぱり、少し困った様子で聞いて来るけれど……
「ん? なあに、ハルくん?」
「えっと、これなんですが……」
「あら」
ハルくんが、そっと差し出したのは、私がデカハナさんから渡された、ぴっかぴかの金貨だわ。ハルくんが持ってたのね。どこかで落したかと思っちゃった。ああ、良かった~。
「あらやだ。どうしたのそれ? 私のよね? どこにあったの?」
「シュルルさん、さっきぐっすり眠ってたから。みんなで、これどうしたのかなって話してたんですよ」
「そうそう。そんな物、どうしたのよ~?」
「イカサマ左様で御座る。一晩で金貨一枚とは、おだやかならざる話で御座るぞ」
二尾とも、ハルくんの後ろに隠れるみたいに。
金貨なんて、ダンジョン潜ってモンスター倒せば、袋一杯見つかる事だってあるのにね? モンスター……
「ぷっ……」
思わず思い出して吹いちゃったわ。オークにしちゃ、ちょっと理知的? でも体格が良いから、オークキング並よね? あれがどうして人の街に居られるのか、ブラックサンの七不思議の一つだわ。
「な~に笑ってんのよぉ~?」
あらあら、ジャスミンったら。ハルくんに、そんなにぴったりくっついちゃって。
「あ~……昨夜会って、仕事の依頼を受けたんだけど、その依頼主が酷い顔でね。まるでオーク! あたしは、実はオークなんじゃないかな~って思ってるんだけど、信じられる? 騎士団のえらい人なのよ」
「第四騎士団のボーア子爵様!? 有名人ですよ! お金に汚いって噂の! オークなんて言ったら、牢屋にぶち込まれますよ!!」
「あら、ハルくん御存じなのね?」
ま、確かにあれは目立つわ。子爵? 結構、えらい身分なんじゃないの? 微妙?
「ボーアさんって言うんだ。てっきりデカハナって……」
「そんな事言ったら、殺されますよ!!」
わわわ~。ハルくんったら、顔真っ赤にしちゃって。そんなに大きな声を~。
「あら? だって、この間、門で会った隊長さんが『デカハナ~』って連呼してたわよ?」
「それ隊長じゃなくて、きっと団長さんですよ! そんな風に言えるのって、同格かそれ以上の身分の方じゃなくちゃ言えませんって!!」
「隊長さんって、あのキラキラさんで御座るか?」
「あれ~? でも、あの時、そんな話……あっ!?」
ジャスミンったら、今度は妙にびっくりした顔で、慌ててミカヅキを引っ張って、ハルくんの後ろでごにょごにょ。何なの~?
「あっ!?」
「「「えっ!?」」」
ちょっと、やだ。みんな、変な勘違いしてる!?
「あのね。偶然、そう偶然! 二人が言い合いしてる所に出くわしてぇ!」
「あやし~」
「で御座るな」
何、何? 何でそんな目で私を見るの!? にやにやにやにやぁ~!
「だって、シュルル。あのキラキラさんの事、知ってたでしょ~? この街に入る前から~。正確には、前の晩から~」
「なるほど、謎は全て解けたで御座る。それがしに言えない様な事を、二人として来たで御座るな!?}
「ええっ!? 二人と、言えない様な事を!? ま、まあ~その辺はね、ジャスミンちゃん」
いや、絶対ハルくんも誤解してるし!
ああ~、ジャスミンの手を引いて、どこ行くの!?
「あ、僕たち。お湯、戴いて来ますね。汗かいちゃって」
「え? あ、うん。そうね~。じゃ、シュルル~。いってきま~す」
「あ、あ、ああ!?」
そんなくすくすって! 違う! 誤解なのよ~!!
「あ、それがし、パン買って来るで御座る! お金、これ使うね!」
「ちょ、ちょっと待って! 金貨なんて出したら、迷惑なんだから! 銅貨! 銅貨二枚分で良いんだから!」
今度はミカヅキが、反対側のドアからさっと表に出て行こうとするもんだから、慌てて金貨を取り上げたわ。それに、そのまま出て行ったら、街の人たちがびっくりしちゃうじゃない!
慌てて幻覚魔法で人の姿を被せて尻尾を隠すんだけど、そのきょどるの止めてくれない?
「誤解よ! あんた達、絶対変に誤解してるだからね!」
「あ~、何の事で御座るか? それがしはさっぱり何の事やら~……ぷっ」
「ちっが~う!!」
どうしよ~。これ、本人連れて来て証言させる? いやいやいや。そもそも、どうしてこうなったの~!?
バタン。
無情にも、扉は閉ざされた。
私は一尾取り残された部屋の真ん中で、じっと手を見る。
そこにあるのは、呪われたかの一枚のぴっかぴかの金貨で、おすまし顔でそっぽを向いている。