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第五十話『朝』


 ベイカー街も朝は早い。


 日も登らぬ内に焼き窯に火が入り、前日にこねておいたパン種をまとめて焼く。その工程はどの窯も大体同じだが、注文する家によって経済的な理由や好みの違いもあって、まったく同一では無いので、焼く前に指やへらで印を刻み目印とする。


 やがて、ほんわか香ばしい空気がまったりと満ちる頃には、路地にようやく朝日が差し込み、ぱたぱたと木靴が石畳をはたく音が響き出した。



 店内の三つ並んだ竈は、朝までその炎が消える事も無く、調理場は天井一面が淡く輝き暖かだった。


 ほわんほわん、寝ぐせのある淡い金髪が揺れている。


「ふわあ~……おはよ~……」

「あ、おはようございますっ、と?」


 のんびりと階段を降り、先に顔を出したジャスミンは、続くハルシオンを尻尾の先で押し留めた。


「どうしたの?」

「しぃ~……」


 不思議そうに尋ねるので、ジャスミンは口元に右の人差し指を立ててから、黙って室内を指し示した。ちょっと楽しそうに。

 つられて、彼女の両肩に手を置いて覗き込んでみると。


「おやおや?」

「ね~?」


 そっと調理場に踏み入ると、そこには一尾のラミアがでろ~んと作業台の上に、すやすやうつ伏せ寝してるじゃありませんか?

 赤いワンピース姿はそのままなのに、尻尾は隠さずでろ~ん。作業台の下でとぐろを巻いてます。


「夜遊びで、疲れちゃったのね~」

「あれ? これ……金貨じゃないですか!?」

「本当だ~!」


 穏やかな寝息を発ててるシュルルは、これくらいの声では目が覚めませんでした。荒野で生きて来た姉妹にとって、ちょっとの物音で目が覚めるものですが、今日のシュルルはとてもとても深い眠りに落ちてしまっている様子です。


 ハルシオンは慎重な手つきで、その金貨をつまみました。

 まっさらな金貨です。

 掌の上で、何度もひっくり返してはその手触り、重さを確かめます。


「間違いない。これ、ホンモノだよ。それも、とても質の良い……しかも、これって造られたばかりのじゃ?」

「ん~? どういう事なの~?」

「うん。コインは金属の重さを計った上で、この形に圧し潰されるんだけど、ごらんよ。刻印されてるクラータ一世の横顔がとても綺麗で、角も全然摩耗してないだろう? 手垢も付いてない」

「それがどうしたの~、ハルく~ん?」


 楽しそうに互いを見つめ合い、いっぱく置いてからハルシオンは語り出した。


「つまりだね。金貨なんて物を新しく造れるのはえらい貴族さまくらいしか居ないって事。で、それもまっさらの新品って事は、お姉さんは貴族のどなたかと会って来たのかもね? だけど、こんな大金をぽんと渡すなんて普通に考えたら……よそう! この話は、もうお仕舞い!」

「え~、何で~?」

「おはようで御座る! ん? 如何された?」


 そこへ、ほかほかと湯気を立ち昇らせたミカヅキが、少し長目の棒を片手に、手ぬぐいで身体を拭きながら入って来た。


「いやあ何でもばっ!?」

「ハルくんは見ちゃダメ~!」


 ぐきっと首を捻られ、悶絶するハルシオン。そんな様を後ろに隠す様、ジャスミンはミカヅキに文字通り立ち向かった。


「な、なんて恰好で来るのよ~っ!! ハルくんの目に毒でしょ~っ!!?」

「ど、毒とは何で御座るか!! 毒とは!!?」


 シュー!! シュー!! と互いに威嚇音を発てながら取っ組み合うが、ジャスミンの気迫が違う。たちまちミカヅキを階段の踊場へと押し込んだ。


「さっさと、服着なさいってば~!!」

「ちょ……判った。判ったから……」


 しぶしぶ奥の野菜置き場で身体を拭き拭き、生乾きのままに青いワンピースを頭からもぞもぞ被り出した。


「で~、何の騒ぎで御座ったか?」

「ああ~。シュルルがね、夜中に貴族に会って、お金貰って来たのよ~」

「へえ~……え!?」

「金貨一枚~。そうしたら、ハルくんたら、何かごにょごにょ言い出してぇ~」

「いや、それは普通、一晩で金貨一枚なんて、高級しょ……あ、いや……も、もうこの話は止めましょうよ~!」

「一晩金貨一枚!!? 一晩金貨一枚で御座るか!!?」

「金貨ってそんなに大した事ぉ~?」

「金貨一枚あれば、おからが山盛りいっぱい一か月毎日食えるのにとせんせいがおっしゃってたで御座るよ!! とんでもない大金で御座る!!」

「へ、へぇ~、そ、そう~……???」


 豹変したミカヅキの権幕に、目を白黒させるジャスミン。その傍らであわわと制止するハルシオン。と、その後ろから。


「あんたら、うるさーい!!」

「「「わわわわああああ!!!?」」」

「ほんと、うるさいわ~……寝てらんないじゃないの!」


 シュルルはと~ってもご機嫌斜めだった。



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