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第四十七話『それぞれの想い』


 二尾と一人は、暗がりを跳び去って行くシュルルのシルエットを、少しの間、屋上から眺めていました。お見送りって奴です。

 今は何もない殺風景な屋上では、床下からちょろちょろと水の流れる音が聞こえて来て、三つある大きな煙突からは、暖かな煙がたなびいてて、ほんのり暖かに感じた。


「行っちゃった~……」

「で、御座るな……」

「お姉さんは、こんな夜中にどちらへ?」


 一人、何だか良く判らないハルシオンは、ジャスミンやミカヅキに尋ねるのですが。ジャスミンの端正な微笑みが、月明かりに蒼く浮き上がって見え、改めて胸がドキリとするのでした。


「男ね……」

「イカサマ左様で御座るな……」

「え? 男? でも、旦那様はまだ来ていないんじゃ……えっ!?」


 ミカヅキも両腕を組んでゆっくりと頷くのです。何の迷いも躊躇も無く。

 あまりに断定的な反応にちょっと驚き、ハルシオンは思わずオウム返しに聞き返してしまうと、ジャスミンも両腕を組み少し大げさに頷いて見せた。


「昨夜から少しおかしかったのよね~」

「イカサマ左様、イカサマ左様」

「じゃ、じゃあ。旦那様以外の人と……?」

「あ、それ嘘だから~」

「えええっ!?」

「シューレスなんて男は居ないで御座る。昨夜、シュルル姉は何かあった。それも某らに言えぬ様な事が……」


 きら~ん。ミカヅキの瞳が怪しく光った。

 そして二尾は互いに確認する様に、大きく頷き合う。


「ま~、訊かないであげましょ~。その内、紹介してくれるだろうし~」

「某、心当たりがあるで御座るよ」

「ええ!? それって、もしかして僕も知ってる人ですか?」

「あ!? 判った~!」

「ま、露骨で御座ったな……必至に隠そうとして、姉妹ながら可愛いもので御座ると……ふ……ふふふ……」

「うふふふふ~……」

「は、はあ~……」


 二尾の脳裏には、まごう事無く一人のやたらキラキラした男の姿が思い浮かんでいたが、ここは姉妹としてそっと胸の内に納めておいてあげようと、互いの目を視て確信の光りを交換し合う。

 みなまで言うまい。ええ、みなまで言うまいて。お主も悪よのう~、という奴だ。


 そんなジャスミン。つつ~っとハルシオンに身を寄せ、しなだれる様に甘え、絡みついた。


「じゃ、私たちはもう寝ましょ~。ね、ハルく~ん?」

「うん。そうだね。部屋はいっぱいあるみたいだけど、ミカヅキさん。どこを使って良いんでしょうか?」


 ふっと向けられた視線に、ミカヅキは果てさてと少しだけ悩んだ。空いてる部屋ばかりだから……


「好きな部屋を使うと良いで御座るよ。某はその後で決めるで御座る」

「え~? いいの~?」


 目をぱちくりさせて聞いてくるジャスミンに、ミカヅキはあっけらかんと答えるのであった。


「ふむ。某、一番静かな部屋にするで御座るよ」


 要は、ジャスミンとハルシオンがいちゃこらする部屋から一番遠い部屋にしようというのだ。


「じゃあ、表側だと昼間うるさいだろうから、裏庭側の角部屋にしようか?」

「うん。ハルくんがそうしたいなら、そうしましょ。で、イイかな~?」

「勿論で御座るよ。二階と三階、どっちにするで御座る?」

「二階より三階かな~?」

「じゃ、そうしようか?」


 うんうんと楽し気に頷き合うと、ゆっくりと階段へ進み出し、ミカヅキに揃ってぺこりと頭を下げた。


「じゃ、ミカ。お休みなさ~い」

「おやすみなさい。ミカヅキさん」

「ふむ。お休みなさいで御座る」


 そう軽く挨拶を交わし、二尾と一人は階下に消えた。

 三階の角部屋は、階段から見て置く側に。それを見届けたミカヅキは、二階の反対側へとその姿を消した。




 部屋の戸口は扉も無く、廊下から中が丸見え。四角い部屋の奥に窓が一つあり、板戸が閉まっていた。それでいて空気はほんのりと暖かく、それでいて不思議な清涼感すら感じられた。

 ジャスミンが教わったままに壁の一部に触れると、勝手に天井が輝き出し、部屋の全貌をジャスミンとハルシオンの前に映し出す。


「わ~、まだ何も無いね?}

「砂が敷いてある~」


 するるっとジャスミンが滑り出し、部屋の中央に積まれた砂の上に乗り上げると、さらさらとした砂はきゅきゅっと乾いた音を鳴らす。そのきめの細かさに、ジャスミンは目を細めた。

 清潔で乾いた砂が肌に心地良く、黄色いワンピースを脱ぎ去ると、惜しげも無くそのほっそりとした裸体をくねらせ、とぐろを巻いて見せた。


「ふわ~、さらさらであったかぁ~い」

「へえ~……」


 ハルシオンはそっと床の砂に手を置き、驚きに感嘆の声を漏らした。思った以上に、心地良く感じられたからだ。まるで陽気の穏やかな日中に、砂浜で寝ころんだ時の様な。


「これも魔法かな? シュルルさんって、実は凄い魔法使いだったりするの?」

「え~? 何かちょっとの間、修行してたって聞いたけど……一晩でこんな建物建てちゃうし、実は凄い魔法使いだったりするのかなあ~? 実感わかな~い」


 てへっと笑うと、ハルシオンも吊られて微笑んだ。


「でも、君以上に素敵な魔法は存在しないよ、ジャスミンちゃん」

「ハルくんだって。私に素敵な魔法をかけてくれたわ~」


 ハルシオンはゆっくりと近付き、ジャスミンの尻尾にちょこんと腰をかけ、ゆっくりと上体を起こす彼女と見つめ合った。

 互いに手を差し伸べ、指先を絡ませ、引き寄せ合う。肌の滑らかさ、肉の柔らかさとその温もりをいつくしみながら、シャツのボタンを外していくジャスミンの肩に唇を。

 異なる種族。異なる生きざま。都会暮らしの若者と、荒野育ちの若者が、若い衝動のままに身を任せ、互いを実感しようと。


「聞こえちゃうかも~……」

「構やしないさ……」


 くすくすと笑いを漏らし合い、囁き合った。




 暗がりに窓を開けると、潮風が僅かに吹き込み、ミカヅキの髪を軽く揺らした。

 今宵は穏やか。

 ミカヅキは、窓辺に侍ると人気の無い表通りをうろんな瞳で眺め、やがて瞼を降ろした。


 果たして、この街にせんせいの手掛かりがあるのだろうか?

 この辺の風体では無い。

 黒い髪に黒い瞳。面差しもかなり違う。そして使う武器も、片刃の反りがある剣。銅田貫。かなり目立つ筈。

 だが、再会出来たとして、何を話せば?

 某は何を言いたいのだろう?

 会って話がしたいと想うものの、それからどうする?


「某は……」


 話したい事がいっぱいある様に想うのだが、この気持ちをどう表現すれば良いのだろう?


 ふと薄目を開け、腰の道中差しを抜いてみる。

 すらり、波紋のある短めの刀身が、僅かな燐光を跳ねてミカヅキの瞳を打つ。

 初めて刀身を目にした時の興奮を思い出すかの様に、その輝きの向こうに想いを馳せた。



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