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第四十六話『あっ!? 忘れてたー!!』


 重く澱んだ空気に、天窓からずるりと入り込んだ私は、ほとんど家具の無い一脚のベッドがあるだけの部屋をゆっくりと見渡していた。

 コンコンと咳き込む部屋の主は、唯一の家具であるそのベッドに。

 一人の部屋にしては少し大きく感じられ、それがとてもアンバランスに思えた。


 だらんと垂れた髪が床に触れるか触れないかの所で、私は身体を引き起こし、窓辺に手を掛けて尻尾を先に降ろす。


 嫌な空気だわ。


 如何にも~な病の気配が漂い、ねっとりと肌に絡みつく様です。

 音も無く近付き覗き込むと、そこにはしわがれた老婆が力無く横たわっていました。


 ちろり、舌先で体温を診る。低い。

 ぜいぜいと苦し気な息も弱く、時折喉を詰まらせた様に咳き込む。その動きも、徐々に弱まってる様に思えた。


「珍しい……」


 思わず呟いていたの。だって、荒野やダンジョンで死ぬ時って、他の生き物に襲われて死ぬからね。病で動けなくなったら即狙われる。そうやって生と死が繰り返されていた。

 彼女には身内が居ないらしい。

 ゴブリンでも、集落で誰かが死ぬって時は、多少様子を見て送ると思っていたから。

 この建物は、四階か五階建てだったかしら?

 誰も見取る人が居ないのがちょっと意外だわ。多分、私たち姉妹だったら誰かが見取ってくれる筈。そして、最後の一尾になったら……この老婆の様に……


 それが嫌だから、わざわざこんな所まで来てる訳なんだけどね。


 湿気た寝台に薄布一枚。そこに沈み込む様な小さな身体に、私はそっと触れてみた。


 軽い。そして冷たい。ほぼほぼ大気の温度と同じくらい。それは先ほど、舌先でこの室内の温度を見ていたから判っていた事だけど。

 じめっとした頬に触れると、吸い付く様に掌から体温が奪われていく。

 そのまま指で頸動脈に触れると、弱い脈動が。


「ふむ……まだ生きてる、か……」


 このまま放置して死んだら、この街の住人はどうするのかしら?

 多分、腐って虫が沸いて異臭がし出し、腐汁が下の階に滴り落ちて、ようやく気付くってところかしら?


 そう思いながらも、逆行する様に、頬に触れる右の掌からじんわりと波動を送り込む。細胞が活性化する波動をね。

 生物の身体は、顕微鏡で見れば細かい小さな胞で形成されているのが判るの。そして、食べ物を消化する事で取り込んだもので、肉体を、魔力を、オーラを、あらゆるものを形作っていく。

 今やってるのは、消化とか吸収とかすっ飛ばして、直接肉体を活性化させているの。


 要は、このおばあさんは、あらゆる物が枯渇した状態なのよね。


「そして!」


 残る左手で喉から、気道、肺へと。

 外部から魔力を投射し、その反射具合で内部を読み取る。舌先で、温度を読み取り立体的に空間を把握出来る様に、私は魔力で肉体の内部構造をも診る。


 肉体が老化し、更に衰弱しているのは仕方ない事。でも、咳込んでいるのは……

 気道は粘性の高い分泌物で塞がれ、肺は全体が炎症を起こして水が溜まって膨張してる。


 生体を活性化させると、反射反応でまた酷く咳込んでしまうから……


 先ずは、気道を確保。それから、肺の水を抜きながら、炎症を沈めて行く!


 両手からの投射で生命を維持しつつ、元素魔法で呼吸のリズムに合わせて先ずはタンから抜いて……


 ぬらり、てかてかと粘液を口の端から抜き出して、窓の外へと流して捨てる。

 呼吸を合わせ、焦らず、じっくりと……


 次第に呼吸音が大きく感じられ、腫れて膿んだ部分を抜き取り、圧迫されていた血管を拡張し血流を少しずつ回復させて行く。

 爪の先ほどの微々たる部位を改善し、その範囲を押し広げるだけの単純な作業。

 投射。感知。改善。除去。

 血流が回復した部位は、身体の治癒能力にお任せという荒療治。まったく、何やってんだか?


「ふう~、やれやれだわ……」


 どれだけ時間が経ったのやら?

 私はぺたんと腰を落してとぐろを巻いてました。

 ええ。えらく疲れましたとも。解体するのはあんなに簡単なのに……


 目の前にはすやすやと静かな寝息をたてるおばあちゃんが一人。


「でも……」


 今は私が注入した生命力で身体が活性化してるけど、胃や腸まで調べたけどな~んにも入って無いのよね。つまり、このおばあちゃん、何日も何も食べて無いって訳。

 空っぽなのには変わり無いから……

 それに、肺で炎症を起こしてたものが、まったく無くなった訳じゃ無いわ。死ぬ程に消耗させていた現象を、無理矢理抑え込んだだけ。身体が元気になれたのも、私が投射した分だけだから、時間が経てば元通り。


「ま、仕方ないわね……」


 背嚢から、布にくるんだ容器を取り出し、きゅぽんと蓋を開けました。

 途端に広がるスープの香り。

 そして、今度は喉からタンを抜いたのと逆の手順で、寝てるおばあちゃんの胃に、いきなりだと身体がびっくりしちゃうだろうから、まあ三分の一くらい? ちゅるちゅると送り込み、ついでに水も大気中からかき集めてコップ一杯くらい、ついでのついでで、お口の中から鼻の鼻腔まで掃除しておきました。


 目が覚めたら、ちょっとびっくりするんじゃないかしら? ふっふっふ……あれれ?


 ほんのりと体温が上昇し始めたおばあちゃんを眺め、自己満足に浸ってた私は、そこで何を忘れていたのか思い出し、慌てて退出するのでありました。

 額にマーキングを残して。



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