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第四十五話『昔取っただんじょんえくすぷろーらー』


 風もひんやり。

 夜は良いわ。夜陰が全てを隠してくれる。

 今夜も青い月があまたの黒い影を生み、私はその中を泳ぐ様に伝い渡るの。


 静かに、スネイキーに屋根から屋根へと軽く跳ぶ。

 人の数倍はある重さで屋上を踏みぬかないかちょっと心配だけど、その辺は尻尾全体で着地の衝撃を上手く殺す。何年も遺跡を探索していれば、自然と身に着く所作って奴?


「ま、何にしても下調べが肝心よね?」


 そう嘯きながら、遠くを見る。でこぼこに連なる民家の向こうに、貴族街の城壁がひと際黒く映た。

 いつかはあの向こうにあるという『図書館』に潜る。その為にも、先ずは街の全景を頭に入れて置く事が必要だわ。いわゆるダンジョンアタックと一緒ね☆ ま、取り合えず今夜の目標はあのおっちゃんの住処まで。


 視覚を変える。ディテクトマジック。魔力や精霊力と言った諸々の流れを見る。


 途端に世界の色が変わる。立ち昇る様々な色彩。渦巻く風や水の精霊。そんな中、青白いオーラの糸が、たなびいて私へと続いている。その先に……この先? 糸の先は、どちらかと言うと中流から上流階級が住んでそうな、あの丘の方へと。


 あっれ~?


「変だわ。あの身なりから、てっきり下層民だと思ってたのに……」


 貧民街へ潜る事になると思っていたから、ちょっと意外。でも、流石に貴族街まではいかないみたい。


「という事は、屋根を踏み抜く心配も少ないっと……」


 流石に今にもつぶれそうな小屋の上を飛び交う自信は無いからね。

 ぺろり。苦笑しつつ、建物から建物へぴょんぴょんと。

 人目がつく昼間にこうは出来ない。まぁ、子供じゃ無いからしないけど。


 大気が呼吸する様に、人々の寝息が耳に入る。星を遮る様に黒い雲に混じり、巨大な翼が過るのが判る。海からは潮の気配と共に、水底に眠る者たちが這い出して来ている。そして、闇に巣食う住民がそれぞれの営みに励むのを感じる。それらに対抗すべく、駆けまわる人の気配も……


 私はその隙間をすり抜けて行く。時には息を潜め、闇に溶け込み。時には素早く音を発てずに。

 次第に昔の感覚が蘇って来るのが判る。

 迷宮に挑み、お宝を霞めとって来た昔の感覚が。ま、それに比べれば、危険度はぐっと下がる訳だけど、昨夜みたいな化け物が突然顔を出すかも知れないからね。何しろ……


 そっと左肩に触れる。

 あのキラキラさんが、出るかも知れない。

 指先に伝わる金属の熱は、冷たい様で熱くも感じる。私のマーキングと違い、明確な指向性を感じないけれど、きっとこれはその手の類。どちらかと言うと、魔法と言うよりもより原始的な呪詛の類にも思えるわ。


 洗練された魔法ならば、より明確な目的意識があるから、そこに対抗し、介在する術がある。けれど、感情の迸りや爆発の様な色々なものがないまぜになった念の様なものがわだかまった物は、それを紐解くのがとても難しい。


 要は、なんなのこいつ!? って奴!


 あのキンピカさんのマインドを理解しなきゃ、これって解除出来ないって事~!


 まあ、無理。普通の相手なら出来ない事も無いけれど、アレは無理だわ~。あんなのに同調なんてした日には、どうなる事やら。

 まるで深淵を覗き込む様な空恐ろしさ。案外何も考えて無いかも知れないけれど、それはそれで厄介でもあるのよね。


「ふわぁぁぁぁ……何、あんなの考えてんのよ。薄っ気味悪いったらありゃしない。はっ!? まさか、知らず知らずの内に思考を誘導されてる!?」


 が~ん……


 これって独りにならない様、注意してないと気付いたら縁覚操作されてるとか!? ……ふ……まさかね……


 こんなの、塔の図書室に張られてた結界に比べたら、ちゃっちいもの。時間と空間の狭間に張り巡らされた迷路に誘い込まれて出られなくなるよりはね。


 知らないお家の煙突に絡みついて身悶えしてる私。滑稽だわ。とほほ……

 ああ、レンガがちべたい。頬をすりすり。雨風に長い事表面を洗われてるからボロボロや~らかいの。


「ん?」


 何か下の方から、コンコンって誰かが咳込んでる音がする……

 ちょっとやそっとの咳だったら聞き捨てるけど、ちょっと酷く無い?


 私は身を起こし、煙突の中を覗き込む。当然真っ暗だし、ここから入るにいはちょっと狭いし多分煤だらけ。

 周囲を見渡すと、近くに明り取りの窓があった。

 まろみのある屋根瓦を踏んで、傾斜のある屋根を少し下ってそこへ取り付くと、薄ぼんやりとした室内が覗き見れた。

 あんまり掃除をしてないみたい。薄ぼんやりとしてて良く見えないけれど、がらんとした印象。

 他の部屋は、窓辺にニンニクを吊るしてるけれど、ここはもう長い事、何も吊るして無いみたい。ボロボロになった糸が数本、ゆらゆらしてるわね。


「ここなら吸血鬼だって楽に出入り出来そう……」


 私は腰のポーチから、薄く伸ばした針金を取り出し、静かに窓と窓の間に差し入れてみた。下からゆっくりと上へとずらし、途中で金属質な手ごたえ。

 少し力を入れつつゆっくりと持ち上げてみる。

 僅かにきしむ音。ダンジョンなら、ここで少し油を垂らすところだけど。

 やがて、手応えが軽くなると、その両開きの窓は僅かに外へと動く。と、同時に中の気配がより濃密な空気となって漏れ出て来たわ。ちょろいちょろい♪


 黴臭さと、すえた匂いのする空気と入れ替わる様に、私はそこへ頭から潜り込んでみた。



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