第四十四話『美味しいスープ』
きめの細かな木綿の布を、二本の木の棒に幾重にも纏わせ、その布地の部分に煮出したスープを流し込み、次々と器に盛って行った。
それだけで得も言われぬ濃厚な香りが調理場に立ち込め、既にいくばくかの食事で胃袋をなだめていた筈の面々に、食欲と好奇心とを混ぜ合わせた、奇妙な感覚を呼び起こす。
更には手早く刻んだ青いハーブを、その水面に僅かに散らし、シュルルはそっと彼らの眼前に差し出した。
「さ、おあがりなさいな」
誰彼と無く、最初に思いっきりその香りを吸い込んだ。
「これが、シュルルさんのスープ……何て鮮烈な香りなんだ……」
「具が、具が一切無いで御座る……」
「この赤茶けた色は、何なの~?」
驚き、呆れ、困惑、そして好奇心。幾つもの色合いを見せる彼らの表情に、シュルルは頷きながら答えて回る。
「そうね。普段、食べ物は煮たり焼いたりして食べるけれど、これは食べる所が無い、皮や骨なんかから煮出したものなのよね。身の部分が美味しい様に、実は食べないで捨てちゃう様な部分にもちゃ~んと味があるの。特に果皮なんかは、植物が日の光や虫、病気何かから護る為に独特の成分が含まれているわ。赤茶けた色は、玉ねぎの皮の色。あれだけで煮詰めると、もっと濃い赤になるわ。色の濃いものって、身体に良いって説もあるくらいなの」
「え~? 何それ~?」
「……ジャスミンちゃん。取り合えず飲んでみようよ。色は独特だけどね」
「さっき飲んだ、ハーブティーみたいな物で御座ろうか?」
「まあまあ」
地域によっては薬草を煎じて飲む習慣とかあるんだけど、ああいうのは味度外視で泥水みたいなのが大概だから。
でも、このブラックサンは近隣でのハーブ栽培が盛んみたいで、その上、海の向こうからこの辺では手に入らない香辛料とかも集まって来てて、結構な賑わいなのよね。
だから荒野に居ても、行商人のおっちゃんたちが街道をショートカットしようと、私が用意しといた野営地で野営してくれるんで正に狙い通り~って感じ。色々な物を落して行ってくれたわ。
なあに、水飲み場と隠れて火を焚ける岩場をセットで用意してあげれば、ほいほい来るんだもんね~。
え? 何でかって?
途中、街道沿いの町や村に入る度に税金取られるじゃない?
だって、みんな払いたくないんだもん。
それに、より遠く、早く運んだ方が、価値が高くなる。
あたしたち姉妹が縄張りにしてるエリアは、ゴブリンやオークは立ち寄らないし。比較的安全なルート、にしておいた訳。私がね。
「んま~い!!」
ジャスミンが叫んで、私は現実に引き戻された。
「複雑な味だけど、悪くない! 悪くないですよ! 実に美味しい!」
おお、ハルくんまで絶賛だわ! 褒めて! もっと褒めて~!
「こ、こんなスープ……せんせいに飲ませて差し上げたかったで御座るよぉ~……」
「泣かない泣かない。大げさよ~、ミカちゃん。これは、塔の厨房で習ったの。こういう味の出し方があるって。味や香りが飛ばない様に、密閉したのは私のオリジナルだけど」
「ずる~い! 何で、今まで作ってくらなかったのよ~!」
「これこれ。みんなでわいわい調理するの、楽しかったじゃない? あれはあれで美味しいものよ」
ぷう~っと頬を膨らませるジャスミンに、笑ってごまかすわ。
かくして、やっと私も。うん、上出来! ちょっと気になる雑味が残るけれど、改めて喉を通すと、お口いっぱいに豊かな風味が広がるわ~。ま、これはベースかな~? まだまだだし、これだけって訳にはいかないものね?
「でも、これで商売になりそうだって思えたんじゃ無い? ハルシオンさん?」
「はい! 今夜にでも書類を揃えて、ギルド登録の手続きを進めますね!」
「良かった。この香り、絶対凄い武器になると思うの」
「僕もそう思いますよ。ギルドのスタートが楽しみです!」
「ありがとう~」
うふふって笑う。みんなもにこにこ、何とも幸せそうな笑顔になってくれる。やっぱり美味しいものの力って凄いわ~。
種族によって嗜好の違いがあるけれど、お互い理解し合える領域が重なると、こんなにもハッピーな気分いなれるものなのよね。
しみじみ、そう感じながらスープを味わってると、この街に来て最初に味わったおっちゃんの事が思い出されました。
あれは酷い味でした。どうしてるかな?
ふと感覚を研ぎ澄ませれば、まだちゃ~んとオーラが繋がってますね。大丈夫、かなり弱ってるみたいだけど生きてはいます。
まぁ、生活習慣なんてものは、すぐに変わるものじゃないでしょうしね。
「ん? どうしたで御座るか?」
「うん。ちょっと、診て来る」
私は手早く密閉出来る容器にスープを注ぎ、蓋をして、冷めない様に布でぐるぐるっと巻いていきます。
「診て来るって~。こんな時間に~? あ~やし~♪」
うぷぷぷ~っと目を細めるジャスミンに、こっちもい~って顔をするわ。
「そんなんじゃないって。昨夜拾った患者さんの様子を、ちょっとだけ診て来るの! 。こっそりね。も~、あちこちガタが来ちゃってる上に、お酒や薬に手を出しちゃってて。心配でしょう?」
「あらあら~。ダメ男に引っかかってるんじゃないの~?」
「これこれ。汚い言葉を使いなさんなって」
「やっぱり、みんなに言えない様な事をして来たのでは御座らぬか!?」
「してませんって! 帰りは屋上から入るから、戸締りキチンとしといてね? 行って来まーす!」
「「「いってらっしゃ~い」」」
私はみんなの生暖かい目に見送られ、そそくさと建物を、屋上から出るのでした。