第四十三話『試作品第一号?』
出会ったその日から、愛の芽生える事もある!
そんな絵物語みたいな瞬間を目の当たりにした私とミカヅキは、調理場においてもまだまだそのピンキーなオーラを浴びせられ続けていた。
「ほら、ハルく~ん。あ~ん……」
「あ~ん……」
ま、眩しい!
串焼きを指で外して、一つ一つ手ずから相手の口元に運んで食べさせてあげるだとぉ~っ!!?
「美味しい~?」
「うん。とっても美味しいよ。じゃあ、こん度はジャスミンちゃんが、あ~ん……」
「うん! ……あ~ん……」
嬉しそうにうっとりと目を瞑り、口を小ぶりに開いてみせるジャスミンへ、ハルくんもにこにこと。
と、溶けてバターになってしまう~。
そんな事になりそうな気分で、調理台の反対側。私たちはとぐろを巻いておりました。はい。
何でしょう、この居心地の悪さ? 素直に祝福してあげれば良いじゃない?
何とも気まずいわ~……
「いや、まあ。私は人族の悪い面ばっか見て来たって事もあるけれど~……」
「いや、まあ。それがしもこういう事の経験が無い訳では無いで御座るが……」
「え? マジ?」
何でか声を押し殺してごにょごにょしてたら、いきなりちょっと恥ずかしそうに口元を緩めて来るミカヅキちゃん!? ミカちゃん、それってどういう事ぉっ!?
無言でヘッドロック。逃がさへん! 至近距離でじっと目を見る。その奥底に揺らぐ乙女チックな輝きを!
瞬いては一瞬で消えるその煌めきを、私は見逃さなかった!
「ちょ、ちょっと……?」
「ちょっとちょっとちょっと。それってどういう事かしらかしら? ど~なのかしら?」
「え? それは~……ねぇ?」
「ねぇ? じゃないわよ。何、思わせぶりに微笑んぢゃってる訳ぇ~?」
あっちはあっちでいちゃいちゃいちゃいちゃ。こっちはこっちでぬらりくらり。もうこうなるとあっちの事は置いといて、こっちの話をはっきりさせようじゃ無いの!?
「ふ……いや、それがしはせんせいとの思い出があるで御座るからな。それに比べれば、ジャスミンたちの事など可愛いもので御座るよ」
「な、なんですってぇ~!!? そ、そこまで……」
思わず跳び退っちゃったわ!
頭を冒険者にハンマーで殴られた時くらいにショック! あれ以上!? あれ以上の事を!!? あなたの追いかけてるせんせいと!?
天と地が、ぐるっと入れ替わるんじゃないかってくらいのショックだよ~!
だって、私が下らない冒険者たちと迷宮でバトルしていた間や、賢者の塔でおじいちゃんやおばあちゃんの下の世話とかせっせとしてる間に、何かみんなして艶っぽいイベントクリアしてたって訳!?
「嘘ぉ~ん!?」
思わず変な声、出ちゃったじゃないの~!?
さっきまで一緒にわたわたしてた筈なのに、本気で驚いていたのは私だけ!?
すると、ミカヅキはにっかりと目を細めたの。
「いや、まあ。ジャスミンたちがああなったのは、それがしも本気で驚いたで御座るよ? だが、こうして見れば微笑ましくは? 間近で見せつけられるのは少々堪えるで御座るが、姉妹としては祝福してやろうというもので御座るよ。はっはっはっは」
「はっはっはって……いや、まあ。それはそうなんだけどぉ~……」
何か納得出来な~い! と声に出そうものなら、そういう経験無いって自白しちゃう様なものじゃない!? それは不味いわ! 大いに不味い!
だって……私だけ負け組みたいじゃない!?
こ、ここは余裕がある様に見せつけなければ。そう、私にだって多少はそういう、そういう、そういう……
頭の中をこれまでの遭遇した、多少はお話をした程度の異種族だけど異性の事が駆け抜けて行きます……嗚呼、やっぱりろくなのがない……超ヤバな『あの!』銭キチさんがかなりマシな部類に思えて来る~。
昨日今日遭遇した謎の超インパクト超人だったしね!
というものの、アレは裏も表も無いわね。きっと。
頭の痛い話だけど、きっと多分、アレはハルくんと同じ部類に分類されちゃう! 異常性では突き抜けちゃってるけど!
ぺたん。尻尾の先が力無く床に垂れました。そして、ほうと息を漏らす私。ぐすん。
「ふ……負けたわ……あなたたちには……」
「シュルル姉?」
そんな変な顔で私を見ないでよ、ミカちゃん。
私は別に敗北を知りたくて、ここに来た訳じゃ無いし~。
そうよ、みんなの為に。ひいては私の為に良かれと想って~……トホホ……
かくんと肩を落した私は、火掻き棒を手に取り、一番右側の竈に向かいました。そこには根菜の皮やら野菜くず、鳥の骨とか端っこの部分をまとめて放り込んで塩水で煮ただけの、要はブイヨンスープみたいなのが、出来てると良いなぁ~って少し小ぶりの寸胴鍋が。
それをずるずるっと引っ張り出すと、今度は厚手の布を使って鍋の耳を掴みます。
「さ~て」
それをドスンと調理台の上に置くと、嫌が応にも注目が集まります。ジャスミンとハルくんも、いちゃつきながらこっちを見て来るんですね~。
「何それ~?」
「もう出来たで御座るか?」
「シュルルさん、何を作られたんですか?」
「まあ~、試作品第一号と言って良いのやら?」
「「「?」」」
この銅の寸胴鍋は、蓋と鍋が隙間無くぴったりくっついている状態。そして、結構な時間を加熱した事により中身は熱膨張により高圧と化し、今にもはちきれんばかりの筈!
魔法で蓋を開けるのは簡単なんだけど~。多分、勢い良く中身が噴き出しちゃうと思うのよね~。
何か上手い具合に、中の圧を抜くギミックを考えないとだけど、開ける度に中身ぶちまけちゃうのは、どうにか改善しなくっちゃね!
「さて、開けてみますか! 先ずは空気の膜で、まあるくドーム状に囲んで……」
「「「え?」」」
元素魔法の風ね。大気の層で、柔軟に膨らみ、噴き出した圧を受け止める。そして、跳ね上がるだろう蓋をも受け止める!
ぐにゃり。ちょっとだけ空間が歪み、まあるくおぼろげな何かが視認出来るレベル。
「じゃ、開けるわね。三、二、一!」
「「「おおっ!?」」」
ボン!
くぐもった音と共に、まあるい空間が一瞬で赤茶けた色に染まり大きく膨らむ。
多分、あの空気の層の中じゃ、どかんと結構な音がしてる筈。その証拠に、膨らみは大きく縦長に膨らみ、最頂部で蓋が結構な勢いでくるくると回転してるじゃない!?
ずるずると層に沿って、飛び散ったスープが鍋の中へと戻って行くわ。私はそれに合わせ、空気の膨らみをゆっくりと萎ませて行き、最後にぱたんと蓋を閉じた。
「「「び、びっくりしたなぁ~、も~」」」
みんな目をまんまるにして口を合わせ同じ事を言うものだから、思わずクスリ。
目を細めながらも、一応手を合わせて謝っておきます。てへぺろ~。
「ごめんごめん。ちょっとした銅鍋爆弾だもんね~」
「それ~、美味しいの~?」
「今から確かめるわ~」
ふふんと鼻歌混じり、壁に掛けてたお玉を一つ手に取り、上澄みをちょっ掬って。
うわあ~。この段階で、凄く濃厚な香り。色々と雑味のある。魚のあらがちょっとした臭みになってるけど、合わせて入れた数種類のハーブが大体柔らかくしてくれてるわ!
鍋を包んでいた空気の層を消した途端、鍋の中に留まっていた香り成分が一気に広がるのよね。普通に鍋を煮たら、そのまま大気に蒸散してしまう旨味、油分、香り、そういった類がまるっとここには残っている。空気に触れる事で変質してしまう成分が、そのまま閉じ込められていたのも大きいわね。ぶっちゃけ、あれは腐敗だから。
「香りは良し。さて、お味の方は……」
口に含むと同時に、濃密な香りと味がずんと鼻と喉先へ向けて広がって行く。舌先に感じる雑味は、目の細かい布でこし取れば問題無く、塩水と様々な素材の旨味が溶け合った素朴な味がまろみとなって喉を潤してくれる。
玉ねぎの皮の色素が、赤く溶けだした濁りのあるスープ。これが試作品第一号? いや、これは余り物で作った奴だから~!