第四十一話『頭隠して何とやら』
「なあ~んだ。あんまり怪しい気配なんで、賊でも入ったかと思ったで御座るよ~」
カラカラと笑い、ミカヅキはパチリと抜き身の道中差しを鞘へと戻した。
裏の扉を開けたら、そこに奴が居た。
ジャスミン、恋に走った哀れな女。
ふ……
そんな言葉が良く似合う感じ。ジャスミンとハルくんの様子は、ちょっとくたびれた場末の酒場女と男を連想させる、そんな空気を纏っていた。
あれれ? 二人と別れてから、まだ半日だよね!?
一体何が……?
二人はぴったりと身を寄せ合い、まるで何か激しい運動でもした後であるかの様に、額に汗でぴったりと髪の毛が張り付いている。
二人で夜逃げでもして来たのかしら?
ハルくんは例の黒い鞄を大事そうに抱えている。仕事道具は無事そうね。
「ま、まあ。ここでは何だから、中へどうぞ……」
「あ、あの!」
「何でしょう?」
びっくり顔から戻れないでいるハルくんは、大きく目を見開いたまま、まだ建物を見上げています。
「確か、ここって廃墟でしたよね?」
「そうですね」
「でも何で? どうやって?」
「えっと……頑張りました」
てへぺろ~。
ああ、そうでしたそうでした。ここって昼間までは廃墟でした。私が魔法でちょちょいと地面から生やしたんですわ。普通、人族とかって魔法で家は造らないか。
「あはははは……」
「お姉ちゃ~ん!」
わわわ。ジャスミンたら、何かお願い事かしら? この子が猫撫で声でお姉ちゃんなんて、怪しさいっぱいだわ。何だかやばいですね?
すると、ちょっと恥ずかしそうにもじもじ……ふえっ!? 何、この子! まるで乙女チックな空気を纏ってらっしゃるわ!
「その……あたしたちお腹空いちゃって~……何か食べる物無いかな~?」
がく~。
途端に安堵の息を、ほお~っと漏らしたわ~。あ~、びっくりした! 何かまるで違う雰囲気だから、中身がそっくり誰かと入れ替わったのかと思っちゃった!
それくらい、何かこ~うまく言えないけれど『変!』なのよね?
「丁度良かったで御座る。少し作り過ぎて、ついでに明日の分も焼いちゃおうかって話してたとこで御座るよ。ね?」
「うん。そうね。さ、ハルくんも、どうぞ~。私たちの新居にようこそですね」
そう言いながら、私とミカヅキは戸口から少し離れ、二人に道を譲ります。
すると、ハルくんは礼儀正しく一礼し、丁寧にお礼を言ってくれました。
「ありがとうございます、シュルルさん。ミカヅキさん。でも、本当にどうやって……?」
「もう、ハルくんったら~。細かい事は気にしないの~。さ、ご飯ご飯♪」
「あんたは少し気を遣いなさい」
「あいた!?」
くいっとハルくんの腕を引いて、しゅるると前を抜けて行こうとするジャスミンに、こつんとげんこつ。
「あ~ん、遣う遣う。だから、ね。お願い。もう、お腹ぺこぺこで~」
「全く……あら、やだ。あなた、何か臭くない?」
「む、汗臭いで御座るな。それに、何か妙な匂いも……」
私とミカヅキで鼻をくんかくんかさせると、慌ててジャスミンたらハルくんと下がるのよね。何、そわそわしてるのかしら?
「ちょ、ちょっとだけ汗臭いかもね~」
「あはははは……水浴びしてくれば良かったかな?」
私は目を細めて、ぴったりと寄り添う二人を見た。
そーかそーか。二人で汗をかく様な事をして来た訳ね? で、暗くなるまで……で、お腹空いてここなら何か無いかと来てみたと。そーかそーか。良いご身分ですねえ~。爆ぜろ!
はあ~……
「まぁ、良いわ。ちょっとそこで汗を流して来なさいな。右手の奥で湯気出てるでしょ? 地下から水引き上げて、お湯にして流してるから。あっと、熱いのが出てる所もあるから、火傷しない様に気を付けてね!」
「ふぇ? お湯?」
「さっきから水の流れる音もするし、何か湿っぽいから不思議に思ってましたけど……」
不思議そうな顔で目線を交わした二人は、恐る恐ると言った足取りでお湯を流している所へ向かうものだから、ちょっと心配になって案内しようと追いかけます。
沸騰したお湯が直接出ている所は、小さな湯溜まりが作ってあって、そこで根菜や卵を茹でちゃおうというもの。そこから溢れ出るお湯が高温で危ないのよね?
暖房に床や壁を通してるお湯は、水を混ぜて温度を調節しているから、火傷の心配は無いのだけれど。
と、と、と、と……そこでぎょっとしちゃいました。
ジャスミンったら、スカートの裾から太い尻尾がまるっと丸見えじゃないの!?
「ちょ、ちょっと! ジャスミン!」
「ん? なあに~?」
呼びかけると二人でのほほんと振り向くのよね~。私はどう伝えたものかと、わたわたしちゃいましたよ~。も~、とんでもやばいです!