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第三十九話『初めての夜』


「あったかいね~」

「あったかいで御座るな~」


 屋上の煙突から放出される熱気に尻尾を摺り寄せ、その排気口に手をかざしては楽しみながら、陽の光りが完全に消え去るのを少しの間、目を細め眺めていました。


 裏庭からここまで、湿った空気が立ち昇って来ます。

 風が凪ぐと立ち込めてしまうのかな? そろそろ凪も終わりです。

 暖房として床や壁に巡らせたお湯が、裏庭で一旦プールされ、裏庭に捨て置かれていた廃井戸に流れ込む仕組みなんですね。一番熱いお湯が出る所では、火山地帯みたいに温泉卵や蒸し料理なんかも出来るかな~? なんて考えているのですが。



 建ち並ぶ建物の陰影が次第に深くなり、それはやがて星や月の青白い光りに薄ぼんやりと浮かび上がって行きます。人の喧騒が遠のき、やがて静かな気配のみが息づく夜へと。

 人々はそれぞれの巣に籠り、暖かな空間を家族と共有するのでしょうね。


 今、私たちは二尾だけ。


「不思議よね? あれだけ騒がしかったのに……」

「いやはや、今日は驚く事ばかりで御座ったが……この雰囲気は良いもので御座るな……」


 う~んと伸びをして見せるミカヅキに、私も一緒になってう~んと伸びをする。

 そして、何がおかしいのか、互いにクスクスと笑い出しました。

 いや、ホント、今日は一日色々あり過ぎるくらいありましたよ? ジャスミンなんか、人間の男を追っかけて出ていっちゃったし。


 さてもさても、最初の一日が終わろうとしていました。

 夜になると、灯りのある家はそう多くありません。豊かな家ならばそんな余裕もあるんでしょうね。色街や酒場辺りでは、夜も遅くまで灯りが絶える事も無いみたい。そこだけ遠目にもぼんやりと明るく見えます。


「さ、そろそろ戻りましょう? 火加減を見ないとだし」

「うむ! あれはどれくらい火にかけておくので御座るか!?」


 夜の風景に、ミカヅキの白い歯と瞳が。


「その辺を試してみるつもりだけど、竈によって微妙に違うかもね」

「へえ~……開けてみてのお楽しみって事で?」

「そ~いう事~♪」


 しゅるるっと淡い星明りの世界から屋内へ戻ると、薄っすらと浮かび上がる私たちの影の先は、どっぷりとした闇が広がっていました。

 ちょろり、舌を出し入れすると、床、壁面、天井とその熱が立体的に感じられ、移動するのに苦労は無いのだけれど。


 暗がりで壁に触れると、それだけで天井全体が光りを放ちます。


「明るくなれって思えば、良いの」

「へえ~」


 循環型の魔法、コンテュニアルライトとか言う消えない光りを産み出す魔法だけど、それの発動をON・OFFするだけの単純なもの。光りもまた波動だからね。空中に投射した場合、術者が魔力の循環を止めれば霧散化しちゃうけれど、天井に固着させた状態だと、魔力の供給を再開するだけで、また何度でも輝いてくれるという。


「あははは、これは面白いで御座る!」

「もう! おもちゃじゃ無いんだからね~」

「はいはい、もうちょっとだけ。もうちょっと……」


 パチパチ切り替え天井を明滅させて遊ぶミカヅキに、どうにも小さな頃を重ねてしまいますね~。まぁ、目新しいみたいだから仕方ないわよね?


「まったくもう~」


 そう口では言いながらその反応速度に、もう少し改良出来ないものかと考え込んでしまうわね。魔力の自己保持回路を増設しておけば、当人の魔力量に関わらず、大気中から収集しておいたマナからも供給されて、より早く反応が起こりそうな……ふう~む……


「シュルル姉~、どうしたで御座るか~!?」

「あれっ!?」


 いつの間にか、ミカヅキが下の階から呼んでいる。おっかしいなあ~?

 慌てて追いかけると、ゆく先々で明かりが灯る。それを追いかける様に、調理場へと戻りました。


 木の板を少しだけくべて、炎の勢いを調節したら、今度は鉄くぎを溶け合わせて数本の串を作ります。それに、瓜や玉ねぎ、ネギ、ニンジンといった生野菜を適度に切った物を刺していって、軽く塩水にくぐらせてから銅貨で作った皿に乗せ、竈の中へと適当に。


「直火だと、表面が焦げて、黒く炭になっちゃうけど、これだったらどうかなあ~?」

「ふうむ。良さげで御座る……」


 熱で僅かに揺らめく竈の中を覗き込み、ああだこうだ言いながら、次ぎにお湯の蛇口を開いて、ハーブティーを。と言っても、ハーブを適当にちりばめたカップに、お湯を注いだだけのものなんですけどね。


 二尾で作業台の上に腰を降ろし、尻尾をぶらぶらさせながら竈の様子を眺めます。

 両手で熱いカップを抱え込み、ちょびちょび口を付けるとミントやレモングラスの香りが広がり、何だかホッとしちゃいますね。


「あ~あ……ジャスミンの奴、どうしてるで御座るかなあ~?」

「あ~……大丈夫じゃない? あの子の事だから、宜しくやってると思うわよ?」

「大丈夫で御座ろうか? 我々の正体がばれたら事では御座らぬか?」

「う~ん……ハルくんなら、大丈夫だと思うけどなあ~……」


 いや、ほんと。今夜、どうしてるんだろう?


 何かいちゃいちゃうふふやってそうで、爆ぜろと念じるシュルルであった。



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