第三十八話『思い出ぽろり』
木箱に使われていた板は、充分に乾いていてとても軽かった。
私みたいなのが荒野の生活で炊き出しに使うのは、大体落ちてる枝を拾い集めて使うから、こんな風に木を切り倒して加工して使うなんて事は、先ずやらないから。
住処は穴蔵だし、木で家を建てるなんて無駄な事を考えもしなかったし。
思わず思い出し笑いしちゃった。
「うふふ……」
「ん? どうしたで御座るか?」
「いや、ね。昔、ちっちゃい頃、木箱見てびっくりした事を思い出しちゃって……」
「あ~、凄く便利で御座るからなあ~」
ミカヅキも昔の事を思い出したらしく、何だか遠い目で瞳を輝かせてる。
私は喰い込んでる鉄の釘をひょいと引き抜き、木目に沿って割っただけの板を、竈の二つある口の下の方へと積み上げていった。
木箱は、危険な荒野を一頭立ての荷馬車で渡り歩く、人族の行商人が持ち込んで来たのよね。
小さな頃は十七尾一緒に狩りをしていたから、段々と身体が大きくなって来た頃には、人族の行商人は恰好の獲物でした。
回り込んで、追い込んで、倒木で通せんぼしたりして、泣き叫ぶ人を馬車から引きずり降ろして……
別に珍しい光景じゃ無かったわ。沼ゴブリンやオークの集落、ホブゴブリンやオーガなんてのもうろついていたし。文字通り、喰うか食われるかの世界だもの。
もう少し大きくなって私たちで荒野を締めて、みんなバラバラに生活する様になってからは、多分そんなに行商人を襲うなんて事はしてないと思うのだけれど。多分ね~。
「いやあ~、若かったで御座るなあ~……」
「あの頃は、何も考えて無かったもんね~? こうして、人間の街に潜り込むなんて想像出来た?」
「いやはや。某も、先生を拾うまで人とのんびり話をする自分なんて、考えもつかなかったで御座るよ~。お互い、年をとったもので……」
「やあね! 魔法使いのお爺ちゃんやお婆ちゃんじゃないんだから! 私たちは、まだまだこれから! この街にある『図書館』に潜り込めば、繁殖の手がかりが得られるかも知れないし、これだけ人が集まってるんだから、もしかしたらオスの情報も手に入るかも知れない! 私たちにはまだまだ時間があるの!」
私は思わずぐっと両手の拳を握り締め、ふんと鼻息を吹いた。
賢者の塔にいる老師達の感覚に従っていたら、塔の禁書に触れられるのは何十年後か判らなかった。あんなシワシワのお爺ちゃんお婆ちゃんになっちゃったら、誰も子供なんて産めないじゃない!?
私はこの街に掛ける! チップをこのブラックサンに全部! ま、北の魔王領って手も無かった訳じゃないんだけど、あそこは修羅の国だからね? 多分、話通じない連中ばっかりだし。オークにゴブリンにオーガにトロル、ウルクハイにバルログにデーモンにバンパイア、フロッグマンにトログロダイトにリザードマン。まぁ~~~、無理!
ぶっぶーですわ!
想像するだにうえっとなる連中。ダンジョンでもどれだけ遭遇した事か。
少し話し込んじゃったけれど、竈に木をくべ終わったらサッと点火する。
昔は火口箱から種火を移して、ふーふーってやってたけど、元素魔法を覚えてからは超便利よね?
乾いた木だから、燃えさしなんかで火種を起こさなくてもすぐに燃え広がります。
「わぁ~」
「う~ん……」
二尾で赤く燃え上がる炎を見つめました。
ミカヅキはとても嬉しそうに、そして私は少し眉を寄せて。
炎の揺れが、ちょっと……
「ちょっと空気の流れ、良すぎないかしら?」
「そうで御座るか?」
「ちょっと煙突の先っぽ、見て来る!」
「おっ!? それがしも!」
ちょっとちょっとと言いながら、階段やらその壁をにゅるにゅるっと滑って登って行く。一応階段は人も登れる様にと段差があるの。私たち用に、何にも無いつるつるのスロープなんかだったら、おかしいって思われちゃうじゃない?
基本、私たちにとって壁も天井も移動には床と大して変わらないのだけれど、一緒に生活したりすると、気持ち悪いって言われるのよね~。ぐすん。
「ふわあ~!?」
ミカヅキの歓声が、風に流されて遠くへと消えて行く。
屋上に出ると、視界一面に紫紺の空が広がる。暗くなりつつあり、陽はとうに海の向こうへと消えていた。星の瞬きが、小さく夜の到来を告げる。
「あらら。傘を付けるの忘れてた」
「あらら~で御座るな? あらら?」
「ああ……それね……」
二尾でくすくすと笑いながら、床下をちょろちょろと流れる水音に耳をすませてみたり、隣の建物で屋上をどんな風に利用しているのか眺めてみたり、そっと身を乗り出して下を見てみたりと。
良く考えたら、こういうチェックをして無かったのよね。
屋上をたっぷり堪能してから、本題の円筒へと向かいます。
「さ~てと。海辺は時間で風が強まるからね~」
「へえ~」
「全く風が無くなる時間もあるけど、向きが全く逆に吹くの。海からのと、陸からのと。だから、その辺はまわりの煙突を参考にすれば……」
そう言いながら、三つある煙突の先をくいっと横に曲げてみる。雨が吹き込まない様にと板状の格子を斜めに付けてみたり。
そんなこんなで、次第に夜も深けて行きましたとさ。