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第三十六話『ラミア、鍋を造る』


 小さな影が、そおっとそおっと。ミシ。


「こらっ!」


 わっと声が溢れ、小さな影がパタパタと蜘蛛の子を散らす様に一斉に走り出した。

 きゅっと口を真横に結んだミカヅキは、眉間に皺寄せじいっと睨む。御者台の上から半分、身を捩る様に荷台を。そこに居る小さな人影を。


 荷台にはシュルルが買い込んだ野菜やら何やらが木箱で幾つか積まれていた。

 それに手を伸ばし、固まった子供がやたら大きな目を見開いて、じっとミカヅキとにらめっこ。顔は真っ黒。髪はぼさぼさ。着ているものも、服と言うより破れ麻袋だ。


 パッ。


 素早い手すさびで、小さな薄汚れた手からしなびたニンジンを取り戻す。

 すかさず、その手が別の根菜に伸びると、ミカヅキはそれも取り返して見せた。


 パッパッパッパッパ。


「うう~!」


 幾度かの応酬。

 ミカヅキは右手で手綱を握り、無表情に左手一本でやり返す。

 が、ちび助は両腕で我武者羅に盗りに行っては空を掴まされる。真っ赤な瞳に涙を浮かべ、唸る様に味噌っ歯をむき出しに頑張るが、いかんせん速度が違う。体力も違う。あっという間に、息もへろへろのふ~らふらになって、思わず尻もちを着いた。


「あれれ~? 何やってるの?」


 不意に後ろから声をかけられ、ハッとした。

 幌のかかった荷台の後ろ、つまりは御者台とは反対側の出入り口にもう一人、両肩に木箱を担いだ、赤いワンピースの女が立っていたのだ。


 ヤバい! 挟まれた!

 パッと身を翻すと、その女の脇を駆け抜ける。

 捕まってたまるか!


「この、糞ババア!! ヘソ噛んで死ね!!」

「糞・ババア……」


 ミカヅキは生まれて初めて浴びせられた悪態に、頭がくらっとした。と~ってもショックだった。

 何しろ、姉妹はみ~んな同い年。糞という言葉も、ババアという言葉も知っている。でも、姉妹同士で喧嘩しても、同い年同士だからババアなんて言われた事は無かったし、心の底から相手を憎んで悪口を浴びせるなんて事は無かったのだ。

 その憎しみが、本当にショックだった。


「糞・ババア……」


 思わず二度も口にした。その忌まわしい響きを。何しろ、ミカヅキの頭の中を、その糞ババアという言葉が、わんわんと響いて止まなかったから。

 呆然と、駆けて行くその後姿を見送るミカヅキ。


「ふう~ん……」


 そんな様を、野菜根菜満載の木箱を二つ担いだシュルルは首を巡らせて見送った。

 そのちび助は、少し離れた路地の手前で立ち止まると、くるっと振り向いて、あっかんべー。そして、更にお尻ぺんぺんと。


「糞ババアーっ!!」

「あ~らら」

「糞・ババア……」


 そんな様に目を細めたシュルルは、尻尾の先で担いだ木箱の中から適当に一つ摘まむと、徐にそれを投げつけた。尻尾は第三の腕の様に、器用に扱う事も出来るのだ。否、ラミアにとって、腕が尻尾の代わりみたいなもの。

 ひょ~いと飛んだそれは、色の悪い瓜。日焼けして半分が黄色く変色したそれは、売れ残りの野菜だ。大人の握りこぶしより少し大きいくらいのそれを、目を丸くしたちび助は、すかさず跳びついて抱きかかえた。


「うおおっ!」

「こらっ!」

「よこせよお!」

「ぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 すると、路地から数人の似た様なのが飛び出した。

 それに捕まるまいと駆け出すちび助は、走りながら瓜に噛り付く。それを押し倒し、数人がかりですったもんだが始まると、市を巡回していた兵士らが駆けて来て、たちまちそれらを追い散らした。


 それは、僅かの間の出来事。

 まぁ、そんなもんだと判っていたシュルルであったが、その溢れんばかりのバイタリティには笑うしか無かった。少し元気を貰った気分だった。


「すご~」

「糞……」

「ほらほら。出すわよ」

「ババア……」

「ほら、ミカヅキ。逃げるわよ!」

「ええっ!?」


 手早く木箱を荷台に放り込むと、幌の後ろを閉ざす。びっくりしてるミカヅキの尻尾を叩く様に、馬車を出させた。

 何しろこんな所でこれ以上ぼんやりしていると、今度は集団で襲われるだろう。あれはそういう生き物だから。


 ガラガラと走り出した荷馬車は、行きより少しだけ重い音。振動に木箱がこすれてキイキイ鳴いた。

 何だかパッとしない顔のミカヅキに、何だかちょっとだけ元気になった気分のシュルル。

 そんなミカヅキの顔をひょいと覗き込み、ちょっぴり苦笑い。


「うふふ……びっくりしたわね~?」

「いや、びっくりした処では御座らぬよ。何で街中に、あんなにうようよ」

「そりゃあ、人の多いとこの方が安全なんじゃない? 街の外よりかは」

「そんなもんで御座るかなあ~。外の方が、息苦しく無くて良いで御座るよ? ここは、何かごみごみしてて……」

「人当たりかなあ~? めっちゃ多いもんね?」


 うふふっと笑うと、ミカヅキも釣られて少し微笑んだ。


 常設の市と言うものは、警備の兵士が巡回し、あの様な浮浪者が寄り付かない様にしているらしい。そして捕らえられ様ものなら、即座に街の外へと放逐される。だから逃げる。

 馬車が狙われたのは、その市の外れに停車していたからだろう。


「それにしても……」


 とミカヅキ。後ろをちらりと振り返り、荷台の木箱を少し眺めた。


「こんなに買い込んでどうするで御座る? とてもじゃないが食べ切れぬで御座るよ? 根菜は日保ちするとして、魚や鶏肉、青菜とか……」

「だいじょ~ぶ♪ 火入れして、煮物にしちゃうから」

「煮物って、鍋は?」

「大丈夫だって。ほら」


 そう言って、腰の小さな革袋をポンと叩きじゃらじゃらと小銭を取り出して見せる。そして。


 銅貨の表面が手垢などで黒ずんでいるのを、一瞬でぴかぴかに。


「どうよ?」

「銅で御座るな……」

「ほら、前見て、前」


 ぎょっと新品同様の輝きを取り戻した銅貨を見入ったミカヅキに、そう促しながらも、その銅貨を数枚すうっとずらして重ね、それを融合させる。

 簡単な元素魔法ね。

 基本、四大エレメンタルを操作するんだけれど、錬金術で言う処では物質はそれぞれに固有の振動しやすい波があって、それを一瞬だけ高める事によって、異物を分離させる事が出来るの。それが最初に見せた、銅貨の表面をまっさらにした魔法。

 そして、物質は振動によって、その状態を変えていくわ。

 銅貨の場合、この状態では固体。

 熱で溶かせば液体。

 ドラゴンのブレス並の高エネルギーを照射すれば、一瞬で気体に。

 この他にも、水なんかに溶けた状態もあるんだけれど、まあそれはまた別のお話ね。


 私は、ミカヅキの見ている前で、固体と液体の垣根を取り払って見せた。

 銅は私の手の中で、私の想い描いた通りにその形を変えて一枚の、より薄い銅板へと姿を変える。

 まあ、これで家一軒建てたんだから、こんなの些細な事よね?

 己の内にイメージを描き、それを現実に投射する。そこの部分は幻覚魔法と同じだから。虚像か、物質かの違いだけの。


「な!?}

「ほら、前、前」

「え? でも、それって……???」


 私は手の中の銅板を少しずつ銅貨を足しながら大きくし、その形を寸胴鍋に変えて行く。

 馬車がお店の裏手へ到着する頃には、結構大きめの立派な寸胴鍋が一つ出来上がっていたわ。うん、上出来♪


 そう喜んでたら、隣のミカヅキったら失礼にも。


「ねえ~、鍋屋さんやった方が、手っ取り早く無いで御座ろうか?」

「え~? お鍋は食べられないじゃない?」


 全く、ナンセンスだわ。お鍋は一個手に入ったら一生使えるけれど、食べ物は毎日必要だってのにね?



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