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第三十四話『おれたちのおやぶんになってくれよお~!!』


 古びたマドロスに腰をかけ、ハルシオンは煌めく波間を見つめていた。

 絶望に打ちひしがれ、その海の底へと想いを馳せ。


「もう……ぼくには、こうするしか……」


 大切なお金を、鞄ごと盗まれてしまった。仕事道具も、お預かりした書類も。

 もう、死んでお詫びするしか……


 父の死後、代行業を引き継いだばかりだと言うのに、この大失態。誰にも顔向け出来ない事になってしまった。もう、この街でやっていく事は出来ない。それどころか……


「父さん……母さん……」


 胸に幸せだった日々が。それが熱くこみ上げる己への失望感に塗り潰されて。それが、一歩、また一歩とハルシオンを波打ち際へと誘っていく。

 失った、人との温もり。それを思い出させてくれた今日の仕事。その依頼者の妹さん。期待を裏切ってしまった自分の愚かしさ。何もかもが呪わしい。でも、もうそれから逃げるしか方法が残されていないんだ。


「みんな……ごめん……ごめんなさい……」


 ふわっと風がハルシオンを軽く持ち上げて来る。このまま、身を委ねればいいんだ。


「さようなら……」


 カラカラに乾いた口。ごくりと唾を呑む音が、嫌に響く。


「あ~、いたいた~。ハ~ルくん♪」

「!?}


 一番会っちゃいけない人に会ってしまった。

 そんな想いに、背後から声をかけられ、ハルはビクッとその身を震わせた。自分が今、どんな酷い顔をしているのか判らない。こんなみじめな姿、見られたく無かった……

 そして、くしゃくしゃにしていた帽子を目深に被り、海を見ているフリをした。


 そんなハルシオンの気持ちを知ってか知らずか、上機嫌のジャスミンはそんな横顔をとろんとした眼差しで眺める。

 そうしてみると、無理をしているのが判る。気持ちを抑え込もうとしているのが伝わって来る。その切なさが、胸の内にじんわりと広がっていく。


「えへへ~、探したよ~、ハ~ルく~ん♪ は~い、鞄」

「えっ!? 本当に!?」


 ジャスミンの白い腕が差し出した黒革の鞄に、慌てて振り向いたハルシオンは思わず足がもつれて、海へ転げ落ちそうになる。だが、不思議な事に、何か暖かな物がしゅるりと腰の辺りを支えて、それを防いでくれた。


「え? あっ!? へ? どうして?」

「はい。ハルくんの鞄だよ~♪」


 驚き、腰の辺りを見渡すが、それはもう消えていた。確かな、しなやかで暖かな感触を残し。だが、そんな事は今のハルシオンには大した問題では無かった。

 確かに、目の前に盗まれた鞄がある。それをにっこりと差し出すジャスミンも。

 あまりの事に、咄嗟に言葉が出ない。ただ、震える指先が、その鞄に振れた途端に、ハルシオンの内から堪えようの無い激情が湧き上がり、激しく突き上げた。


「う……ああ……あああああああああああああああ!!!」


 受け取った鞄をひっしと抱きしめる。懐かしい革と脂の匂いにタガが外れ、その場に膝まづき、恥も外聞も無く嗚咽してしまう。

 そんなハルシオンに、ジャスミンは静かにとぐろを巻いてその全身で覆い、彼の頭を優しく抱きしめていた。


「ハルくん……」

「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」。


 激情のまま何度も礼を口にするハルシオンに、ジャスミンはその頭に頬を摺り寄せ慰撫する様に何度も何度も小さく囁いていた。

 やがて夕日が二人を朱に染める頃、ようやく落ち着きを取り戻したハルシオンとジャスミンは、揃って波止場を後にしようと、互いに促す様にただただ立ち上がった。


「良かったね、ハルくん」

「ありがとう、ジャスミンちゃん」


 互いに手を取り合い、身を寄せ合う。何という喜び。何という安心感。このまま時が止まってしまえば良いのに。

 そんな二人を引き裂く声がした。


「おい!」


 見れば、二人の周りを二十人からの子供が取り囲んでいるじゃないか。いつの間に。

 その中から、一人の子供が。その子供に、ジャスミンは見覚えがあった。その子供たちの中にも、何人か。それは、鞄をかっぱらって走って逃げた子供たちや、途中路地で妨害しようとした子供たち。ジャスミンは、その全員を完璧に覚えていた。

 その全員が、妙に覚悟を決めた様な、険しい顔でこっちを睨んで来るのだ。思わず、ジャスミンは歯茎をむき出しにして、ハルシオンを守ろうとずいっと前に出た。


「何よ。どきなさいよ~」

「ちょ、ジャスミンちゃん!」


 危ないよと、ハルシオンが言おうとしたその時、その全員が一斉に動いた。

 ずざざざあっと膝をついてこっちを見上げて来たんだ。


「あねさん!! おれたち、あねさんをおとことみこんでいっしょうにいちどのおねがいにきたんだ!!」

「「ふへ?」」


 何か訳の判らない事を言い出し、きょとんとする二人。

 そして、一斉に頭を下げられた。いわゆるDOGEZAという奴だ。


「おれたちのおやぶんになってくれよお~!! あねさん!!」



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