表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/143

第十九話『二尾の姉妹』

 思念のループを作って魔力の循環を自動化させると、短時間で消滅する魔法の効果も結構長い間保つ事が出来るの。で、そのループを壊すと、私の姿がゆっくりと焚火の炎に照らし出されていくという訳。


 その光景に、明かに警戒していた二尾は、すっと肩の力を抜きました。ちょっと驚かせちゃったみたい。


「何だ~」

「遅かったではないか? ふふ……随分とお楽しみでは?」


 このちょっと間延びした喋り方をする子と、久しぶりに会ったら何かにかぶれて変な喋り方をする様になっていた子が、私を含めた十七姉妹からの二尾。同じ蛇の穴で産まれた、穴姉妹。


「ね!? ね!? どうだった!? どうだったの!?」


 私から見て左手のその子は、金に赤く照り返すぽわぽわした天パー頭。腰まであるロングヘアーのこの子は、人族全般に興味ありありって感じ。真っ先に、行きたい!って手を挙げて来たの。

 きらきらブルーアイを大きく見開いて、私を食い入る様に見つめて来るわ。


「ふ……その表情、何やら意味ありげで御座るな?」


 そして、右手の子は。

 パチリ。朱鞘の道中差しを鳴らし、その刀身を鞘に収めると、左腕でスレンダーな胸元に抱える様に持つ。そして、残る右腕をその上に置き、掌で顎の下をさすりニヤリと口元を歪めて見せた。

 あなた、髭なんか生えて無いでしょうに。

 こちらの子も腰まである、さらさらストレートヘアーを一房に括り、ちょっと見ない間にしゃれっ気を出して来てるわ。ちょっと前は伸び放題のぼさぼさ頭だったのに。


 うふふ。

 みんな、お年頃って奴なのよね?

 まあ、人の中に入ってもそんなに問題ないメンツを選んで来たって事もあるけれど。


「うん。まあまあね~……」


 そう言葉を濁し、焚火の傍まですまし顔で進み出ました。

 ちょっと温まりたい気分だし。

 大体、話せる訳ないじゃない!? あんな事や、こ~んな事!

 あんなの居る様じゃ、やっぱりやーめたってなりそうだし、自分も正直迷ってるし~。


 すると、ぷくぅ~っと思いっきり頬を膨らませ。


「まあまあって? まあまあじゃ判んないわよぉ~!?」

「イカサマ左様。お主の存念、しかと聞き届けたいもので御座るぞ」

「あ~、あったかいわ~♪」


 そう言って、掌をかざして温まるんだけど、両脇挟まれ左右から凝視されちゃった。

 すると、目につかない訳ないのよね~。


「あら? 何コレ!? どーしたのよ、コレ~!?」

「むむむ……何事で御座るか?」

「あいたたた、引っ張らない引っ張らない!」


 いや、爪を立てて例の左肩のコインを引っ張るものだから、痛いなんてものじゃないのよ!


「言え! 言いなさいよ~! 何して来たの!? 言わないとぉ~……」

「言わないと?」


 流石に引っ張るのを止めてくれたんだけど、二尾して楽し気に目配せし合うじゃない。もう嫌な予感しかしないわ。

 張り付いた様な笑顔を浮かべ、肉親の情って奴に訴えたのに~。


「ね、ねえ。その手をわきゃわきゃさせるの止めないかな?」

「やー♪」

「止めぬで御座る。止めぬで御座るよ~♪」


 いや、もう二対一じゃ勝ち目が無いじゃない?

 じりじりと。

 こっちもじりじりと。

 私が後ろに下がるのに合わせ、左右から挟み込む様に……


「それ~!」

「チェストー!」

「や~!!」


 うっかりしてたわ。魔法で見えなくしておけば良かったのに、疲れたから。

 左右から私の防御を掻い潜り、四本の腕がくすぐりにかかる。

 特に脇やら背中やら、敏感な部分を狙いすまし、正にハンターの様に!


 しゅるしゅる。すすすすっと。


「きゃ!? や! 止めてぇ~!!」

「や~~!! あんたが! 正直に! なるまで! くすぐるのを止めな~い!!」

「きゃ、はっ! きゃははははははははは!! イヤイヤ、止めて! 止めてぇ~!!」

「くくく……良いではないか、良いではないか~!!」


 三尾で正にくんずほぐれつ。焚火はひっくり返すは、馬はびっくりして暴れるわ。

 ちっちゃい頃ならいざ知らず、こんなに大きくなってからこんな事されるなんて!

 頭おかしくなっちゃったんじゃないかって位、大笑いに笑わされ、も~降参です。

 自分でも驚くくらい、くすぐりに耐性無いって判っちゃった。

 おかしいなあ~。昔はこんなんじゃ無かったのにぃ~!


「こ、降参! 降参よ~!!」

「ふぃ~。最初から大人しくゲロしとれば良かったのさ~」

「ようやく観念しおってからに。ささ、つまびらかに明かすのじゃぞ」


 揃って肩で息をしつつ、私は仰向けに引っ繰り返り、今日何度目かの星空を拝みました。

 くう~。


「隠し事はならんぞ。隠し事は」

「ううう……は~い、判りました~」


 両腕を組んで、うんうんと頷く姉妹に、私はぽつぽつと今夜の出来事を話すのです。


「最初は門の上で、若い兵士に会ったの。勿論、私は姿を消してたから、相手には見えなかったわ。若くて鍛えられた男の人って、こう、月明かりに陰影が浮かんで素敵だったわ~」

「ほ~……」

「ふむふむ……で?」

「で? って、それだけよ。そこで騒ぎを起こす訳にはいかないじゃない?」

「ちっ」

「何と情けない……何故、そこで押し倒さぬで御座る!?」


 いや。二尾してそんな残念そうな……


「次にはね。酔っぱらいのおっちゃんに出会ったの」

「へ~……」

「うん! で!?」

「で? って……路地で暗くて誰も他に居なかったから……」

「おお~!」

「それからそれから!?」

「……酔いつぶれてたから、ちょっと血を戴いたら、酷い味でね。病気だったの……」


 二尾して、な~んだと少し前のめりだったのを止めた。


「仕方ないから手当をして、後でもう何回か診に行こうと思ってたら、街の警邏してる兵隊さんたちに見つかっちゃって」

「ふ~ん」

「何人!? 何人殺したで御座るかっ!?」


 彼女。びっくりする位、前のめり。もう片方は、全くの無関心なのに。

 と、ここに来て、色々思い出されてちょっと焦っちゃいました。


「い、いやぁ~ねえ~! 殺してなんかないわよ~! そこで逃げ出したんだけど、隊長さんらしい方、二人に追い付かれちゃって……」


 そこで、思わず左肩のコインに触れました。

 金属の表面はとても滑らかで冷たいのに、何故だかとても熱く感じるの。


「追い付かれちゃって……」

「「追い付かれちゃって?」」


 銭キチさんやデカハナさんとの事が脳内を駆け巡って……

 ぴゅうっと、また頭に血が!


 思わず両手で顔を隠して、下を見てしまったの。


「ダメ! こんな事、言えない……」

「「ええ!? 言えない様な事をされた!!?」」


 二尾は思わず腰を抜かした様に、その場でくにゃりととぐろを巻いた。



●第二十話『ねえ? 愛って知ってる?』


 そこには奇妙な沈黙が訪れました。

 崩れた薪がパチリと弾け、ようやく一尾が気を取り直したのです。


「ま、まあ。アレでしょ? ほっぺにチューされたとか、実はそういうレベルでしょ?」


 言われて、ハッと頬に手を。

 私は愕然として、目を大きく見開き、その子を見つめました。


「あ、なあ~んだ。その程度の事で御座ったか?」


 もう一尾も、ホッと胸を撫で下ろした面持ちで微笑みます。


 私は呆然とその子を見つめました。


「違うの?」

「違うので御座るか?」


 私はフルフルと首を横に振りましたが、言葉にはなりませんでした。


「あっ、あれでしょ? ちょっと手が滑ったとかで、胸を触られたとか!?」

「ラ、ラッキースケベで御座るな!?」

「それとも、滑って転んだ拍子に押し倒されたとか?」

「ラララ、ラッキースケベで御座るな!?」

「えっ!?」


 あれって、その程度の事なの!?


 私は、もう一度あの時の出来事を思い出そうとしました。


 ただひたすらに恐ろしかった。痛みで動けなくなった所を、無理矢理上から抑え込まれて、本当に恐ろしかったわ。抵抗出来ずに、乱暴に全てを奪われる絶望感。でも、それだけじゃ無かった様な気も……


 いいえ。デカハナさんは、血まみれのおっちゃんを見て、即座にバンパイア化する前に殺してしまおうとしたわ。躊躇する若い子を、何の迷いも無く追放してみせた。ものすごく、合理的で非情な人。


 でも、もしバンパイアが紛れ込んでしまったら、犠牲者はどれだけ出るか判らない。

 それに、バンパイア化をするかも知れない相手に躊躇する様な、判断が出来ない兵士は、もしもの時にあっさり殺されてしまうかも知れない。


 足手まといになって死なせてしまうくらいなら、追放するのも優しさ?


 確かにダンジョンだったら、あんな子は連れて入れないし……


 あの頃の私だったら、倒れてたおっちゃんを多少不味かろうと戴いちゃっていたに違いないわ。


 わからない。私、ちょっと会っただけのあの人の事を、どう決めつけていいかわからないわ!


 それに、銭キチさん。あの人は心底恐ろしい人。

 あんなにあらゆる存在から愛されているのに、それが当たり前の事と……

 あの人にとって、何が大切なの?

 そんなものがあるのかしら?

 何者にも束縛されない酷薄さが、そこにある様に想えて仕方ないわ。


 頭の中を、二人の男性の事がぐるぐると駆け巡る。

 彼らは人族の街を護ろうとしていた。それには間違い無いと思うの。

 私は、悪戯に入り込んだ闖入者。

 排除されるべき存在。

 でも、私たちがあの街の住民になれば、彼らは護ってくれる?

 それはまあ、人に危害を加えたりしないで、正体がばれなければの話だけれど。


 う~ん……と黙り込んでいると、話題を変えようと一尾がこんな話を始めました。


「ねえ? 愛って知ってる?」

「あ、い、で御座るか?」


 もう一尾は、きょとんとして、首をひねります。

 私はというと、結構人族の町には入り込んで来たから、お芝居とかで聞き知ってました。


「あの、オスとメスがつがいになる時に必要なものでしょ? 種族が違っても、愛はあるわよね? ほら、あの子なんか人族の男の子にぞっこんだったし」


 以前、人族の村におどしをかけに行った時、姉妹の一尾が人族の男の子にぞっこん参っちゃって、あれから頻繁に出入りしている。その事はみんなが知ってるわ。

 それに、あの銭キチさんの愛され方といったら……


 すると、その子はどうしようも無いわね、とばかりに小首をすくめ、やれやれとため息を。

 それからやたら瞳をキラキラさせ、両手をぎゅっと合わせて握りしめ語り出したの。何かこう、虚空を見つめるかの様に。


「あのね。人族の愛って、その辺の野生動物の交尾とは全然違うの」

「交尾で御座るか? あの、ちょっと近付いて、パッと離れる奴で御座ろう? それくらい知ってるで御座るよ~」

「ん? 交尾?」


 やだわ。何か変な事を言い出したわ、この子。

 どうして、愛と交尾が関係あるのかしら?

 確かにそこら辺の動物は、子孫を残す為に交尾をします。だから、子供を産める若いメスは基本狩らない。メスさえ残しておけば、その内、勝手に増えるから。

 でも、人族はつがいにならなくても子供は勝手に増えるものだし。強く健康的なオスとメスが居れば、勝手に交尾して増えるものじゃないのかしら?

 力の強いオスだったら、気に入ったメスを力づくで交尾するでしょうし。


 お芝居だと、愛してると言い合って、唇と唇を重ねたり、手を握り合って終わりじゃない? 寄り添ったり、身近にはべったり、そういうものでしょう?


「ん、もう~。そういうのと違うって言ってるの! あのね、人族の交尾は愛を囁き合ってするものなのよ! 私、あの村を襲った時に見ちゃったの! 麦畑でオスとメスがちゅっちゅしながら交尾しているのを! お互い、愛してる! 愛してるわ~! って言いながら、こ~、あのほっそい二本の脚を絡め合ってね!」

「蛇だって尻尾を絡め合って交尾するで御座るよ?」

「うん、そうよね? 大体、人族なんて穴さえあればヤギや犬とだって交尾してるし~」


 人族の農村なんかじゃ、良く見かける光景よね?

 それでヤギや犬との合いの子が産まれたなんて話、聞いた事ないわ。


 すると、その子は絶望したかの表情で両手で顔を覆ったの。


「ちっが~う! 人族の交尾はね、そう言い合いながら互いの体力の尽きるまでず~っと交尾し続けるの! パッと近付いてパッと離れる様な、そんな素っ気ないものじゃないし! 終わった後も、二人一緒にいちゃいちゃいちゃいちゃして時を過ごすものなのよ!」

「ま~たまた~。担がないで欲しいで御座るよ~」

「そうよね~。そんな事をしてたら、ねえ~」

「獣に喰われちゃうで御座るなぁ~」

「あははははは」


 そう言って笑いながら、ふと人族の街の様子を思い出しました。

 確かにあの小さな箱みたいな建物の中だったら、安心して交尾出来るかも、と……

 でも、あんまり大きな声を出してたら、やっぱり他のオスに見つかって力づくでメスを奪われてしまうんじゃないのかしら?

 あんな木の扉、ちょっと殴っただけで壊して中に入れるでしょうし。



●第二十一話『明日の準備をしましょうね』


 でも、万人単位で集まって生活しているなら、それなりにお互い約束事を守って、もめ事が起きない様に生活を送ってるものかも知れないわね。


 荒野には荒野の、人族の村には村なりのあり方って物がありました。

 きっかけは姉妹の一尾が引き起こしたいざこざだったけど、あれからぐっと近付く事が出来て、私たちの採取&狩猟生活と、村人たちの農耕生活は種族の垣根を越えて、一定の理解と協調を示して来たと思うの。



 その子は、ぷっくりと鼻を膨らませ、とても自慢気に胸を張ったわ。


「むふ~。ま、村の人たちはちょ~っと趣味じゃ無かったから、あたしは見るだけだけど~」

「やだ。それ覗き?」

「覗きで御座るな。まぁ、見てしまう気持ち、判らないでは無いで御座るが」


 もう一尾の子も、苦笑しながらも、うんうんと頷いて見せる。


 まぁ、そうよね。

 そうやって子供が産まれる事で、私たちは絶え間なく獲物を狩る事が出来るのだから。

 荒野でも、見かけたらそおっとしておいてあげるの。逆に、他の肉食獣に襲われないかどうか、見守っていたりもするわ。

 正にそれは豊穣の証。大地母神様の加護でもあるのだから。


 思わず感慨深く、ため息を漏らしました。


「はあ~……やっぱり、春は芽吹きの季節よね。まぁ、人族はそんなの関係なしに、のべつまくなしだけど」

「そこが不思議なのよね~。季節夜昼関係無しに、物陰を見ると腰を振ってるオスが居るの~」

「どんだけ、覗いて来たで御座るか!?」

「そっち~!?」


 姉妹の覗き趣味に、姉妹が突っ込み驚かれてる。何とも微笑ましい光景です。

 まぁ、彼女がこの街に来たがった理由はそういう事かしらと妙に納得がいきました。

 実際、観察は私たち狩猟生活を送る者にとって死活問題だから、その積み重ねは大事よね?

 人族はもう基本襲わないんだけど。


 冒険者みたいに、襲って来る手合いに関しては別口で。


「まぁ、この話はお仕舞い! さあ、明日は朝一番で門に並ぶわよ!」


 それから、明日着て行くロングのワンピースと、顔を隠す為の麦わら帽子を配り、みんなで袖を通してみて、わいのわいの似合う似合わないと見せ合いっ子。

 一応色別。


「あたし、黄色~♪」

「拙者は青が……」

「赤が残るか……」


 必然的に、私は赤のワンピース。

 赤は情熱の色だから、悪くは無いけど、ちょっと派手かも。

 最初、全部白にしようかと思ったのだけれど、白は汚れが目立つからね。


 麦わら帽子を被れば、ほ~ら顔の印象は残らない。

 鮮やかな色彩に目を奪われるんじゃないかって計算です。

 まあ、最初は用心用心。


「拙者だけ、胸元が……」

「あん。多少緩い方が~、風通し良いわよ~」

「あははははは……」


 全部同じサイズにした弊害も。私は胸元がぱっつんぱっつんなんだけど、いわゆる大中小って感じで、分かり易い。


「じゃあ、大きい順で、私が年上でって感じで良い? 全員同じ年齢じゃ、人族に怪しまれるから」

「あたしは別に良いわよ~」

「むむむ……」


 私たちって、同時期に産みつけられた卵から孵ってるから、全員同い年なのよ。

 でも、人族で姉妹が同い年って、せいぜい二人。三人はちょっとレアケースだから。

 という訳で、私が長女。後は黄色が次女、青が三女と決定!

 私は結婚していて、旦那の開業を手伝う為に姉妹を連れて街に来たって設定にしました。

 旦那の名前は、シューレスさん。靴無しって意味ね。

 さて、これで準備は完了かしら? 何か忘れている様な、気がしないでもないのだけれど……



●第二十二話『そうです! 私がシュルルちゃんです!』


 朝を迎えると、周囲の気配に変化が訪れます。

 野生の生き物たちが、夜明けと共に動き出す感じ。星空が掻き消え、深い藍色から群青へと変わり出すと、空気が、水が、その息吹を醸します。


 肌の産毛に、微細な水の玉が生じる様に。

 鱗の表面が水気を帯びて、色艶を増すのです。


「さ~て、やっぱり始めますか!」


 パンと軽く頬を叩き、気合を入れて行きますよ!


 二尾がまだもぞもぞしている間に、私は馬車の幌に下げた魔法のランタンに魔法をかけ直しました。

 この周囲を大岩に見せていた幻覚を解き、今度は私たちの尻尾を、二本の脚に見せかける為の幻覚に書き換えるのです。そして、その際には、ちょっとの事くらい気にならない様に、ほんの少しだけ注意力を鈍らせる精神干渉系の魔法も付与します。

 あれ? 気の性かな? って思わせる程度の軽いもの。あんまり強くかけると、酔っぱらいみたいになっちゃうからね。


 赤いワンピースのたっぷりとしたスカートを閃かせ、二本の生足を確かめます。


「おっお~♪」


 見える! 私にも!

 まるで人族みたい! スラッときれいな細い脚です。細すぎもせず、太すぎもせずといった感じ? 大体、人族の若いメスは、こんな感じに生足をちらちらさせるものなのです。

 小鳥がぴーちく囀る様に、若い異性を引き寄せる武装の一種よね?


 理想はダンサーのおみ足です。

 あれは異性を魅了するわよね~。町の酒場でも群がってたから。あのイメージを拝借した訳です。幻覚も、想像するソースが無いと、なかなか上手にはいかないものですからして。

 てへぺろ。


「う~ん。ヤバいですね~」


 鼻歌混じりに一回り。

 自分で言うのも何ですが、めっちゃ上手くかかってる気がします!


「何か来たで御座るか!?」


 パチリ。鯉口を切る音と共に、抜刀してるし。

 地面すれすれの姿勢のまま、彼女は油断なく周囲を見渡します。

 あれ、刃の届く範囲に誰かいたら、両の足首くらい切り飛ばしてそうね。それくらいに、見事な一閃でした。

 びっくりしたなあ~もう~。


 彼女の所持する道中差しは、片刃の剣でこの地域じゃ結構珍しいものの筈。

 そのこしらえからして、この近辺の工芸品ではありませんね。

 握り何かは、何かの組ひもを独特の巻き方で巻いているし、鞘だってあんまり見ない塗料を塗ってるからね。この辺なら、握りには動物の革とか巻いた物が多いし、鞘全体にあんな塗料塗らないで、木に油を塗り込んだ物を使ったり、それに毛皮を巻いていたりとか、ちょっと違うのよね~。


 変な言葉も覚えてるし。


 もしかしたら、結構私の知らない遠くまで出かけていたのかもね。


「あ~ん。も~、何よ~。騒がしい~」


 姉妹の剣呑な空気に、もう片方も目を覚まして来たわ。

 ごにょごにょ言いながら、両目をぐしぐしこすってて、何か小さい頃を思い出します。


「もう。顔を洗いなさい。みっともないわよ」

「え~。もう少し寝てた~い」

「やれやれで御座る。もし、邪悪な冒険者が襲って来たら、そんななりでどうするで御座るか?」


 まあ、一応荒野でこの年まで生き残って来た我々であるから、ちょっとやそっとじゃやられる事も無いだろうけれど。


「平気よお~。冒険者なんか、尻尾の先でちょちょいのちょいだわ~」


 そんな事を言って、尻尾をぶんぶん振って見せる。

 ど~だか。

 実際、本当に怖いのは冒険者なんて底辺の人族じゃ無いのは、昨夜たっぷり身をもって教わって来た訳なのだけど。

 こればっかりはねえ。

 そう言った意味では、これから敵の腹の中に潜り込む訳だから、びびらせても仕方ないわ。アレに出会わない事を祈るだけね。


「ささ。朝ご飯をさっさと済ませて、門に並びに行くわよ! 急がないと、すっごく並んじゃうらしいだから!」

「「は~い」」


 やれやれと二尾ともようやく動き出します。みんな、朝は低血圧なのよね?




 日が昇り出してから、街の外門へと向かうと、既に百人くらいずら~っと並んでいました。

 まあ、昨夜からそこで一夜を明かしてた人たちが、結構居たから仕方ないんですけどね。

 勿論、私たちはそこに並ぶなんて真似は出来なかったし。


 御者台の私は、馬車をその最後尾に着けてホッと一息。尻尾は隠せる特注品よ!

 二尾は後ろの荷台でごろごろしてるわ。まぁ、いいけれど。


「私、調べたのよ。門の警備をしている騎士団って、数日ごとに交代するんですって。で、今日の当番は、あんまりもめ事を起こさないらしいの」


 気が少し緩んだのか、ちょっと饒舌になっちゃいます。


「何で、で御座るか?」

「バカね~。ケチ臭い奴ほど、何かとゴタゴタ言ってゆすりたかりするものよ~」


 ぶっちゃけ、袖の下を要求しないという、旅の行商人のおっちゃんからの情報による。

 そのおっちゃんの伝手で、紹介状を書いて貰って代行屋を雇ったのだ。

 人族の街は、おかしな連中が入り込まない様に、出入りする人間を結構厳しく取り締まっているらしいわ。

 お尋ね者然り。

 私たちの様な、モンスター然り。むふ。


 と言っても、手配書にある人物かどうか程度を調べるらしいの。

 魔法による検査は一切無いそうよ。


「あはは~。ど~してかしらねえ~」

「むむむ……」

「わくわく。わくわく」


 今日のこの門の当番は、第七騎士団。

 団長さんが、とびっきり良い男で、人気者なんだって。

 ま、この事は二尾には黙っておくわ。ちょっと、びっくりさせてあげようかと思って。


 騎士団長って言うと、人族でも数段ステータスが上の貴族なのよね。

 貴族って言うのは、支配者階級の事で、この公都の主は公王様。百年前に入植を開始した若い国で、国としては一段下に置かれてるみたい。

 だから、この国の貴族も、他の大陸の古い国に比べて若い家系だし、どちらかと言うと傍系が共に入った形だって。なんか家系とか変な仕組み~。


 それから他愛も無いおしゃべりをしながら、列が進むのを待ちました。

 やがて太陽が空に高く昇る頃に、ようやく順番が回って来た訳です。結構、待ちましたね。

 街の門は、こうして下へ来て見ると、とても大きく立派で重厚。夜中に登った時の印象とはまた違います。

 扉は巨木の一枚板を何枚も、とても重そうな金属の枠で囲い、更にはその手前に落とし格子。そして、多分、煮えた油や石を落す為のスリットも覗いています。これを建造するのに、どれだけの労力と財が投入されたか、気が遠くなりそうです。


「はい。次の方~」

「お願いしま~す!」


 担当するのは少し年配の兵士たちです。実に慣れた口調でのやり取りで、必要な書類の羊皮紙を何本も取り出しました。


 身体を少し捻って、荷台に置いていた革の鞄から。

 これは大切な書類だから雨に塗れない様、大事にしまっておいたのよ。

 すると、ズキリ。昨夜のケガが少し痛みます。でも、顔には出さない様に我慢です。何かこの肩のコインが、急に重く、冷たくなった様な気が……


 私の手から書類を受け取ったのは、不意に横合いから伸びた二本の腕でした。


「あ、あの……」


 ちょっとびっくり。


「か、閣下! 如何致しましたか!?」


 担当の兵士は、ぴしっとかしこまって敬礼します。


「あ、良いから。ここは僕に任せて」

「し、しかし!」


 とても穏やかで、ふわり耳障りの良い響き。後ろで息を飲む気配が。

 軽く右手を振ると、兵士はあっさり引き下がります。

 陽光の下、煌めく様なゴールドの輝き。くるっとした巻き毛から覗く青い瞳は、深い湖の様に静かで、穏やかに私を見つめて来ます。


「ようこそ、公都ブラックサンへ。旦那様は後からですか?」

「あ、はい」


 小さな震えが尻尾の先から頭のてっぺんまで走ります。

 この人は。

 この人はもしかして……


「ほお~……きっと御商売も上手く行きますよ。貴方からは、とても良い銭の香りがします。お名前をうかがっても?」

「シュルル!」


 ピキーン。

 全身の骨と言う骨が硬直した音?

 私、思わず蛇語でびっくりしちゃいました! 警戒音です! 警告音です! 後ろでも、これにはビクッとしたけれど。


「後のお二人のお名前は? 皆さん、記入漏れですよ?」


 忘れてたーーーーー!! 自分たちの名前を決めるの忘れてました!

 人族は、お互いに名前を付けて呼び合ってるものなんです!

 私も徒弟時代、へびちゃんって呼ばれてたから……いや、あれは名前じゃないわよね。

 賢者のおじいちゃんもお婆ちゃんも、へびちゃんって呼んでて、それで済んでたから。


「は~い! あたしは~次女のジャスミンちゃんで~す! ほら、そこはかとなくさっきから甘いジャスミンの香りがするでしょう? だから、ジャスミン!」

「うむ。拙者は三女のミカヅキで御座る。拙者も、腰にせんせいの様な銅田貫があれば……せめて名前だけでもそれに近くありたいで御座る。だからミカヅキで」


 何か色々問題のありそうな自己紹介。

 でも、私はもうそれどろこじゃありません。

 二尾が後ろから身を乗り出す様に、このキンピカさんを見に出て来ます。


「もう、びっくりだよね~、シュルルお姉ちゃ~ん!」

「イカサマ左様。びっくりくりで御座るぞ、シュルル姉様」


 そのキンピカさんは、書類を返すと共に、私の右手を取ってぞわりと怖気発つ口づけを。

 そのまま、私の事を見つめるのです。

 正に、ロックオン!


「きっと良い商売になりますよ。私はゼニマール。第七騎士団の団長を預かっております。何かありましたら、いつでも」

「まあ、な~んて素敵なお名前なんでしょう♪」

「頼りにするで御座るよ♪」


 硬直する私の背後から次々と手が伸びて、その口づけを無邪気に受けていきます。


 や、やっぱり来るんじゃ無かった……


 私は白目をむきそうになりながら、辛うじて空に救いを求めました。



●第二十三話『言わないで』


 魂が抜かれた気分で、私は彼の話を唯々頷きながら聞いていました。


「では、仮の滞在という事で、一週間。費用はお一人銀貨一枚に、馬一頭と馬車一台で、計銀貨四枚と銅貨二十枚戴きます」

「ハ、ハイ……」


 ふらふらしながら、目の前のキラキラさんにお金を払い、サインを。

 自分の名前? 初めてのサインです。どういうつづりで書いたのやら。それで三人分の滞在許可証が発行されました。


 街の中に入るには、人頭税を払わなければなりません。

 馬や馬車などの財産にも持ち込みにはかかるのですが、それも中に居る市民とは区別されてるみたい。

 要は、変な人は入れない。経済的に困窮している人は入れない。

 それなりに財があって、身なりがしっかりしている人で無ければ入れてくれないんです。

 私の場合は、知り合いになった行商人から買った紹介状で、新しく街の中で商売をしたい人物との保証をして貰った訳ですね。


「それではシュルルさん。きっと良い滞在になりますよ」

「ア、アリガトゴザマス……」

「ありがとうございまーす! ジャスミンでーす!」

「感謝致す……」


 カクカクっとお辞儀。

 ジャスミンが燥いで、私を乗り越える勢いで飛び出してます。嫌な予感しかしません。ヤバヤバですね。


 ピシリ。馬に鞭を入れて、早々に退散ですよ。


「あっ、あっ、あーっ!!」


 叫びながら、後ろに回ろうとする彼女の尻尾を、片手でむんずと掴みます。飛び出さん勢いじゃないですか。魔法の範囲から飛び出したら、即バレですよ。危険過ぎ!

 馬車は進むよ、前へ前へ。はいはいどーどーはいどーど。


「何よ! もうちょっとゆっくり行っても良いじゃないの~!」

「ソウネゴメンナサイネ」

「何かゴージャスな方で御座ったな? 知り合いで御座るか?」

「ソウネヨクシラナイワ」

「あたし決めた! あの人にする!」

「ソウネヤメトイタホウガイイワ」

「むむむ……如何致した? 先ほどより、様子がおかしいでは御座らぬか?」

「ソウネゴメンナサイネ」


 ジャスミンとミカヅキは、二尾で顔を見合わせ眉をひそめます。


「分かった! あんた、最初からあのオスを狙ってたのね!? だから反対するんでしょ!? 正直に言いなさいよ~!」

「な、何と!? そうで御座ったか!?」


 むんずと私の肩を掴んでゆするジャスミンに、手綱さばきが乱れるわ。馬車も左右にふらふらと。

 な~んて、恐ろしい事を口にするのかしら、この子は!?


 手綱を引いて馬を止め、振り向こうと思うのだけど、何かメッチャ首が回らなくて、ギギギギギと変な音が頭の中に響きます。そうしながら、何とか後ろを振り向いたのですが、二尾の顔がみるみる青くなって行きました。


「ヤメテオキナサイ……アレハフツウジャナイノ……」

「「ひ、ひぃぃぃぃ!?」」

「アレハフツウジャナイイキモノ……」

「や、止めてぇっ!!」

「お、お、落ち着くで御座る! 姉上! 落ち着くで御座るよ!」


 ちょっと失礼じゃない? 顔を見て、そんなに引きつるなんて。

 抱き合ってガタガタ震えるって、風邪でもひいたの?

 きっとあいつの好き好き光線の性ね! 精神攪乱系の魅了の輝きを、あんな無自覚に放射し続けるなんて、なんて恐ろしい魔人なの!? 早速、姉妹の一尾が奴の毒牙に!


「ス、スコシヤスンデイキマショウ」

「わ、判った! 判りました~!」

「変わってしまった。姉上は、変わってしまわれた。昨夜、一体何が……?」


 びく!

 尻尾の先から、ぞぞぞぞおっと震えが走ります。

 思い出したくない、封印したい記憶が、まざまざと蘇っちゃいます!


「止めて! その事は言わないで!」

「「やっぱり、言えない様な事をされてるぅ~!!?」」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ