第百四十三話『変なお客様?』
表でノッカーの鳴る音がしたので、シュルルたちはちょっと話を止めた。
「あら? うちかしら?」
シュルルは来客に心当たりが無く、窓辺へと急いだ。
ベイカー街はパン焼き職人の通りである。
大概は、作業中、門戸を開いたままパン焼き窯を炊き続けて、みんな大汗をかいて仕事をしているから、ノッカーを鳴らす事は日中あまり考えられない。
それに自宅の階下から響いた様にも思えたので、取り合えず窓から外を覗いてみた訳だ。
まさしく我が家の前にチンピラ風の若い男たちが六人。皆、一様に腕に緑の布を巻いている。
「やっぱり……」
普段なら、このくらいの高さだと窓からにょろ~んと表へ出てしまうところだけど、流石に人間の街中である。ここは荒野の穴倉と違うのだ。
「また冒険者で御座るか!?」
「ん~ん。違うみたい。どっちかと言うと、地周りのヤクザって感じ?」
後ろから緊張感を醸し出して来るミカヅキに、おっとりと首を左右に振ると。
「ちょっと出て来るわね」
シュルルは赤いワンピースのスカートを翻し、みんなが見送る中をしゅるるっと部屋から出て行った。
そのまま階段から階下に下りるとすぐ調理場に入る。と、そこには四人の少年兵が床に座り込んでいた。
「あら? どうしたの、君たち?」
「あ、いえ……」
「その……」
「え、えへへへへ」
「すいません!」
真っ赤な顔でわたわたと背中を向ける四人に、ちょっと不思議そうに一瞥を投げかけるシュルル。それを、ちらっちらっと気恥しそうに盗み見る四人。
ま、それはさておき、一応の来客である。
「ありがとうね。火の番をしてくれてるのよね。ごめんなさいね、うちの人たちったら上で集まってしまってて」
「いえ……」
「その……」
「えへへへへ」
「お気になさらず!」
?
みんなぴんと背筋を伸ばし、正座してる。そして、返事はなんか同じ事を繰り返して来る。
?
すると、カンカンカン!! 再度、すぐ目の前にある扉のノッカーが鳴らされた。
「はーい!」
急いで扉に近付くと、シュルルは扉の小さなシャッターをスライドさせ、表に立つ人間たちを眺めた。
「どちら様でしょう?」
多分、一番近くに居るひょろっとした若い男の人がノッカーを鳴らした人なのでしょう。
その向こうに、ずらっと五人がこの扉を取り囲む様に立っている。
まるで野犬が威嚇してくるみたいに、みんな変な顔をして。ぐねぐねと体をよじり、ゆらゆらと体を揺らしているのよね。変なの。
「兄貴ぃ~!」
そこで目の前の変な顔の人が、一際変な顔で顔を真っ赤にして吠えたの。ほんと、こういう時って人間もゴブリンも、オークも、トロルも、レイスやバンパイアなんかも変わらない。みんな、何て言うか目力? みたいなのを精一杯出して、それに顔全体が引っ張られてるって感じ。で、それが本当に精一杯なんだから、逆におかしく感じられちゃう。
そういうのを叩き伏せ、命を逆に刈り取って生きて来た訳だから。
でも困っちゃうわね。遺跡や迷宮の中ならいざ知らず、こんな人目の多い街中で。
この手の連中は力関係で動くから、どっちが上か下かって明らかにしてあげると案外上手くいくものなのよね~。
すると。
「おうよ」
その中でひと際小柄な男が顎をくいっとさせた。
立ち位置から一番えらそうだなって思っていたけれど、パッと見の印象、一番弱そうに見えたからちょっと不思議。
でも、力じゃないんでしょうね。そこに立てるって事は。
そんな事をシュルルが考えていたら、また手前の男がキャンと吠えた。
「おう、女! 兄貴が話あるってんじゃ! 出ろや!」