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第百四十二話『ノッカーは不意に鳴る』


 困った事に、一階の調理場に放置された四人の少年兵らは、頬を赤らめながらちょこちょこんと椅子に座ってうつむいていた。


 少年らは見てしまったのだ。


 どきどきなのだ。


 上の階からばたばたと駆け下りて来た先輩エルフ兵たちが、裏庭に飛び出すや、何事かと覗き見た少年らの目の前で、パッと装備を脱ぎ捨てて、そのほっそりとした裸体も白く眩しく享楽のままに湯だまりに飛び込んで行ったからである。


 近所の赤ら顔の、でっぷりとしたおばちゃんや、自分らの母親やら何やらとはえらい違いなのだ。

 正に次元が違う存在。

 普段は鎧や外套に包まれて、近くに居るだけでなんか甘やかな香りを振り撒いているあこがれのエルフ先輩たち。その衣服の下に隠された、ほっそりとした細くしなやかな手足に、くびれのある腰回り、たるみの無いささやかな膨らみ、そのまろみ。それらが、余す事無く炎天下に晒された訳だから、その衝撃はイカばかりか?


「「「「はわ、はわわわわわ……」」」」


 当然、時を忘れて四人は扉の裏に噛り付いた。


 上の階から、ドスドスと怒気を孕んだ足音が下りて来る迄は。


 血の気があっちに昇ったりこっちに下がったり。四人は慌ててその裏庭へと続く小部屋の壁にに張り付いて、怒り肩のエンデ副騎士団長をやり過ごすのだが、彼女の姿が扉の向こうに消えるや脱兎の如く調理場に逃げ込み、その妙な空気感からバラバラに椅子へと座り込んだ。


 この不可思議な気持ちは何なのだろう?


 妙な気恥ずかしさ!


 全身を駆け巡る変な熱さと、この渦巻くこれって自分だけのもの!?


 ちらり、互いの表情を盗み見ては、パッとうつむき目を瞑る。


 気まずい……


 だけど……


「あ、あのさあ……」


 ぽつり。一人がためらいがちに口を開くと、他の三人も同じ様に半笑いを浮かべ、ちょっとずつ胸の内を明かしだす。


「あ? ああ……」

「何か凄かったよね?」

「う、うん……」


 四人はそこで、みんなが同じ気持ちを抱ええているんだと直感で判り合う。その表情で、何となく通じ合った気持ちになった。


「どうしよう? 俺……」

「判る……」

「ど、ど、どっ」

「落ち着けよ」


 それぞれから自然と笑いが漏れ出して、さっきまでの気まずい雰囲気はもう無かった。ホッとした安堵感が互いの気持ちを楽なものへと。


「へ……」

「えへへへ……」

「ま、まあさあ……」

「だよな?」


 そこへ、カンカンカン!!


「「「「うひゃあっ!?」」」」


 意気なりドアのノッカーが激しく叩かれ、四人は冷水を頭からぶっかけられた気分で、椅子から転げ落ちた。





 ニーニャ婆の目の前に、寸胴に浸された貝の幻影が映し出され、その部屋に居る一同はちょっと目を見張ってそれを眺めていた。


「こんな貝なんだけど、お婆ちゃんだったらどう調理するかしら? 私はこれをスープに使おうと思ってるんだけど」

「あらまあ。こりゃ、不思議なもんだねえ~?」


 それを眺め手を出しては空を切るニーニャ婆を、シュルルは腕を組んで見下ろしている。彼女、多少は驚いた様子を見せるのだが、変に慌てたり怯えたりしないのに内心少しだけ驚かされた。

 というか、周りで見てたちびっ子たちの方がキャンキャンと賑やか。


「出た!」

「シュルルさんの、幻影魔法だ!」

「すっげー!」

「はわわわわわ」

「……ん……」

「ねー、ねー、どうなってるの? どうなってるの?」


 ちっちゃな手が左右からいっぱい伸びて来て、ぐらんぐらんと揺さぶって来るんだけど、幸いな事に地に尻尾の着いたシュルルはその人の三倍はあろう自重もあいまってビクともしないのだ。

 ただ、黙ってやられてる訳にはいかない。

 十二本の細腕に対し、こっちは二本で対抗する。


「はいはい。魔法魔法。ちょっといっぱい勉強したからね~」


 こちとらダンジョン探索で金貨うん万枚稼いだ元探索者なんだ。その指先の器用さだって通常の人の三倍はある。

 すかさずこちら側からも触れる先からかいぐりかいぐり。


「「「「「「きゃはははははは!?」」」」」」


 ふん、他愛もない。ちょいとくすぐったり揉んでやれば、この通りさね。

 みんな陸に打ち上げられた魚みたいに、びくびくんと跳ねて無防備になる。そこを両腕でごっそり。投網で一網打尽にする要領で、両脇にごっそり抱え込んだ。


「こら~。大事なお話の最中でしょ~?」


 こう、肋骨の間のお肉をかいぐりしてあげると。


「「「「「「ぎゃははははは!!?」」」」」」


 ほ~ら不思議。めっちゃくすぐったいんだよね~。


 こうわっしゅわっしゃしてやると、一人また一人と転がり出る様に逃げ出していく。

 はい、ちょっと静かになりましたね~。むふふ。


 わしゃわしゃと巧みに両手の指を動かしながら、素早く見渡すとそこかしこに転がって悶絶してるちびっ子たち。うん、こりゃ小さい頃から変な癖を付けちゃいかねないかしら? ちょっと心配になるシュルルであった。


 目の前のこんな光景も、お年寄りには大した事では無いらしく、ニーニャ婆は何か妙にニコニコ。


「ほんに仲が宜しいですなあ~。あ、そうそう。この貝なら、ええお味が出ると思いますよ~。塩水に何刻か浸けておいて、きちんと砂を吐かせてから調理すれば、焼いても、煮ても、美味しいでしょうよ。臭み消しにショウガやニンニクを入れるのも良いですし、ワインで煮るのもなかなかかと……」

「へえ~。やっぱり海だと泥じゃなくて、砂なんだね。ショウガやニンニクか~。ワインは今、ちょっと難しいかもだけど、そっちなら何とかなるかも。うん! ありがとう、ニーニャさん!」

「どういたしまして。細かく刻んだ、香草やネギなんかも入れますかねえ。根菜類を刻んで一緒に煮れば甘みも出ますし、葉物も良いと思いますよ」

「そうねえ~。エルフさんたちには、そっちの方が良いかも。よ~し、貝が砂を吐いてる間に一跳びして、他の素材を仕入れて来ますか!」


 ぐっと袖をまくる仕草をするシュルル。ちょっと頑張る気アピール。

 ニーニャ婆も、そうですか~とこくりこくりと頷いている。



「なる程で御座るな……」

「ん? どういう事~?」


 そんな光景を後ろから見てて、ミカヅキは何であんな食べるところもそんなに無さそうな老婆を、シュルルが連れて来たのか何となく判った様な気がした。

 そんな二尾の様子を傍らで眺めていたハルシオンは、そっとジャスミンの耳元で優し気に囁くのだ。


「お年寄りは、それだけ物知りですからね。色んな知恵をお持ちなんですよ。街に不慣れなシュルルさんは、ニーニャさんから色々とその知恵を拝借するおつもりなんでしょう」

「あ、な~る。そう言えば~、以前、村を襲った時も~、結局そこのお年寄りと話をして、仲良しになったっけ~」

「え?」

「お年寄りの知恵という奴で御座るな。これは努々ニーニャ殿をおろそかには出来ぬで御座るな?」

「あは。そ~いう事か~」

「村を襲った? え?」

「あははは……ちょっと冒険者に姉妹が襲われましてな。近くの村が怪しいと……結局、別の村が冒険者を呼んだ事が判って、皆で退治したで御座るよ」

「あれは楽しかったね~?」

「いやあ、同じ時に魔王軍の手の者も襲って来て、ちょっとした戦いになりましてな。それが縁で、今は仲良くさせて戴いてるで御座る。正に瓢箪から駒という奴で」

「あ、そうなんですね。ほっ……荒野って大変なんですね。ここに住んでると、そういう話は全然聞かなくて」


 ハルシオンは彼女たちが村を襲ったという話にびっくりしたものの、冒険者をやっつけただけで、村の人とは仲良くなったという事で、ホッと一安心。

 人では無い事は判っているんだけど、邪悪な存在じゃ無いと信じていたから。

 冒険者や傭兵があちこちで問題を起こして、人死にが出るのは別に珍しい話では無いから、退治したというニュアンスですんなりと受け止める事が出来た。街の中でも外でも、人の命というものは、本当に軽いもの。ましてや、冒険者と言われる類のろくでなしの集団に関しては、金で何でもやるという危険な存在だ。今回も、散々追い回されてうんざりだが、ミカヅキさん一人で十人以上を追い散らしたというから、今の話もかなり信憑性を感じさせた。


「いやあ~、荒野は何も無いから気が楽で御座るよ。それがし、街というのはどうも……」


 苦笑するミカヅキは、思わず手持ちぶたさに腰の辺りを。そこに元来あるべき物が無い。

 得物を失った喪失感。

 この人間だらけの街において、武器が無いというのはかなり致命的に思えた。


「それがしにもせんせいみたいな、胴田貫があれば……」

「?」

「?」


 悔し気にぐっと拳を握るミカヅキを、ハルシオンとジャスミンはちょっと不思議そうに眺め、まぁミカちゃんだからと妙に納得して互いを見合い、くすりと微笑む。この一人と一尾にとって、それが世界の中心であり全てに想えていた。


 その時である。カンカンカン! 階下でノッカーを激しく叩く音がしたのは。


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