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第百四十一話『若さとは?』


 半ば忌々しく、ミハル・エンデは、一人この真新しい建物の裏庭へと向かった。


 見る者に必ずと言って良い程、好印象を与えるだろう整った容姿が、今は苦渋に歪み口がへの字に曲がったまま直らない。直せない。


 何が忌々しいかと言えば、あの面の皮がぶ厚い蛇女の事だ。たかだか十数年程度しか生きていない化け物にパワー負けしてしまった。こっちは千年生きているハイエルフ様だというに、数十年で寿命を迎えるだろう定命の雑種風情に、だ。

 おまけに、こんなおかしな家を建ててこの街に住み込もうと言う。おかしいでしょ!?


 何でわざわざ!


 荒野にずっと引っ込んでれば良いじゃない!


 オス探しに!?


 繁殖の為!?


 話半分。今はあのお方から助成する様に指示されてる手前、下手な事は出来ない。でも……


「ぜ~ったい尻尾を掴んでやるんだから!」


 あのお方は他人に甘い。

 こうと認めた相手には、とことん優しいお方だ。時には不必要に思えるくらいに。

 でも、それが後々……結局、いつも何か良いようになってしまう。それがあのお方のお力なのだけれど。


 それでも、あの毒蛇女はだけはいけないのですわ!! いけない中のいけないっっ!!



 勢い、裏の木戸を開けると、そんなミハルのくるおしい程の想いをあざ笑うかの光景が。


「あ、あなた達!! 何してんのっ!!?」


 そのヒステリック叫びを、すっぽんぽんの十人からのエルフたちは、歓声も楽し気に聞き流してしまう。


 何しろ、彼女たちは水浴びならぬ、お湯浴びに大はしゃぎなのだ。


 そこかしこに、彼女らの鎧や外套が散乱しており、如何にも我先にとそこの湯だまりに突撃した様が手に取る様に判る。判ってしまう。


 綺麗な水が、お湯が無尽蔵に流れているのが嬉しいのだ。それは判る。

 何しろ、海辺の街だし、河も流れているけれど生活排水やら何やらで、ちょっと水浴びしたいものでは無い。べたつく潮風を少しの手桶の水で体を拭く程度が、この街で彼女らに赦されている事。流石に人目があるから、大っぴらに井戸端でというのは難しい。


 精霊魔法で水を召喚するにも、無から有を生み出してる訳じゃない。精霊にお願いして出して貰う水は、この辺だと少し塩辛いのだ。近くにあるものを、頑張って集めてくれてるのだから、文句は言えないし、機嫌を損ねると暫く言う事を聞いてくれなくなってしまう。何とも世知辛い。


 そんな中、年若いエルフたちは、屈託のない笑いを浮かべている。


「はいはーい! 実地調査中でーす!」

「お湯を浴びれるなんて、贅沢よね~?」

「エンデ様! 問題があります!」

「な、何?」

「この人数だと狭い!!」

「「「「「「「「「きゃー!!」」」」」」」」」


 いやまさに押し合いへし合い。

 元々、ラミアが三尾入って丁度良いくらい。ラミアは人の三倍はスペースを取ってしまうので、十人のエルフが入るといっぱいいっぱいなのは当然の事だろう。細身のエルフたちだから、まあいけてる。つまり、ミハルの入れるスペースは無いのだ。


「副団長! ここを我々の根城にしましょう!」

「あなた達、バカ言って無いで上がりなさい!」

「「「「「「「「「「え~!?」」」」」」」」」」


 たかが数百歳生きた程度の若いエルフたち、正にスプーンが落ちても笑い転げてしまうお年頃。今は、その解放感からか自分たちが騎士団の団員であるという自覚も砂糖菓子の様に溶けて無くなってしまっていた。


「え~じゃない!! まだ勤務中なのよっ!!」

「ですから、実地調査中なのでありまーす」

「えっとお~、水質は良好でありますぅ~」

「髪もさっぱりしますわ~!」

「やだ、なんか臭くない?」

「ちょっと、誰かおならしたでしょ!?」

「やだも~!」

「あははははは!」

「きゃはっ!」

「ちょっと、変なとこ触らないでよ!」

「ふ……勝った……」



 あ~、こいつら、こういう奴らだったんだ~……


 呆然と無邪気に戯れるニンフの如き若いエルフ達を眺めるミハル。この数十年、一人、また一人と流れ着いた同族たちの素顔を初めて見た心境。それは。


 これが若さか~!


 たかだか数百年。何か越えられない壁の様なものを感じてしまう、千歳越えのハイエルフであった。



 ◇



 片やベイカー街の表通り。

 通りは夕飯向けのパンを焼く香ばしさに満たされ、行き交う人々の表情も心なしか穏やかに思えた午後のひと時。

 そんな空気が、不意にとげとげしいものへと変貌する。


 通りを、五六人のむくつけき若者たちが、ずらり横並びに並んで練り歩くのだ。


「おうよ!」


 その中央に立つ、ひと際小柄な男が、じろりねめつける様に、パン焼き屋の中を覗き込む様に声をかけると、慌てて中から何人かの職人たちが飛び出して、しきりに頭をぺこぺこさせた。


「おうよ……」


 その小柄な男は、にた~りと笑みを浮かべ、満足そうに頷くと、職人たちはほっとしたかのしたり顔で、くいっと前を向いて歩き出す男たちを見送った。

 次には、とても嫌そうな顔で。


「おうよ!」


 その男たちは、くねっとした歩みで次の店へ。そこで、また同じ様な光景が繰り返される。


「へへへ……こりゃ、どうも……」

「おうよ……」


「おうよ!」


「おうよ!」


「おうよ!」


 その男たちは、小ぎれいな服装はまちまちなのだが、皆、一様にどちらかの腕に、緑の布を巻いていた。そして、その巻いた方の腕を、ことさら道行く人々に見せつけるかの様に、しきりに前に突き出しては睨みをつける。

 それに対し、慌てて道の端へと避けた人々は、愛想笑いを浮かべ、頭をぺこぺこと下げるのだ。


「兄貴ぃ!」

「おうよ!」


 そしてその奇妙な一行は、真新しい建物の前で立ち止まった。


「ここでさあ、兄貴ぃ! 最近、越して来たってぇ~、話の店は!」

「おうよ!」


 兄貴と呼ばれる、そのひと際小柄な男は、ふんぞり返りながらあごでくいくいっと指図する。と、取り巻きの男の中から、一人が慌てて店の扉へと駆け寄り、そこのノッカーを強く鳴らした。



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