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第百四十話『コンゴトモヨロシク……』


 窓から差し込む光が、窓の四角い形をゆっくりひし形へと近付けていくのが判った。

 その中に腰を落としてるそのお婆ちゃんは、そっと自分の胸に手を置く。


「あたしはニーニャと言います。今後とも宜しく」


 ほのかな風に、縮れたタンポポの綿毛みたいな髪が、ほわほわと薙いでいる。

 しわしわのお顔に似合わず、瞳だけはキラキラと輝いている様に思えた。


 一人身のニーニャお婆ちゃんが仲間になった。


 私も自分の胸に手を置いて微笑む。


「私はシュルル。一応、ここの副ギルド長って事になるわ。宜しくね、ニーニャさん」

「ギルドですか? 何のギルドなのでしょう?」


 その問いに、更にきら~んと瞳を輝かせるわ・た・し。


「肉食健康推進ギルド。略して『にくしょっけん』! 覚悟していてね。あなたからは素敵なデータが採れそう。期待しているわ。ニーニャさん」

「ひ!?」




 何だか判らないが、聞き慣れない言葉の羅列に、一気に不安が高まるニーニャであった。


「あ、あの~……それは何を?」

「ああ、みんなで美味しい物を食べて、みんな健康になろうってギルドよ。最初はね。普通にお肉屋さんをやるつもりだったんだけど、世間のしがらみがそれを許してくれないのよ~。それで、ね?」


 シュルルさんはパチッとウィンク。そして、てへぺろ~。


 ああ、若い子は何をしても可愛いものねぇ。


 そんな感嘆と共に、不安感はますます広がるばかり。


「は、はあ~? け、健康に……それは結構な事ですねぇ……」


 正に半信半疑。

 良い物を食べて、健康に。それは何となく判る。でも、それでギルド? ? ?

 ギルドって、職人や商人たちの互助組合の事じゃ?


 ニーニャの灰色の脳細胞はピシリと動きを止めた。


 難しい事を考えても無駄。

 考えるのは頭の良い人のお仕事。

 そこで自分が何が出来るのかは、目の前のこの人に聞けば良いわ。


「それじゃあ、あたしは何をすれば良いのでしょう?」

「ええ。今のところは、しっかり食べて体を作りましょう。まだギルドは動き出したばかりだから。その内忙しくなって色々お願いする事になるでしょうから、ちょっとずつ、ね?」

「は、はあ~……」


 何でしょう? そんな夢の様なお話って本当にあるのかしら?

 変な人だけど、ほとんど見えなかった目を、こんなにはっきりと見える様にしてくれた凄い人でもあるから、言ってる事に嘘がある筈が無いわ。


 そう自分に言い聞かせる事にした。




「あ、あのねっ!」


 そんな微妙な空気を、ぱんと壊す明るい声。それは、車座に座ってたちびっ子たちの中から発せられた。


「あたし、アカリ! よろしくね、ニーニャお婆ちゃん!」


 弾む様に一気に。

 黒い瞳を大きく見開き、半ば立ち上がりかけながら一人の少女が名乗りをあげる。

 すると、それに触発されたか、他のちびっ子たちも駆け込む様に、自分の名前を叫び出す。まるで、この街に埋没するのに抗うかの如く。


「俺、タケシ!」

「ヒトミだよ!」

「ホーリー……」

「ウィンドだ!」

「えっと……メンブってんだ、よろしくなばーちゃん」


 最後に、一番背の高い男の子がそう名乗り、少し気恥しそうにふいっと目線を反らした。


 荒野に住まうラミアたち姉妹にとって、名前を名乗るという習慣が無かったので、それ以前に名前という風習が無かったので、この反応はちょっと意外だった。


 各々、見た目で個体を判別して生きて来たので、人里に関わる事に縁があまり無かったどちらかと言うと、縄張りに引き籠っていた系のミカヅキ等にしてみれば、名前を名乗ったからそれがどうしたと言った感がある。

 むしろ、一対一の時に名乗られて、取り合えず名乗り返すという事はしていたけれど。それで執拗に呼ばれたり、変に子供扱いされたりして余り良いイメージが無い。


 何しろちびっ子たちは、見た目もバラバラで見分けが簡単につく。

 顔つき、目肌の色、髪の質。顔立ちがそっくりな姉妹の間では鱗の色艶とか。そういうところで見分けているので、名前? それって美味しいの? というレベルの話なのだ。


 でも……


「あたしは~、ジャスミン~。宜しくね~、ニーニャお婆ちゃ~ん」

「僕はハルシオンと申します。以後、見知りおきを願います」


 ミカヅキのすぐお隣、まるで夫婦然とした態度で、恭しく一礼する一尾と一人に、あれ? 何か? 変で? 御座るぞ? と、一尾取り残された感のミカヅキは、ちょっと焦った。


 見渡せば、何故かみんなの視線が集中している。


「ひゅっ!?」


 思わず変な声が。


 それを吹き出しそうな顔で、頬を膨らませるシュルルが、しきりに掌をひらひらさせて手招きしてる。


「ぬ……それがしだけで御座ろうか?」


 名乗って無いのは。


 すると、一斉にほぼ全員がこくんこくんと頷いた。何、これ気持ち悪いで御座る!


 妙な緊張感。やっとうでの真剣勝負ならば、肌を刺さんばかりの殺気も厭わぬミカヅキであったが、まとわりつく様な、妙にぬたあ~っとした生暖かさは、やはり人里に来てから初めて味わう息苦しさを感じずには居られなかった。


「あ~……それがしは~……シュルルやジャスミンと姉妹の、ミカジュキ!?」


 盛大に舌を噛んだ。


「ぷぷっ!」


 我慢出来ずにシュルルが吹いた。


「「「「「「ぎゃははははははははは!!!」」」」」


 ちびっ子たちも、ミカヅキの名前を知っていたので、飢えた魚の様に、この瞬間に飛びついて大笑いに笑い転げる。


 ジャスミンとハルシオンは、慎み深くか、そっと目を伏せて微笑んだ。


「そ、それがしは~~~っ!」


 顔、真っ赤にしたミカヅキは、ふって沸いた爆笑の渦に、一尾あらがう様に叫ぶのであった。



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