表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/143

第百三十九話『在るという事は、いつか失うという事』


「ああぁぁぁぁ……神様ぁぁぁぁ~~~……」


 お婆ちゃんの涙で濡れた瞳は、先ほどまでの白濁したそれでは無く、海の如き美しい青を湛えていた。

 これにはシュルルとお婆ちゃんのやり取りを、心配そうに見つめていたちびっ子たちは超びっくり!


「あああっ!!? お婆ちゃんの目、全然違う!!」

「うっそ~!?」

「ホントだ!!」

「何で!?」

「……」

「すっげーっ!! まるで魔法じゃん!!」




 あ、いや、魔法なんだけどね?

 小躍りするちびっ子たちに囲まれて、苦笑するしかないわ。

 まあ、目に見えて判る変化だしね。みんな、この変化に大喜び。この辺の素直さは微笑ましいわね。見習っても良いのよ、ミカちゃん、ジャスミン。


 そんな事を思って、後ろの二尾をチラ見するんだけど、なんかぽか~んとしてる。んんん~、もしかして何でちびっ子たちが喜んでるのか、判ってらっしゃらない?


 ま、まあいいわ。


「さあ、お婆ちゃん。これでどうかしら? 何か出来そっ!?」

「ありがとうございます! ありがとうございます!! 嘘みたいにはっきり見えて、もう何てお礼を言って良いのやら!」


 不覚にも、ぎゅっと抱きつかれてびっくり。まあ悪い気はしないわよね。


「あらあら、どういたしまして」


 そう耳元で囁き、こちら側からも彼女の背中に手を回し、そっと手を置く。

 細い骨と薄い肉を感じる。年老いた親を背負ったら、あまりの軽さに涙するというお話があるけれど、軽いわ~。軽い。スカスカよね。ちょっと力を入れたらバキボキいっちゃいそう。


 これが老い……


 いつかは私たちも力を失い、自らの力で餌も採れなくなり死んでいく。一尾、また一尾と荒野の中へ消えて行くのだろう。


 それが荒野の節理。


 弱肉強食の世界なのだから。


 そう。世界は常に新しい生命の息吹に満ちている。腹黒さんみたいなエルフなんかは違うのだろうけど、大多数は生まれ、死に、入れ替わっていく。

 『街』というものは、これだけ同種が集まって生きているのに、あのおっちゃんと言い、このお婆ちゃんと言い、ここにいるちびっ子たちと言い、どうしてこうも……


 彼女の背に回した腕から、全身を使って内部を透かし見る。魔力の投射と反射。そこから導き出される答えは……


 本当、上半身は私たちラミアとほとんど変わらない構造をしてるのよね。不思議……

 背骨や肋骨の数から、内臓の配置まで良く似てる。でも、ところどころ微妙に違っているのが興味深いところだけど、それにしてもやっぱりスカスカだわ。厚みが無い。


 そっと身を離して、涙目のお婆ちゃんを眺める。


「あなた、もうちょっと肉を付けた方が良いわね。骨もすかすかだし、当面の仕事は食べる事かな?」

「え?」

「若い頃は何をしてたの? 家事? 育児? 内職は? もし教える事が出来る技能があるなら、この子らにも教えてあげて貰えると助かるんだけど」


 そう言って、お婆ちゃん指先を温める様に揉みしだく。食べてないから、末端の血管が先細ってる感じ。暖かな砂のベッドで寝かせていたから、体温や脈拍は大分イイ感じに安定している気がするけれど、総体的に弱弱しい。


 そのしわしわの唇が、震える様にか細い声を漏れ伝えた。


「旦那が海へ出てる間、家の事を全部やってましたわ」


 お婆ちゃん、そこで深々とため息をつく。まるで、胸の内にある重いものを、ゆっくりと吐き出す様に。


「子供も三人……みんな、海に出て帰って来ませなんだ……」

「そう……」


 ほんの短い言の葉に、どれだけの時と、想いが込められているのだろう。


 どれだけの孤独を、この『街』で……


「内職で針子のお仕事をして食べつないで来たんですけどねえ……女の子が居れば、誰か家に残って……こんな暮らしにゃ……はぁ~……」


 嗚呼、男手はみんな海を目指したんですね。


 その愁いを浮かべる眼差しは、遠くどこかを見つめている様に思えました。



 荒野で一尾、孤独を過ごした数年は、姉妹という束縛からの解放だった。

 明日という未来を想う思考の時だった。

 胸には希望しか無かった。


 それは、振り向けばそこに誰かが居るから。


 隣のなわばりに。


 姉妹が。



 愛した相手が、誰も居なくなってしまったんですね……


 そうか~……


 お芝居や本で描かれている、愛って奴は、何万と同族が群れ集うこの『街』にあっても、番の相手への愛、産み育てた子らへの愛、勿論隣人への愛とかもあるだろうけれど、みんなど真ん中にどーんってある愛があるんだろうな。


 その相手が、み~んないなくなっちゃったら、やっぱり……



 ふと、窓の外を、その青い空の向こうを見た。


 最後の一尾になったら、辛いだろうな……



 心底、そう想った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ