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第百三十八話『指パッチン』

 その老婆のしわ枯れ声は、穏やかに響き、車座に膝を抱えた子供らは息を呑んで聞き入っている様子であった。

 部屋一面の暖かな砂のベッド。

 窓辺から差し込む日の光りに、湿り気のある潮風。

 竈のくすぶる煙に、焼けたパンの香ばしさ。

 そして、息を呑む無数の気配。

 片隅でとぐろを巻くミカヅキと、ジャスミン。その傍らにハルシオンが腰を下していた。


「そうして、人魚の娘は海の泡になって消えたとさ……」


 一拍置いて、悲鳴にも似た子供らの響きが。


「えええ~!?」

「どうして~?」

「さあねえ。どうしてだろうねえ?」


 矢継ぎ早の子供らに、目を伏せたまま、背をまるめた老婆は口元に柔和な笑みを浮かべ小首を揺らす。


「大きな魔法には、大きな代償が必要なんだろうねえ~」

「そんなあ~」

「可哀そう……」



 そんな光景を見てしまった。

 屋上から戻る際に、気になってたからひょいと覗いたら、思ったより静か。やっぱりあのおばあちゃん、起きたんだ。


 そこで、戸口から覗き込む様に、首だけで手近なミカちゃんに訊いてみる。


「どう?」

「あっ!?」

「シュルルぅ~、そちらは終わったの~?」


 ミカちゃんの向こうから、のほほ~んとジャスミンが手を振って、その肩越しにハルシオンがぺこりと頭を下げた。


「うん。まあ、お互い納得?」

「どこがよ?」


 どすっと脇腹に腹黒さんの肘が。


「ふがふぐ?」

「あくまで保留だからね」

「え~?」

「え~じゃない」


 そう宣言すると、腹黒さんたら部屋の中をじろじろ見てからぷいっと。


「あら、どちらへ?」

「裏庭。部下たちの様子、見て来るわ」

「大したお構いもせず」

「良く言うわ。せいぜい尻尾を掴まれない様にしなさいな」

「気を付けますわ~。おほほほほ」

「ちっ」


 なんかみんなが呆然と見送る中、腹黒さんは優雅な仕草でターンすると、マントを翻して廊下の奥へと消えていく。ほんと、所作だけは優雅よね。所作だけは。


「む~」


 口をへの字にしてそんな腹黒さんを見送ってると。


「あの~……」


 怯えの色を滲ませた、しわ枯れた声がかけられた。


「私?」


 振り向くと、部屋の奥、さらって来た老婆が小さくうなずく。それはそうよね。

 何も知らないのか、ちびっこたちはきょとんとしてるわ。

 傍らのミカちゃんやジャスミンをと流し見ると、どうぞとばかりに。

 ま、私が連れて来ちゃったんだから、当然か~。


「如何です? 何か不都合がありましたか?」


 敢えて落ち着いた声を。


「ど、どうしてこんな……?」

「あそこでは落ち着かないでしょう? それとも、戻りたいですか?」

「い、いえ……でも、でも、これからどうしろと?」

「ふむ……そうですねえ~」


 まあ、無計画に連れて来ちゃった訳だから、連れて来た私に責任があるのよね~。


 じっと老婆の顔を眺める。しわくちゃだなあ~。

 白濁した瞳も伏せ気味に、戸惑いを隠せないでいるわ。何を考えているのか、判る気がする。


 借金取りにがなられながらあそこで生活? ベッド以外はもう何も無いあの部屋で? でも、そこには思い出があるのかしら? 若い頃は家族も大勢居たんじゃないかしら? でも、あそこにはもう……でも、でも、でも……


 そんな感じ?


「何が出来ますか? 働いていただけるなら、お食事も寝床も用意しましょう」」

「わ、私には何も……目、目が見えないし……足腰も、もう……」


 そう言い淀む老婆を前に、私との間に座ってたちびっこたちが慌てて立ち上がる。


「は、話がとてもうめえんだぜ、このばあちゃん!」

「面白かった~!」

「だよね? ね?」

「うん……」


 みんなでこくんこくんと首を前に振る。ちょっと滑稽なくらい、一生懸命に。


 あらまあ~。

 ちょっと目を離した隙に、お婆ちゃんの事が、みんな大好きになっちゃったみたいね。


「ふう~ん……目が見えないんじゃ、仕方ないわねえ~」


 ずいっと前に出る。お婆ちゃんの顔の筋肉の動きを、観察しつつ。


「でも、耳は遠く無いみたいね?」


 年をとって耳が遠くなると、男の人の低い声から聞こえ辛くなるみたい。子供の声も甲高いから、問題なくコミュニケーションが取れてるみたいだから、その辺はしっかりしてるんじゃないかしら?


 ぼっ、と右手の指先に小さな炎。


 わたわたっとちびっこたちが驚くのを、左手でそっと退けながら更に近付いたわ。


「この炎が判ります?」


 そう告げて、お婆ちゃんの目の前でその炎を左右に振る。と同時に、お婆ちゃんの視覚にダイブ。白く濁った視野を共有する。


 五感に干渉するのが幻覚魔法。目の前の誰かの感覚を一つ盗むなんて、初歩の初歩。


 部屋が明るいのと、近くに小さな炎があるのは認知出来るんだけど、目の前の私の姿がはっきりとは見えない。ぼやけた人影がすりガラス越しに認識出来る。赤い服を着ているところまでは判るんだけど……


 で、やる事は簡単。


 目の白く濁った部分に、透明化の魔法をかけてみる。


「ほあああああ!!?」


 一瞬で、白濁した世界がクリアになるのは、お婆ちゃんの心臓に悪かったかしら? えらくびっくりさせちゃったみたい。


 あ~、でも、ちょ~っと歪んじゃってるかな?


 レンズ部分の硬度も高いから、その辺も子供のそれと同じくらいに調整して~の、目の底の血流を……


「ふ……私の顔が見えるわよね?」

「は、はい! 見える! 私にも見えます!」

「じゃあ、この状態で固定化してみますね。気になる所があったら言って頂戴。すぐに調整するから」


 自分の顔をまじまじと見るというのも不思議なものね。

 かけた魔法が霧散しない様に、循環系の魔法で永久化をし、一応今の状態を固定する。


「はい、一丁上がり!」


 指をパチン。炎を消すと、お婆ちゃんったら目をぱちくりぱちくり。部屋に居るみんなを、本当に嬉しそうに眺めるのよね~。ん、良い事した!


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