第百三十七話『見せてもらおうか。騎士団の性能とやらを』
くっコロする寸での所、解放されたミハルはくたっと透明な屋上の床に半ば仰向けになってひっくり返り、眼前で見下ろして来る不気味なシュルルを辛うじて睨み返す。涙目で。
そんな彼女を見下ろし、シュルルはノープラン。さて、どうしよう。
透明な床下に広がる水面に陽光が反射して、転がってる腹黒さんはほんと見た目はとっても綺麗。振り乱れた銀の長い髪も、釣り目がかった鋭利な目じりも、細いうなじから耳元へかけてのラインも、ほんと見た目だけはとっても。
「ここがダンジョンだったら、あなた、もう死んでるわよ?」
「……」
返事が無い。まるでしかばねのようだ。
ま、油断しちゃいけないわね。この手の連中は、見えないところで、毒のナイフを構えてるかも知れないのだから。
「まったく。私たちが何をしに、こんな人間ばっかりの街に来たと思ってるのよ? 人間たちと仲良く暮らす為なんだからね?」
「ふ……ふふ……それを信じろと?」
しゃべった! 腹黒さんがしゃべった!
「ようやくこっちを向いたわね? さ、あなたが望んだ通り、お話の続きをしましょう? 私がこの街に来たのはね、ある意味、同族探し? 変わらないあなた方には判らないかも知れないけどね、私たちってメスしかいないのよ」
「はっ!? それが何か!? 勝手に田舎でにょろにょろ暮らしてりゃ良いじゃないのよ!」
「そうもいかないわよ」
さあ~て、ようやく話に耳を傾ける気になったかしら?
「普通ね、生き物って子供を作れる時期って限られてる訳。エルフが何百年かは知らないけれど、ほんの十年かそこら。種族によっては数年、数か月なんてのもいるかもね。あなた、そういうの判らない? 植物だって、実を結べる時期が限られてるでしょう? そっちの例えの方が判りやすいかしら? 私たちだって多分、そんなに長くない。あっという間にお婆ちゃんよ。そうなる前にオスが居るなら会いたいし、他の方法があるなら見つけたい。だからこの街に来た訳」
「話が長い!」
「良いじゃない!? これくらい、しっかり聞きなさいよ!」
「だったらさっさと見つけて田舎に帰れば良いじゃないのさ!」
「来てすぐ見つかるなら、今まで苦労してないっての! あんた無駄に長く生きてるんだから、私らのオスの居場所とか知ってる? 知ってたら教えなさいってばさ!」
「知らないって! 知ってたら言うわよ! 言えば消えてくれるんでしょ!?」
フー。フー。フー。
一気に話したからちょと疲れたわ。休憩~。
腹黒さんが寝っ転がってて、こっちは立ってるてのも何か変だから、ごろん転がってお空を見る。
右手に腹黒さん。お空は真っ青。太陽ギラギラ。眩しいなあ~。
「あなたたちは良いわよね。人とも子供が作れるじゃない」
「はん。うらやましいか?」
「うちの姉妹にも、それにチャレンジ中の子が居るけれど、結果次第かなあ~」
「おいおい。やめてよね」
「うちら、上半分は似てるからね。もしかしたらあり得るかもって思うけど、それに全賭けする訳にはいかないのよ。一応、胎盤はあるんだけど、あたしら卵生だと思ったから、どうなんだろう?」
「根拠は?」
「生まれた時、卵の殻があったし」
「あんた、覚えてんの!?」
「ええ」
そう言って、自分のへその下を撫でてみる。その辺りまで、ほんと人間とそっくり。
骨盤の辺りから変わって来るのよね~。開けて見た訳じゃ無いんだけど。
まあ、動物の出産シーンとかを考えると、あのサイズ産めるか。でも、一尾で十七個も一気に産んだ母は本当に化け物かも知れない。
女王アリみたいな姿を想像して、ぞっとする。
でも、一目見た母は私らと変わらない姿をしてたから……
謎だわ。
「姉妹が人間との間に子供を産めるって判ったら、ゼニマールさんにもアタックしてみるけど、それだってあの方次第じゃない?」
「あんたが力任せに迫ったら、抵抗できるのはヒルジャイアントくらいよ」
「ま、それがはっきりするのは、何年先になる事やら。だから、私は人との交わりの中から色々情報集めをするつもり。判る? この街が、海の向こうにも門戸が開かれた街だから来た訳よ。人間たちとは良い関係を築いて行きたいわ」
「だったら、あの方に色目を使うな!」
「そりゃ、無理でしょ!? あの吸引力! あなたが一番判ってる筈よ?」
「ぐぬぬ……」
寝っ転がりながらのにらみ合い。
いや、あれに魅了されない精神力って、並大抵のものじゃ無いから、普通の人なんてころっころいっちゃう訳じゃない。だから、それを片っ端から追い払ってるエルフたちが居る。
それを許してるのは、きっとキラキラさんが、自分自身の運命とかそういうものを判ってるからじゃないかしら?
「それに、あの方の都合ってものがあるでしょ? あの方の出会いをつぶして回ってるなんて気付かれたら、嫌われちゃうわよ? って、もう判ってるか、あの方なら」
「ふ、ふん。器が違うのよ。あの方なら、世界の王にだってなれるかも」
「そーいうの、関心無さそうじゃない?」
「今はね!」
そんな先の不確定な事なんか知った事じゃないし、こっちにはこっちの都合がある。
落としどころはそんな感じじゃ無いかしら?
「だからまあ、私はしばらく同族の情報を集めたりしてるから、邪魔しないでよね? 手伝ってくれるなら大歓迎よ? あなたの氏族で、事情通の方とか紹介して下さる? 図書館には入れる?」
「なんで人間の間で騎士なんかやってると思ってるの? 氏族との関係なんて、もう何百年も絶えて久しいわ。人間がエルフの森を焼いて、戦争になって……ありきたりの話よ。私らも流れ着いた口。あんたこそ、魔王領にでも行った方が良いんじゃない? きっと、もてるわよ~」
「あ~……あそことは結構何回もやり合ってるから……ほら、奴隷狩りにゴブリンやオークの集落襲いに来るのよ~。荒野に住んでると」
「あんたが奴隷になれば良いじゃない?」
「冗談。何をされるやら」
「いっぱい子供を産ませてくれるかもよ~」
「相手は選びたいじゃない?」
「良いじゃない。毎日が実験で」
「あ~やだやだ。下品なエルフで困っちゃうわ~」
「あきれるくらいお上品な毒蛇女です事。おほほほほ~」
にい~っと互いに悪い笑み。
「ゼニマール様にはこちらから手を出さないわ。あの方が手を出して来たら、それはお互いその時の流れって事で」
「天地がひっくり返ってもあり得ないから安心してね~。一応、騎士団として街の治安を乱さない限りは存在する事を見逃してあげるわ~」
「あ~ら、安心。この乱れ切った街の治安レベルで良かったら、息を吸うくらい簡単な事ね。え? これで治安維持をしてる騎士団があるの? 驚きだわ~」
「あんたの目も耳も、木のうろ並に節穴だから仕方ないわね~。海水で毎日目を洗えば、少しは物の道理が見えてくるかもだから、お勧めよ~」
ふっふっふっふっふ……
おっと、ここで演劇みたいに笑顔で握手なんてしたら、相手の手を握り潰しかねないわ。
自重自重。自重しなくちゃだわ。
ま、見せていただこうかしら?
あんたの言う、騎士団の守る、街の治安って奴を。




