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第百三十六話『異種族間コミュニケーション』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ──


 重い潮風をはらみ、金と銀の髪が大きくたなびき、屋上で対峙する一人と一尾の目線が鋭く交錯するまにまに激しく頬をはたいた。


 釣り目がかったエルフの双眸が白銀の輝きを帯び、ありありと精霊の流れを捉え、そこに浮かび上がる蛇体の影。そこだけ不自然な動きがある。即ち、それはその毒蛇女が周囲の干渉している事の証拠。それは判っていた事だけど……


 腰に佩いた細身のレイピアを隠す様、斜に構えたミハル・エンデは左手をその柄に置き、右手の人差し指をまっ直ぐにシュルルへと突きつけた。

 白く柔らかな布の手袋に、ほっそりとした指先がまるで剣の切っ先の様に映え。


「きさま、何を企んでいる!?」

「企む? 何の事かしら?」


 しれっと返す毒蛇女は口で笑い、目では刺す。


 それに向い、見えぬ鋭利な剣気がするするとその指先から伸び、シュルルの鼻先に迫るもそれにやんわりと巻きつく見えない手が。


「あら、怖い」

「ぬかせ」


 ぬらりとした冷気を肌で感じる様に、互いに違和感を味わう。硬質な剣気に、ずるずると這いずる肉厚のそれ。絡み合い、鬩ぎ合う異質な気。

 正に硬と軟。

 明るい陽光の下、目に見えぬ争いが静かに進行していた。


「あなた、あのお方に逆らう気?」

「何を!?」


 美しく整った素顔を険しく歪めるミハルをあざ笑う様に、ころころと転がる様にこぼれ落ちるシュルルの言の葉は、愉悦に満ち余裕すら伺える。己の威を突き入れんとばかりに踏み込むのを、まるで根が生えたかの様にどっしりと抱き留めて。


「だって、あのお方はおっしゃったじゃない? 私はこの街にとって有用だって。皆さん、協力して下さるのでしょう?」

「偽りの衣を身に纏う毒蛇女が! 判っているぞ! 周囲の事象を捻じ曲げ、見た目を美しく装い、あのお方に汚らわしい欲望を! い、いやらしい!」


 会う度に、おかしな空気を纏い、幾重にも阻害系の魔力を放っていたシュルルはあからさまに邪悪な存在にしか見えない。偽りの美で異性を魅了し、悪意をもって近づこうとする俗悪で下劣な毒を持つ蛇女だ。存在自体が毒物と認定していた。

 その吐く言の葉も、醜悪な毒気にまみれた俗物そのもの。毒々しい赤い唇が、オスを誘う様にねっとりと動くさまを、まじまじと見る事になる。


「いやらしいだなんて……それはあなたの欲望でしょう?」

「馬鹿な!! 私は純粋にあのお方をお慕い申し上げているだけよ!!」


 シュルルの響きが異様にいやらしく感じられ、サッとミハルの頬が朱に染まる。

 その様を、静かに微笑むシュルル。全てを見透かした、余裕の眼差しで。


「あのお方は常に周囲を魅了しているものね。私も正直、好きだわ。でもね、同時に恐ろしくもあるの」


 目を細め、シュルルはまるでミハルの内心を覗き込むかの様に、小首を傾げて見せた。


「恐ろしい? 何を馬鹿な事を! それより、尻尾を出したわねっ!? やっぱりきさまもあのお方を狙ってるんじゃない! 最初から判っていたのよ、この毒蛇女!」

「え~? きさまもって、やっぱりあなた?」


 にや~り。足も無いのに揚げ足取り。

 思わずミハルはひゅっと息を吸い過ぎて、むせる。


「ふ、くっ……」

「あらあら。まあまあ。うふふ──お婆ちゃんったら、めっちゃ年下好みなのね?」

「ぐぬぬ~……」

「ねえねえ? 何歳違いになるの? 二百? 五百? まさか、千歳!?」


 愉悦に満ちたシュルルの声に、同時に進む見えない腕同士の押し合いが、ぎりぎりと押し込まれ始める。精神の動揺が、形になって表れているのだ。二百や三百歳程度の小娘なら片手でひねる古強者のミハルだが、乙女の心は幾つになっても純粋であり、老練ながらもその動揺を隠せない。何故なら、乙女だからだ(ばあ~ん)!

 色に出にけり、何とやらという奴である。


「ねえ、何歳!? 何歳なの~!?」

「くうう~~~~……」


 考えてはいけない、越えられない壁。

 更には軽く人の三倍はあろう、無駄に大きな生体エネルギーでぐいぐい来るのである。


「ひ、卑怯者めぇ~……」

「めえ~めえ~、ヤギさん、おうちはどこ~? うふふふ~」


 鼻歌交じりにぐいっと押され、ガクッと片膝を突くと、もう後はそのまま押し倒されそうになるミハル。が、辛うじて堪えた。

 その間、シュルルはじりじりと近付き、その苦痛に歪む顔を楽し気に覗き込む。ちょろちょろと二股に別れた舌先がのぞき、正に蛇女。にいっと覗く白い牙は、毒液にまみれてぬらぬらと……


「……や~めたっと……」


 不意にその圧が消えた。



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