第百三十五話『エルフさんたちの屋上見学ツアー』
貝の泥抜き、魚の煮つけ、あらの汁、etcetc
魚は鱗を魔法でぷるんと剥いで、後は内臓を取り出し、三枚におろす。で、骨とかあらはお出汁に使って、身は煮つけにしたいんだけど、臭みを抜く為のハーブなんかを後で第四騎士団に分けて貰いに行く予定。あそこのはねらい目ね。市場で手に入るモノより、ずっと質が良いし、謎に色々と揃ってるから。
ちゃっちゃと大小三つの寸胴鍋を並べ、貝のはそのまま作業台の上に置いておき、後の二つはあっつい竈の中へ投入~。ズザザ! ガチャン!
そこでパンと手を叩く。
「はい! お待たせしました~! では、屋上へご案内しますね~!」
振り向いたら、ぽか~んとこっちを見てるエルフたちに、こっちがびっくりだわ~。
「早っ!」
「そりゃあ~、鍛えてますから」
ピッと軽く手を振ってカッコつけてみる。うん、我ながら良いノリだわ!
「さ、上へご案内~」
奥の戸口から階段へ。明かりを点けて上へ上へ。
魔法で天井全体が光るのは、まあエルフなら別に珍しく無いよね?
二階では何やら話し声が聞こえる。あのおばあちゃんが、ちびっこたちに何かおはなしを聞かせてあげてるのかしら?
「空き部屋が多いみたいね?」
「人手が増える予定だから。それに、他の姉妹たちも手伝いに来てくれる手筈なのよ」
「へえ~」
二階の踊り場に出ると、どうしてもガランとした印象が。各部屋に扉は無いし、音の響きからそういうの判っちゃうわよね~。
感心した風の反応に、すかさず腹黒さんの鋭い毒舌差し挟まれる。
「げっ、まだ増えるのか?」
「あ~ら、まっとうな商売を広げるだけだし~」
「はん! それをどう信じろと?」
「そんなの知らないわよ~。ゼニマール様が良いって言ってくれたんだから、良いんじゃないの~?」
「ぐぬぬ……」
あら、これは良いわ。あのお方を持ち出せば、さしもの腹黒さんも黙るしか無いか。しめしめ。いひひ。
軽いジャブ程度のやり取りも交えながら、次の階にと思ったら、他のエルフさんたちから質問です。
「あれれ? なんか暖かく無いですか?」
「そういえば、さっきまで涼しいくらいだったのが……」
そう。確かに階段の下と二階とでは気温が違って来る。
「良く気付きましたね」
弱めだけど認識阻害の魔法が働いているから、普通の人だと頭がぼんやりしちゃって判んないんじゃないかしら? 流石、エルフってとこ?
「各部屋の床に、お湯を流してるんですよ。竈の煙突をボイラーに、水の流れる管をくるくると巻きつける感じで、二階と三階、それぞれに通していて、床から部屋を温めているんです。で、流れたお湯は、裏庭に流れ出る仕組みなんですね」
「へえ~」
「建物の外壁に地下水が流れているので、日中でも室温が低いままで涼しいのですが、夜は逆に冷えてしまうので。寝る時、すーすーするのは嫌ですからね」
「へえ~」
「へえ~」
すると噛みついて来るのが、腹黒さんの悲しい性。
「何それ? 貴族でも無いのに、そんな贅沢!」
「あはははは。仕込んだスープを一晩かけて温める予定だから、その熱を利用してるだけですよ、腹黒さん。逆に勿体ないから」
「へえ~」
「へえ~」
「へえ~」
「ぐぬぬ」
さあさあ。勝手に歯噛みする腹黒さんは放っておいて、どんどん屋上を目指しますよ!
バ~ン!
扉を開けすんなり屋上に出ると、魔法の光に慣れた目には日差しがとても眩しい。
遮蔽物の少ない屋上は、煙突と出入口以外はだだっぴろい平面が広がるだけ。両隣、お向かいさんと林立する建物の屋上には、わずかながらも木々の緑が揺らめき、それぞれの煙突からは白煙がもくもくとたなびいている。
お向かいさんを見れば、隣同士でわたり板を渡したり、建物をくっつけちゃったりと、屋上でも行き来が出来る様にしてあるのが判るわ。ご近所同士で仲が良いのね。
これは蛇足だけど、壁面には小さな滑車が取り付けられていて、お向かいさんとロープが渡してあって、それに洗濯物を吊るしている。また、荷揚げ用の滑車等も張り出しているのよね。生活の知恵って奴?
しゅるると屋上の真ん中辺りまで進むと、くるり振り返り辺りを見渡してるエルフさんたちに向き直ります。
そこで芝居染みた一礼をば。
「さて、先ずはようこそおいで下さりました。御覧の通り、何もございませんが、ここがプールの真上になります。それでは、どうぞ御覧下さい」
「?」
一同、何を見ろと言うのかと、そんな表情を浮かべるのだが、それも僅かの間の事。
透明化の魔法を屋上の床にかけると、見る間に床下の光景が目に飛び込んで来る。
「わあ~!!」
「これは……」
「こんなに……」
屋上の床下には、大小二つのプールが広がっているわ。
そこは、初めて太陽光を受け、キラキラと輝いて見えた。
建物の壁でそれを支えているのだけれど、水の重さを十分に考慮した造りになってる。
木の根っこみたいに、地面深くまで下した基礎部分から、まっすぐ垂直に吸い上げられた水が、壁面の内側から滲み出てプールへと流れ落ちるその光景の何から何まで、自分たちの足の裏まで透明になった床上から、まるで自分たちが浮き上がったかの様に見下ろす形。
この場合、透明化の魔法は、この世界に満たされた光の精霊が、思いっきり飛び交ってるのを、床部分だけまるで空気と同じ様に妨げない様にした訳。
「こうやって絶え間なく吸い上げられた水を、屋上の床下で一旦集めておいて、建物全体に流して使う仕組みです。小さい方のプールは、塩水になります。こっちは料理でしか使わないですから小さくしています」
するとエルフの一人がそっと手を挙げました。
「あの~、お水は溢れちゃわないんでしょうか?」
「ああ。それは大丈夫です。密閉された空間ですので、細い管を遡ろうとする水の精霊の力と、密閉された空間に閉じ込められた大気の精霊の拡散しようとする力、そして屋上の床全体にかかる地の精霊の下へ下へと集積しようとする力が干渉し合って、丁度いいバランスを保っているんですよ」
「へえ~」
「へえ~」
「へえ~」
「へえ~」
「ちっ」
あはははは……約一名が相変わらずですね~。
「それと、今は常に一定量を流し続けているから大丈夫ですよ」
「何に使ってるの?」
別のエルフさんからの質問です。
「今は、トイレと床暖房ですね。この辺りは計画的に街を作ってるらしくて、下水管が地面を通ってるんで、そこに常に流す形で、そこからネズミやスライムが入り込まない様に、一定の水量を流し続けています。床暖房は、煙突をボイラーに見立てて二階と三階に二系統。最終的には裏庭にある洗い場に流していますので、常に温水で水浴びが楽しめる様になってますの」
「水浴び!?」
「そういえば、さっき子供が──」
「湯温は水の量を調整したやけどしない程度のと、蒸し料理に使える高い温度のと二種類あって、裏庭は冬でもあったかですよ。多分」
「何それ!?」
「おかしいわ~」
そう言いながら、裏庭を見下ろすエルフさんたち。
見下ろせばもくもくと湯気を発ててる洗い場が見下ろせるし、その上だけ気温が数度は違う筈。
「見せて貰っても?」
「どうぞ~」
くくくくと内心含み笑いを浮かべ、促すとぱたぱたと駆け下りてくエルフさんたち。
そして腹黒さんが一人、残った。
「言いたい事があるみたいね?」
「お互いにね」




