第百三十四話『貝の泥抜きをしようかい』
よお~し、やったろうじゃないの!
ぺろり舌なめずりして、腹黒さんを一瞥。ぷい!
「はい、ごめんなさいね~」
並み居るエルフたちに洗い場からどいて貰い、棚から大きな寸胴鍋を用意します。
洗い場の槽にガコンと下ろし、周りのエルフたちをぐるり見渡しました。
「では、この半分くらいに塩水を入れます。貝の泥抜きですね。あっ!? 内陸では、貝や蟹とか泥臭くて、半日くらい綺麗な水に入れておくんです。でも、海辺だから、砂? かしら?」
身振り手振りを混ぜてご説明。まぁ、こういう口八丁手八丁的な事は、探索者にとっても必要なスキルで、一緒になってぽ~っと見上げてたちびっ子たちは、隙を突かれてミカちゃんに連行されて行くし、ちょっと静かになったかしら?
さて。蛇口を捻ると、とぽとぽと流れ落ちる無色透明な塩水。調理用だから、それなりの量を屋上にキープしてるのよね~。
「ここは海辺だから、地下水が真水の層の下に、比重の重い海水の層があるので、そこから吸い上げています。舐めてみると判りますが、海の水と塩辛さはあんまり変わりません。途中、真水と海水の混ざる層もあって、理論上、潮の満ち引きでそこの水位が変わると思うので、その辺はこれから確認していこうと思っています」
「へえ~……」
初見のエルフさんたちに、一応説明して差し上げてよ。私、一応親切だから!
腹黒さん意外のエルフたちの反応は、ちょっといまいちだけど。まあ、そういう時は、近いところからイメージを持って貰うのが良いかもね。
「実は貴方がたのツリーハウスの給水システムを真似ているんです。森のエルフさんで、木の上に家を構える方々は、樹液を分けて貰って生活してるじゃないですか? この家も、実は同じ構造なんですよ。言わば壁が木の幹の役割をしていて、無数の細い管が地下水を吸い上げてくれている。それを屋上でプールして、生活用水にと建物全体に上から下へ流している訳です。で、蛇口を捻ると……」
水とお湯の蛇口を改めてくいっと回せば、とうとうと水とお湯が流れ出る。
ついでに、竈に追加の薪を一本、放り込んで置く。ん~、残り少ないからご近所さんから分けて貰えないかしら?
「魔法は使って無い!?」
「えっと……建てる時に、ちょっと……」
一人のエルフの質問にえへへと苦笑いしながら、右手の人差し指と親指で、少しよとジェスチャーを返す。
「だから、あちらの壁に耳を当てると、懐かしい音が聞こえて来るかも知れませんよ。森の木々が、水を吸い上げる時の音が」
そう言って指差したのは、彼女らの背中側。三つの竈とは反対側の壁。
そうすると、むすっとした腹黒さん以外の数人がわらわらと壁に貼り付いて、その長い耳を押し付ける。すると、女性らしい物腰の柔らかな、小さな歓声を挙げた。
しめしめ。
「ふわあっ」
「聞こえる……」
「さらさらと水が上へ流れる音が」
ふふふふ……人のごみごみしたこの街に居て、さぞや森が恋しかろうて。
くくくく……そして、お仲間のエルフたちがきゃっきゃうふふしてる様を、忌々しそうに横目で睨んでる腹黒さん。その顔、記憶の図書館に保管収納致しますわ。ざまあ。
「ぐぬぬ~」
「あらあら? 腹黒さんも、どうぞお耳をお傾けになられたら如何です?」
「毒蛇女~……ふ、ふん。こんな偽物、どうって事無いわよ!」
そう言い放ってつんつんしてる腹黒さんに、周りのエルフたちはさほどこだわりが無いみたいで、好奇心に瞳をくりくりさせながら彼女の腕を引き引き、声をかけているわ。
「え~、ミハル~。水汲みしなくてイイのよ~」
「精霊魔法で出せる量って、一日大した事無いじゃない? ねえ? どれくらい水を汲み出してるの?」
「あっ、それ知りた~い」
あら? こっちにも来たわ。
「そうですねぇ~。論より証拠で、これの処理が終わったら実際に見てみましょうか?」
「わあ~、楽しみ~」
「ね?」
「もう、みんな勝手にすれば!」
いや、あんたも教えろとかほざいてたでしょうに。もう苦笑するしかないわ~。
「じゃあ、ちょっとお待ち下さいね。ちゃっちゃと片付けちゃいますから」
「は~い」
「どうぞどうぞ」
「ぐぬぬ」
「くくく。まあ、エルフの皆さんは、水汲みとか重労働はあんまり馴染まないでしょう?」
「団では、人間の男の人がやってくれるけれど、家に戻るとおっくうで」
「疲れちゃうもんね~」
「ね~」
う~ん。確かに、街の共用の井戸から家まで水を運ぶのって、一階ならさほど大変じゃ無いでしょうけど、四五階建てのアパートじゃキツイかもね。
「あら? 皆さんも、独身?」
あ~、聞くだけ野暮だったわ。キラキラさんの周りに群がってる女性陣に。アレを目の当たりにしてて、他に目が行くなんて事はありえないか~。
「ええ。みんなでアパートを一棟借り切って住んでるの」
「台所とかも共用ね。でも、ここ程綺麗じゃ無いわね」
「古いもの」
「ま、人の造った物ですから。多少の粗さは目を瞑りますけれど、自由に水浴びとか出来ないのが辛いわ~。だって、潮風でべたべたするんですもの」
「そうなのよね~」
「あ、あはははは……」
彼女らの異様な食いつきはそこか~。裏庭の流しっぱなしを見られたら、怒られちゃいそうだわ、これは。あらあら、どうしたものかしら?
そんな事を考えながらも手は動かす。
寸胴鍋の底に、貝を入れるんだけど、その底を少しだけ浮かせたいの。
貝が吐き出した砂や泥を、もう一度吸い込まない為にね。
懐から取り出しましたる銅貨十枚。それを手の中でぐにぐにっと。瞬間、固体である事を忘れて貰って、液体との中間的な状態にね。そこから縦に平べったく伸ばして~。で、縦に細かい筋を規則正しく入れまする。
「で、これを横に引っ張ると」
ぐにんと伸びて、網目状に。
「なにそれ、気持ち悪い!」
「あははは……」
腹黒さんの言葉の棘が。
真ん中にグーパン。で、それを広げて寸胴鍋のサイズに合わせてあげて、底に沈める……と。
高さ、指一本分くらいかな?
その上に買ってきた大小様々な貝を投入。
更に、小麦粉を一握り。ポンと。
「え!? 何で!?」
驚くエルフさんに、解説しましょう。えへん。
「地下水は不純物があんまり無くて、綺麗なんだけど、それだと貝がお腹空いちゃうんですよ。で、小麦粉を溶かしこんであげると、勝手に吸って栄養を付けてくれる……と、イイな~って。味が良くなると思いません?」
「おっお~」
お鍋、ひたひた。白濁する塩水を、右腕を突っ込んでくるくるかき回して良く溶かしながら、てへぺろ~。
うん、腹黒さん以外とは、仲良くなれそうな気がする~。




