第百三十三話『エルフ味ドクダミ風イバラ和え』
うちの調理場、天井から大型獣を滑車で吊るして解体出来たり、五六人が余裕で作業出来る様にって作ったから、ラミアの私たちが長い尻尾を侍らせても大丈夫~って感じだったんだけど、流石にこの二十人越えは狭過ぎる!
エルフの(見た目若作りの)お婆ちゃんたちがぞろぞろ入って来て、迷惑だな~って思ってたところに裸のちびっ子たちが突貫して来て、更にミカちゃんが蓋をしたって感じ。おいおいって。
「なーっ!!?」
「ああああっ!!?」
「はわわわ!!?」
「エルフだエルフ!!」
「線ほっそ!!」
うっるっさっ!
いっぱいのエルフにびっくりしたっぽい、うちのちびっ子たちのキンキン声がワンと響いて、耳の鼓膜を殴打して来るんだけど~。
エルフのお婆ちゃんたちは、全く動揺しないでしれっと眺めてるのがシュール。人の心が無いんか~って、人じゃないか。てへぺろ~。
「濡れたままだと、風邪ひくで御座るよ~!!」
「「「「「わーっ!!?」」」」」
動きが止まったところで、背後からがばっと。逃げるちびっ子、捕まるちびっ子。ミカちゃんは、両手にボロを持ってて、それでしゃかしゃかと身体を拭くんだけど、これがまたキャッキャアハハとやたらでっかい嬌声を呼ぶ訳で。うわあ~、メッチャ五月蠅い!
で、逃げるちびっ子が右に左に駆け抜けるものだからカオス。カオスがエスカレートする。いやあ~、逃げ慣れてるわ、この子たち!
脇をすり抜け、作業台の下を潜り抜け、立ってる大人は壁にする。でも、作業台の上に飛び乗ろうとするのは、空中でキャッチ! 空気をきゅっと固めた手で、ひょいと持ち上げて捕まえちゃう!
「うわわっ!?」
「こら~、台の上に乗っちゃダメ~」
じたばたするフルチン君をひょいとミカちゃんに投げてあげる。ぽ~んと。
「ほい。捕まえたで御座るよ!」
「くっそー! ここはおれにまかせて、おまえらはー!!」
「おいおい。どこでそんなセリフを覚えたのよ!」
勢い手足をばたつかせるんだけど、何か芝居染みてるし。思わず苦笑しつつ、駆け巡るちびっ子たちを目を追う。さあて、どうしよう、これ?
そんな事を考えた矢先、ちょっと奇妙な光景に目が留まりました。
「あら?」
うちの子と、騎士団の子がにらめっこしてる。
どちらかと言うと、うちの子が睨んでて、睨まれてる子が目をそらしてるって感じ?
どうやら二人は顔見知りみたいね。
「うん?」
睨んでる子は、私のお腹をやたら触って来た、ちょっとおませな男の子。
目を反らしてる子は、デカハナさんにクビにされてたあの子だわ。
「ほう~」
ぐる~っと回り込んで、二人の前に。
「どうしたの?」
「なっ!?」
「わっ!?」
ふふふ。みんな私に気付かなかったみたいね。気配を消してたからね。一応、本職だし。
「な、何でも……」
「あらそう?」
「……」
口ごもるうちの子に、何か言いた気な相手。これは……
「何? この子に追いかけられたとか?」
「ちげ~よ」
「……違います」
二人とも短くそう言うだけで、黙ってしまう。
まあ、ぶっちゃけ二人は顔見知りで、片や浮浪児になって片や街の兵士。つまり取り締まられる側と取り締まる側になっちゃった訳で、その辺にわだかまりがあるって感じ?
街中に居て浮浪児になるって事は、親が行方不明か死に別れたってところでしょうし、片や騎士団で兵士見習いになれるって事は、親の身元が固いって事でしょう。
う~ん……
そっぽを向いちゃったうちの子の、拗ねた様な横顔をじいっと見つめてると、如何にも居心地が悪そうにして、少し怒った風に口を尖らせて来ました。
「何だよ?」
「こら。何だよじゃないでしょ?」
そう言って、両のほっぺをぐにゅって摘まんでやります。ええ、これは私の特権です。
ま、可愛いものですよ。ダンジョンで遭遇した邪悪な冒険者なんかに比べたら。どうにもこっちのほっぺが緩んでしかたないわ。こそばゆ~い。
「もう君はうちのメンバーなんだから、うちのギルドの看板を背負って貰わなきゃならないのよ。街の治安を守ってくれててありがとうって言わなくちゃ。君のお友達にもね」
「うわっ。毒蛇女がそれ言う~」
「やん。森にお帰りになったら? ん、べ~」
折角良い話をしたと思ったら、森のお婆ちゃんから余計なチャチャが入ってむかつく。
「あっそ。じゃ、みんな帰りましょう」
「あ~ら。ゼニマール様には、臆病風に吹かれて帰ったって報告して差し上げてよ」
「なんですって!?」
「あら、違った? ごめんなさ~い」
「「ぐふふふふふ」」
今度は私と腹黒さんとで、作業台を挟んでぐるぐる回り出そうかってところ。
あ、でも、このままだと折角のお魚と貝が痛んじゃうじゃない!
「ちょっと待った!」
ピンと右腕を前に出して、掌を向こうに向けます。メデューサみたいに釣り目を爛々と輝かせてる腹黒さんに。
「あによ!? 降参!?」
「話は後でたっぷりしてあげるわ! その前に、下処理をさせて!」
残る左手で、作業台に乗せられた麻袋を指差します。
石化の呪いを振り撒きそうな腹黒さんの目が、私と麻袋を何度か行き来。こっちもその眼光を真正面から受け止めます。荒野で魔物や冒険者と遭遇した時だって、相手から目を離したらいけないからね。
やがて、今にも掴み掛って来そうだった腹黒さんは、ゆっくりと上体を起こし、こっちに不敵な笑みを浮かべて来ました。うわ~。
「いいわ。あんたがどの程度の物を出して来るのか、見て差し上げてよ」
嫌味のスパイスたっぷり効いたお言葉を、副騎士団長さまから戴きましたとさ。
やれやれ。




