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第百三話『美しくもお強いお嬢さん』


 戦慄がミカヅキの身を貫いた。

 刀身が折れて無くなった道中差しの柄を、振り抜き、両手に絞る様に握ったまま、僅かの間、愕然と動きを止めてしまった。


「そ……」

「へあっ!!」

「あっ!?」


 衝撃も冷めやらぬ間に、横殴りに男の斬撃が襲った。サッと、辛うじて残る唾でそれを受けたが勢いを殺せない。ミカヅキは思わずそれを手放した。


 痺れる手。

 高々と舞う折れた道中差しの柄。

 仰け反り、間延びした身体。

 殺意をみなぎらせた男の血走った眼が、突き上げる様にミカヅキに迫った。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」

「くっ」


 叩き付けられる様な、鈍器に似た殺意。迫る白刃の煌めきを、その青い瞳に捉えたミカヅキは、目を閉じる事無く、逆にくわわと見開いた。


 一瞬に引き延ばされた感覚。

 白く閃く思考のさ中、ふわりと幾つもの何かが駆け抜けて行く。


 死……


 無念!


 歯噛みする間も無い。

 頭蓋を打ち砕かれ、ろっ骨を断たれ、肺と心臓を貫かれる。そんな未来を理解した。


 ガッ!! カーン!!


 その時、何が起きたのか、ミカヅキは理解出来なかった。

 木質の乾いた音が響き男との間に忽然と長柄の棒が突き立ち、その切っ先は震えるそれに阻まれた。白刃は、ミカヅキの頬を風に撫で、寸でのところで止まっていた。


 すると、その足元をガラララっと抜き身の長剣が滑り、男とミカヅキは何事かと互いとそれを見、一斉に動く。


「ちいっ!」

「死ね!」


 人々の目には、ミカヅキのすらりと伸びた脚が華麗にその剣を蹴り上げ、その刀身が男へと吸い込まれたかに見えた。

 実際は、素早く動いたミカヅキの尻尾が、その柄を巻き取り、そのままに突き入れたのだ。

 男は、剣を振り上げたまま後ろへ数歩よろけ、引き抜かれた切っ先から血がだくだくと流れ落ちる。


「ぐくっ……」


 だが、致命傷では無い。浅い。

 よろける男を背後から女が支え、ハッと息を呑む。その視線はミカヅキを通り越し、その向こうを見ている様。


 ばらばらと路地から街の兵士が跳び出し、こちらに駆けて来るのが見えたのだ。


「やばいよ!」

「ちいっ、引け! 引けい!」

「待てぇ~!!」

「そこの奴ら、待てぇ~!!」


 一斉にガチャンとガラスの割れる音が幾つも響く。

 手負いの冒険者らがポーションを己に振りかけ、それから、まるで蜘蛛の子を散らす様に四方八方に駆け出した。

 追う兵士はたったの四人。十人からの襲撃者らは、血を失った者は裏口から逃げ、表からは脚の達者な者が、入り組んだ街並みを巧みに利用し瞬く間に兵士らを巻いてのけた。



「お、終わったのか?」

「終わったか……」


 その有り様に、人々は恐る恐るに顔を出し、街の空気も次第に日常を取り戻し始める。


 呆然と襲撃者らを見送っていたミカヅキは、尻尾の先に持つ投げ入れられた長剣を手に持ち替えた。良いつくりの剣だ。装飾もされていて、まるで貴族の持つ様な……

 ふ~っと嫌な予感が。背筋をぞわぞわっと撫で上げた。


「美しく、そしてお強いお嬢さん、大丈夫ですか?」

「う、うう……」


 すうっとミカヅキの目の前に、小さな青い花弁が差し出され、ミカヅキは顔の筋肉をぴくぴく引きつらせつつ、その声の主を。

 ああ、やっぱり。


「初めまして。私、第四騎士団の副団長を勤めます、ナザレ・アラメノ男爵と申します。美しいお嬢さん。以後、お見知りおきの程を」


 そこには、花を差し出したまま恭しく一礼するケツ顎垂れ目野郎が、空の鞘を腰にぶらさげて、その目線はじいっとミカヅキの豊満な偽乳を嬉しそうに見つめていた。


 ミカヅキは、ふつふつと沸き起こる殺意のままに、手に持つ剣を突き入れてやろうかと、ぎゅっとそれを握り締める。そんなミカヅキの想いを知らずにか、実に嬉しそうなナザレは。


「では、早速ですが事件のあらましを、お聞きしても宜しいでしょうか? 美しくもお強いお嬢さん。ふふふ……なあに、私が関わったからには、もう安心。心安らかに大船に乗った気でいらして下さい。ああ、美しくもお強いお嬢さん」


 ぐええええ……


 如何にも好色そうなナザレの垂れ目がパチリ、ウィンクを放ち、ミカヅキの精神力をごっそりと削り取ってみせた。



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