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第百話『喧嘩するほど仲が良い』


 じゃりりとブーツの裏で砂が鳴いた。


「ちっ……」


 生暖かい風だ。


 海風が運ぶ砂は街の至る所に吹き溜まり、このブラックサンにおいて一つの問題でもあった。海と陸の男神たちが風の女神の裾を引っ張り合っているのだとか、風が凄く強い嵐日は喧嘩をしているのだとか、街の人はそんな話をまことしやかにするものだ。


 今日の神々は、今の処仲が宜しい様で……


「やれやれ。こっちはちいとばかし……」


 皮肉めいた笑みを浮かべ、ナザレは左右をちらり流し見る。



 その兵士たちのくすんだ白い外套には、「7」の文字が少し控えめに朱で刺繍されていた。


「「「へっへっへっへ……」」」

「よおよお。副団長さんよお」


 ずらり居並ぶ四人の兵士だが、ぽこりと一人分だけへこむ。物理的に。

 大人の兵士に紛れ、一人だけ子供が。否。子供では無い。人の子供にしては、多少ずんぐりとした感のある丘小人という種族だ。


 短い手足にぽっこりと前へ出た下腹。頬はほんのり赤く、髪も瞳も明るいハニーブラウン。そばかすだらけの愛嬌ある風貌をしている。


 その丘小人は、自分の背丈より大分長い、長柄の棍棒を肩にかつぎ、えらそうに大きな下腹を突き出して、ふんぞり返って見下す様に見上げていた。


「よお。ハック。随分とご機嫌じゃないか?」


 取り合えず第四騎士団の責任ある者として、ナザレは軽く相手をする。例え相手が第七騎士団のチンピラ分隊長だとしてもだ。

 すると、丘小人のハックは、芝居がかった恭しい態度で如何にもなセリフを並べ立てる。


「ああ、男爵様。お陰様でね。こちとら毎日パンにあずかれるってもんでさ。ただ、肉はたまにでね。男爵様は、たんまりお召し上がりになったとか。羨ましい話でさあ。あ~あ~羨ましいよなぁ~、お前らっ!?」

「「「そうっすね!」」」


 ハックの音頭に三人が見事にハモる。

 どうやら今朝の話が伝わってたらしい。だからどうしたという事なのだが、田舎者の平民風情には口の聞き方というのが出来てない訳だ。それともわざと問題を起こしてやろうって魂胆かも知れない。

 ふふんと値踏みするナザレは、少しだけ付き合ってやる事にした。何しろ、良い気晴らしだ。


「ああ、その事か。まあそうなんだが、一つ間違えてるな」

「ああ?」

「たんまり肉を食ったのは、俺一人じゃない。団員全員だ。いや、あれは実に美味い肉だった」

「ま~たまたご冗談を。全員が? あの子爵様がそこまで景気の良い方だったとは、存じ上げませなんだなあ~」

「「「あっはっはっはっは」」」


 大げさに驚いてみせる丘小人とその仲間たちだが、果たして何が言いたいのやら。


「まあ、あれさ。女の前でついつい良い恰好したくなっちまうって奴さ」

「あん?」


 ハックが怪訝そうな顔をしたので、にやり。ナザレは詳しく説明をしてやる事にした。別に隠す話でも無い。


「うちの団長さん、台所を好きに使って良いって言ったらしいんだが。その女。ある肉全部調理しちまったらしくてな! はっはっはっは! 俺もあいつと一緒に見た時にゃ、ほとんどが食い尽くされてたって訳だ。信じられるか? 樽一つ分、丸々うちのバカ共の腹の中だ。お陰で夜番の俺が、寝ないで食料の手配に出張ってたって訳さ」

「へ、へえ~……一樽全部ですかい……」


 思わず四人の喉がごくりと。


「その味付けがまた美味くてな~。甘辛? 甘くてしょっぱくて、冷えてても何とも良い歯触りで、それでいて口の中にじゅわ~っと優しい旨味が広がってだなあ~」

「「「「へ、へえ~……」」」」


 上を見上げる様に目を閉じ、あの味を思い出して如何にも凄く美味かったんだよとアピールするが如く、うっとりとした表情を浮かべてみせたナザレは、ちらり片目を開けてハックたちの顔を盗み見る。

 何だかえらく驚いた様な、えらく羨ましい様な、えらく腹が空いて来た様な、みんなそんな顔だ。


 ふ……


「それだけじゃないんだ!」

「「「「な、なんだってぇ~っ!!?」」」」

「おおっと、話はここまでだ。部外者に話す事じゃないな」

「んだとぉっ!?」

「「「うええ!?」」」


 思わず前のめりにつんのめった四人は、なんかえらく羨ましくなって、歯をぎりぎり言わす。その様に、ナザレは胸がスッとする気分だ。


「はっはっはっは。やっかむなやっかむな、貧乏人ども~。パン喰えてるだけいいじゃねぇか。俺はこれから、その女が作って来るってスープをだな……やっべ!」

「「「「何ぃっ!? スープだって!?」」」」


 忘れてた! 昼になったら、例の女がスープを!


 ハッとなって空を見上げる。

 太陽はかなり高くなっていた。多分、昼近くかもう……


「あばよ!」

「あっ!? こら、待てぇっ!!」

「「「待ちやがれ!!」」」


 くるっと向き直って走り出したナザレは、ちらと頭の隅で後ろから五月蠅いのが追いかけて来る気配に舌打ちしつつ、大急ぎで駐屯地へ戻ろうとした。が、その視界をばたばたと慌ただしく横切る一団が居た。

 物々しい気配を纏う、武装した冒険者の一団だ。しかも十人以上。


 ただ事では無いと、直感が告げていた。


「「「「待て待て待てぇ~っ、ぶはっ!?」」」」

「おおっと?」


 思わず立ち止まったナザレの背に、軽いハックが突っ込んで、それに続いた三人が更にもつれてバタバタと引っ繰り返ったのだ。

 一瞬にして、街中は騒然となり、思わず神に祈る。なんですか、これは? と……


「な、何しやがんでいっ!!?」

「「「しやがんでい!?」」」

「おいおい。お前らが勝手に……」


 後ろにちんぴら兵士ども。前にちんぴら冒険者どもだ。

 一瞬、考えを巡らすナザレ。

 何しろ今は非番だ。何か起きるにしても、後ろの連中に任せておけば良いだけの事。


 それに、早く戻らなければ、下手すると例の女の顔を、また見損ねてしまう。


「さあ~て、ね……」


 ナザレは、その二つに割れた顎の、生え出したばかりの短い髭を、じょりと指先で撫でた。



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