9.3次試験の誤算
すぐに日にちも過ぎ、3次試験当日がやってきた。
アレックス、千代、マナツルの3人は、冒険者ギルド【ガルーダの微笑み】へと到着すると、先日に対戦を約束したエルフの魔道士のチームと遭遇した。
「あら、坊や……私に囲われる準備は万全かしら?」
どこか人を食ったような不気味さのある女だと、アレックスは警戒した。
「そっちこそ、僕の家来になる準備を忘れないでよ」
突っかかってみると、エルフの女性はおもしろがる様子で笑った。
「粋がいいわね。90秒持ち堪えたら褒めてあげる」
少しイライラしながらギルドのロビーに足を運んだ。
女エルフの挑発もあるが、やはりクレバスから流れてくる瘴気入りの風は気持ちの悪いものだ。だいぶ距離があっても気になる濃度となると、現場に行くとどれだけ強烈なのか、考えただけでも気が滅入ってしまう。
そんなイライラなアレックスも、受付嬢の笑顔を見たら少しだけ気分も良くなった。
「両チームとも揃いましたね。少し早いですが、ご案内しましょうか?」
アレックスが頷くと、エルフの女性も「ふふ…」と笑いながら賛成した。
「コレクションは、1秒でも早く欲しいものだからね」
受付嬢は、アレックス一行を先日と同じ修練場まで案内した。そこにはやはり人はおらず、アレックスにとっては動きやすい。
アレックスチームと、エルフの女性のチームはお互いに向き合った。
アレックスチームは、千代とマナツルが中団に立ち、後方に戦士アレックスという変則的な陣形。
一方、エルフの女性のチームは、戦士と軽戦士が前衛に陣取り、エルフの女性が後方という基本通りの陣形だ。
「では、ただいまより……アレックスチームとスカーレットチームの試合を行います」
お互いの視線がぶつかりあったとき、受付嬢の「始め!」という声が響いた。
迷いなくエルフの女性率いるスカーレットチームは、アレックスの召喚を止めようと向かってきたが、彼らの前には千代が立ちはだかった。
彼女はまず、オオカミ族の軽戦士に竹筒の中身をぶちまけて目つぶしを行って視界を奪い、後から走ってきたベテラン剣士と1対1の戦いを始めた。
エルフのスカーレットも距離を詰めると、アレックスに炎魔法を放とうとしたが、先にマナツルが大弓でのけん制を行い、魔法をチャージする暇を与えない。
「ラウル、さっさと坊やを止めろ!」
「バカ、目がまだ見えないんだ……くそ!」
ベテラン剣士とオオカミ軽戦士が言い合っている間に、アレックスは魔法チャージを済ませて手をかざした。そしてMPと言われる精神力をひねり出し、シルバーマップを招く。
「シルバーマップ!」
その召喚スピードに、スカーレット陣営は恐々としていた。
アレックス自体の詠唱や魔法チャージの手腕は、少しできの悪い魔導士くらいだが、自分自身と言えるシルバーマップに関しては最適化されているため、一流魔導師に匹敵する速さで出すことができるのである。
しかもチームスカーレットには、更に悪いニュースがあった。
「なっ……!?」
シルバーマップの姿は普段の芦毛つまり灰色ではなく、鹿毛色というやや黒みを帯びた茶色の毛並みをしている。普段と大きく違う点は、シルバーマップは赤々とした角を光らせ、岩石でできた鎧を身に纏っていたことだ。
「よしマップ! 一気に戦士を潰しに行くぞ!」
『うん!』
アレックスとシルバーマップが狙いを定めたのは、涙目になりながら目をこすっているオオカミ族の戦士ラウルだった。彼から見れば、やっと目が開くようになったと思ったときに、岩石鎧のユニコーンと勇者の末裔が2人がかりで襲ってくるのだからたまらない。
オオカミ族の戦士は、最初のアレックスの一撃は交わしたものの、次のシルバーマップの炎魔法攻撃を右腕と肩に受けてバランスを崩し、アレックスの蹴りを脇腹に受け、シルバーマップの前脚の膝蹴りまでアゴに受けたのだから災難である。
オオカミ族の戦士ラウルは泡を吹いて倒れ、アレックスは千代の救援に向かい、シルバーマップはマナツルの救援へとそれぞれ向かっていった。
「待たせた!」
千代と合流したアレックスは、2人で左右を挟むように構えベテラン剣士をけん制。先に仕掛けたのはアレックスの方だ。
パワーはベテラン剣士の方が一枚上手だったが、アレックスは右手にアースシールドを出現させて攻撃をブロックし、千代は近づいて口から砂入りの液体を吹きかけ、ベテラン剣士の片目に命中させた。
ベテラン剣士が自分の目をこすったところで、アレックスは左足で大地を踏みしめて修練場の地面を浮き上がらせた。ベテラン剣士はバランスを崩すと、アレックスと千代は一気にとびかかって関節技をかけた。
受付嬢も、倒れていたオオカミ戦士を修練場の外に出し終えると、慌てて走って来てカウントを取りはじめる。
「1……2……3……」
ベテラン剣士は、関節技を振り解こうと動くも、2人がかりで固められているのだからどうすることもできないようだ。
「7……8……」
ベテラン剣士はせめて足だけでも延ばして、アレックスの足に絡めようとしてきたが、千代が機転を利かせて関節を強く攻めるとベテラン剣士はうめいた。
「9……10!」
遂にこれで、敵陣から戦士がいなくなった。あとは残る魔導士を倒すだけ。そう思いながらアレックスは先に向かったシルバーマップを見ると、何やら様子がおかしかった。
「え……?」
シルバーマップは無数の植物のツタに絡めとられており、懸命に大弓でけん制しているマナツルも劣勢に立たされているようだ。
エルフの魔導士スカーレットは不敵に笑うと、シルバーマップに向けていた右手を一気に握る動作をし、マップの首や胸をツルで締め付けていた。
慌てて救援に向かうアレックスと千代だったが、スカーレットは空に向けて炎の投射魔法を連射し、2発を受けたマナツルがバランスを崩して地面へと落ちてくる。アレックスは慌てて彼女を受け止め、千代の目の前にも植物のツルが飛び出して、救援を阻止された。
「ふふ……誰にも邪魔はさせないよ」
そう言うとスカーレットは、シルバーマップの角に口づけをした。
するとシルバーマップは瞳を大きく開いてから気を失うように白目を剥き、ゆっくりと目を閉じると、その瞳を赤々と光らせながら開いた。
直後にスカーレットはシルバーマップを縛っていたツルを取り、薄ら笑いを浮かべながらアレックスに指を向けた。
「さあ、ユニコーン……アレックスをコレクションするのを手伝いなさい!」
シルバーマップは何も語らないままアレックスに角を向け、全身からは炎を燃え上がらせた。
その光景はアレックスにとって未だかつてない危機だった。シルバーマップは味方として頼もしい力を持っている。それが敵に回るということは……何よりも恐ろしいことだ。