7.ライバルを奪い合う試験
アレックスとシルバーマップは、特に襲撃を受けることもなく試験当日を迎えることができた。
一応は警戒しながら冒険者ギルド【ガルーダの微笑み】を目指したが、特に敵意を向けてくるチームもなく、拍子抜けするほど簡単にギルドの試合会場に到着していた。
「妨害くらいは受けるものと思っていたけど……」
『凄く簡単に着いたね』
風を頬に受けると、アレックスは緊張した。
試験が怖かったわけではない。巨大なクレバスから、たまに流れてくる空気には瘴気が混じっているためだ。不吉な幕開けにならなければいいけど……そう思いながらギルドのドアを開いた。
ギルドのロビーで待っていると、受付嬢がやってきた。
「アレックスさんと、チヨさん、マナツルさん……二次試験を行いますので演習場までご同行ください」
アレックス一行が席を立つと、対戦相手の千代とマナツルも軽やかに席を立って受付嬢の後に続いた。
千代と呼ばれた少女が軽戦士である。チェインメイルを身につけ口元は布で覆っている。この姿は祖父から聞いたニンジャという闇家業の何でも屋と似ているように思えた。
そしてマナツルという少女は有翼人の弓使いのようだ。素顔はなかなかに美しいが、赤くハナの尖った男のマスクを頭につけており、これも祖父から聞いたテングという想像上の生き物を連想させる。
シルバーマップもまた、彼女たちの姿を見て思うところがあるようだ。
『……この取り合わせ。運命を感じるカードだ』
ガルーダの微笑みの修練場は屋外に設置されており、あらかじめ人払いが行われていたのか、広い敷地にも関わらずアレックス一行以外は誰もいない状態だった。
そして何より、アレックスの実家に匹敵するほど整備が行き届いている。隅の方を見ても雑草がわずかにしか生えていない。
「では、今から……アレックスチームとチヨ、マナツルチームの対戦を行いますが……ルールがあります」
受付嬢の説明したのは勝利条件だった。
1つ目は相手に負けを認めさせること。2つ目は相手をノックアウトして10秒が経過すること。3つ目は相手を場外に弾き飛ばして10秒が経過すること。4つ目は相手に戦闘継続が困難なダメージを与えること。とまあ、剣闘士や騎士の試合なら半ば常識となっているルールである。
「それから、上空も50メートルを越えると場外として扱われます」
「質問がある」
軽戦士千代が質問すると、受付嬢が彼女を見た。
「なんでしょう?」
「制限時間などはあるのだろうか?」
「10分間です。その間に決着がつかなければ、受けたダメージや弓矢の残数や魔法力の残りなどを総合的に見て判断します」
「わかった」
軽戦士の千代が刃先がまっすぐな剣を構えると、隣にいたマナツルも翼を広げて長弓を構えた。こうして間近で見るとどちらも強そうだとアレックスは警戒した。
しかし、実のところ彼女たちは身構えただけだった。アレックスの隣にいるシルバーマップは水色に輝く角を現し、背中には灰色の翼がしっかりと現れていた。
「あの麒麟の角……軽く2尺3寸はあるね」
「真っ裸キリンちゃんは私が抑えるよ。千代ちゃんは殿方をお願い」
「心得た!」
受付嬢の「はじめ!」という合図とともに、少女たち2人はアレックスとシルバーマップに襲い掛かった。先制攻撃を仕掛けたのは有翼人マナツルの方だったが、シルバーマップは軽々と水の投射魔法で彼女の放った矢を弾き飛ばし、上空を駆け上がりながらマナツルを追いかけはじめた。
直線的な動きならシルバーマップの方が圧倒的に速いため、マナツルは巧みに旋回や高度を上げたり下げたりとジグザグな動きをすることでシルバーマップを翻弄し、隙を見ては地上にいるアレックスに弓矢を放とうとしてくる。
しかしその攻撃は、いずれもシルバーマップに見抜かれており、次々と水か風の投射魔法で放たれた矢はことごとく無効化していた。
空中ではシルバーマップが圧倒的に有利な状況に対し、地上ではアレックスは千代の巧みな技に苦戦を強いられていた。
パワーで劣る千代だが、口の中から砂を吐きかけて目つぶしをしたり、つばぜり合いの後の当て身といったアレックスが経験したことのない技を次々と繰り出していた。
アレックスは片目が見えなくなった状況で、苦労しながら対処していたが千代がクナイという短刀を出し、切り付けられたことで更に劣勢に立たされた。
「……!? 体がしびれ始めている!」
どうやら、クナイの刃先には麻痺毒が塗ってあったようだ。千代は不敵に笑うと剣を両手持ちして一気に襲い掛かってきた。
何とか斬撃は防ぎ切ったが、千代はアレックスの体勢を崩して固め技をかけてきた。体にもどんどん麻痺毒が回り、更に受付嬢がカウントまで取りはじめた。
シルバーマップも、すぐにアレックスの応援に駆け付けようとしたが、すぐにマナツルがけん制行動をとってくる。実力で劣っていることを理解しているマナツルは、一定の距離を取ってシルバーマップと戦っており、アレックスとのコンビネーションや突進力といった長所を殺すことに専念しているようだ。
「2……3……」
アレックスの体は、すでに左半分が動かなくなっていた。
実家では常に落ちこぼれとして扱われ、それでも努力しても成果を出せずに、最後の頼みの綱であった【ギフト】でも才能無しと判断され、神様からも見放された。
「4……5……」
そのうえ、新天地でやり直そうとしたら、自分より年下と思われる女の子2人に阻まれて、開始1分も経たないうちにひっくり返ってカウントを受けている。また負けようとしている。
アレックスを実家から追放した両親や、自分を笑っていた人々の判断は正しかったということか。姉や弟たちから可哀そうと言われるほど、アレックスは情けない男なのか。
「6……7……」
「キュア……コンディション!」
確かにそうかもしれない。アーキツ家に相応しくないほどアレックスには才能も能力もないかもしれない。どんなに努力をしても弱いままかもしれない。
だけど、これ以上コンプレックスに……アレックスはその先の言葉をかみしめると、一気に起き上がって逆に千代に関節技をかけ返した。
「なぜ……どうして麻痺毒が、こんなに速く!?」
アレックスは答えなかったが、なぜ治癒術キュアコンディションを使えたかは簡単な話だ。シルバーマップはアレックスの分身。つまり、彼に出来ることはアレックスにもできる。そういう理屈なのである。
カウントは8で止まり、受付嬢は千代に対してカウントを取りはじめた。
彼女は必死な形相でアレックスの腕から抜けようとしたが、戦士としてしっかりと鍛えられたアレックスの腕力の方が優れている。
アレックスは千代の肺をしっかりと修練場の地面に押し付けると、彼女は暴れることもできなくなり、カウントの声だけが修練場に響いた。
「6……7……」
「…………」
千代は全身の力を抜いて諦めた雰囲気を出したが、アレックスは油断しなかった。自分が常に劣った立場にいたため、気を抜くなんてとんでもないという考えがあった。
「8……9……」
受付嬢は「10!」という声と共に千代を指さして、失格のジェスチャーをした。すると上空で逃げ回っていたマナツルも、肩から息をしながら両手を上げ降参のポーズをとる。
「この勝負、アレックスの勝利!」
無事に勝利を確定すると、アレックスの側にシルバーマップが下りてきた。
「さて、アレックスさん……どちらを仲間にしますか?」
受付嬢に聞かれると、千代とマナツルはどちらもうつむいていた。千代はアレックスに完敗していたし、マナツルも活躍らしい活躍ができなかったため、どちらも自分は選ばれないと思っているようである。
アレックスは、シルバーマップと相談することもなく答えた。
「じゃあ、両方」
その言葉を聞いて、受付嬢、千代、マナツルの3人はポカンとしていた。アレックスの答えはあまりにも場違いだと言いたそうだ。
しかし、シルバーマップは言った。
『小生はアレックスから召喚されている身だから、実質的に1対2で戦っているようなものなんだよね。次の予選には3人で参加しないといけないんでしょ?』
その言葉を聞いた受付嬢は、はっとした様子で言った。
「そうでしたね。ではチヨさんとマナツルさんは、アレックスチームに合流……という形になりますが、3次試験では試合が始まってからシルバーマップさんを呼び出してください」
アレックスとシルバーマップは、お互いを見合うと頷いた。
受付嬢から詳しい話を聞いたところ、3次試験も負けたチームからライバルを奪う試合となるようだ。