37.新たなる来訪者
アレックスがリリィの残骸に十字を切っているとき、地の奥底では一角獣の前にあった土人形が1つ崩れ落ちた。
「リリィがやられたようですね」
「状況がわからないので何とも言えませんが……忙しくなりそうですね」
狩人風の男が浮かない表情で言うと、一角獣は答えた。
「そうでしょうね。ここ150年……成し遂げることができなかった深淵へ足を踏み入れるのは、あのアレックスという者が最初かもしれません」
「だとしたら望むところです。この私を倒す者が現れる者を見ることこそ、私の望み」
狩人風の男が言うと、一角獣も満足そうに頷いた。
アレックス一行が霊木のところに戻ると、ルドルフたちに変わりはなかった。
彼らはまず、アレックスたちが無事に戻ったことに喜んでいた。
「凄い物音が聞こえてきて心配したぞ……ん? シルバーマップ!」
ルドルフはどうやらシルバーマップが牡馬に戻ったことに気が付いたようだ。他のアレックス隊のメンバーやオリヴァーも喜んでくれたが、その表情はどこかぎこちない。
やはり、アレックスが元に戻れないことを、誰しもが気にしているようだ。
「今、戻りました」
「元気そうでよかった。爆発音や木が折れる音が聞こえてきたから不安になったぞ」
「ご心配をおかけしました。悪魔は追い払ったので、一応は大丈夫だと思います」
「悪魔は強大な相手だ。たった2人なら、たとえ引き分けに持ち込んだのだとしても大金星だぞ!」
「全くその通りだ。見張りは我らに任せて、君たちはゆっくりと休んで欲しい」
顔では笑っていたが、アレックスは心の中では困惑していた。リリィさえ倒せば元に戻ると信じていたのにアテが外れてしまったのだからどうしようもない。男に戻ることはもうあきらめるしかないのだろうか。
そう思っていると、シルバーマップは言った。
『大丈夫。まだ1か月と少し時間はあるでしょ。最深部を目指してみよう……そこに、何か手がかりがあるかもしれない』
アレックスは頷いた。
「そうだね。とりあえずここに1週間かけて中継基地を作って、じっくりと最深部を目指そう」
休息をとったのち、アレックスとシルバーマップは建材の生産をはじめた。
生きた木から木材を作るには、切り出してから乾燥させる手間があるため、通常なら短くて2から3か月。長い時は2年ほどの歳月がかかるものだが、アレックスとシルバーマップは朽ち木やボロボロになった落ち葉の水分を抜いてから、錬金術を用いて木材を作り出すため、あっという間に柱が1つ現れた。
霊木の側に、連勤木材が積みあがったとき、マナツルも満足そうに頷いた。
「隊長。そろそろ時間がゼロになるよ」
彼女は秒読みを開始し、アレックス一行が眺めていると、彼女の翼はゼロと言ったとたんに元の白色へと戻り、オリヴァーは頷いた。
「今から戻って、ギルド長にこのことを伝えてくる」
「頼んだぞ」
オリヴァー中隊長の手を取ると、マナツルは【ギフト系スキル】を発動し、2人の姿は光に包まれて消えていった。
ルドルフも頷いて言う。
「私は草むしりでもしておこう」
「お、おいらも手伝います!」
およそ40分ほどで、ギルド長やドワーフ隊の中隊長、更にリカオン小隊長やアニク小隊長など5人がマナツルに連れられて姿を見せた。
ギルド長やドワーフ隊の中隊長は、霊木や山のように積みあがった建材を見て満足そうに頷いた。
「本当に魔境の一角に聖域があったのだな」
「うん。これだけあれば……小屋の1つくらいは建てられるだろう。あと土台となる岩か」
岩の調達は、アニクやアドハをはじめとした象族の戦士を中心に行われた。ドワーフ隊長の指揮のもと作業は急ピッチに進んでいき、その日の夜には屋根付きの資材置き場ができ、翌日にはギルド員が休む小屋ができ、3日目にはネズミ返し付きの食糧庫ができ、1週間が経つ頃には柵や門も備えた即席の前線基地が出来上がっていた。
5月も末日となった日、マナツルは一度は戻ったギルド長と、アゴカン王国の騎士たち4人を連れてやってきた。
「ルドルフ隊長に、アレックス隊長……」
「おお、マナツル……そちらの方々は?」
「お初にお目にかかる。我らは王国騎士団の者だ。陛下から直々に人類未踏の地を攻略せよ……というお達しを受けている」
その言葉にアレックスは首を傾げたくなった。確かにアゴカンの国王は以前からクレバスに興味を持っていたことは事実だが、このタイミングで虎の子と言える子飼いの騎士まで派遣してくるのは妙な話である。
「私はアレックスと申します。なぜ、このタイミングで陛下が……?」
騎士は「おお、君がこの地を切り開いた女傑か……」と呟いたのちに言った。
「結論から率直に言えば、ツーノッパ地域で火山が噴火したためだ。人々が大いにうろたえている今……国家として、民に不可能などないという決意と力を示さねばならん」
隣にいる騎士も言った。
「ああ、普通は対外戦争で勝つとか、そういう手柄になるのだろうが……アゴカン王国は国家間同盟の中心地。大陸の喉仏と言われる『約束の地』を持つ以上……平和的に力を示さねばならん」
アレックスは納得した。確かにそういう事情を持っているのなら、到達不可能と言われた深淵を切り開くことが重要かもしれない。
「な、なるほど……確かに大切な話ですね」
「わかってくれたか。我らはなんとしてもクレバスの奥深くに住むという一角獣を連れ帰る! ウーマシア大陸の中心地を収める国家として、一角獣の獲得こそ最も重要なのだ!!」
それは困ったな……と思いながら千代を横目で見ていた。彼女のお目当ても一角獣なので、探索の末にユニコーンを見つけられたとしても、苦労しそうである。