36.悪魔襲来
アレックスは意識を戻すと、すぐにシルバーマップを見た。
「ねえ……っ!」
『ルドルフさんにオリヴァーさん、ちょっと急用ができた……少し留守にするよ』
ルドルフが頷くと共に、アレックスはシルバーマップに跨って森の中へと駆け込んだ。恐らくだが、こちらにリリィの行動が断片的にわかるということは、向こうもこちらの動向を察することができるかもしれない。
いや、殺気は明らかにアレックス達に向いているから、その気になればいつでも位置を把握できるのだろう。今後の拠点となる霊木を傷つけるワケにはいかないので、なるべく離れた場所にリリィを誘導した。
シルバーマップも森の中を全速力で駆けた甲斐もあり、リリィが目の前に着地した時には、霊木から1.5キロメートルも離れた場所までの誘導に成功していた。
「あいたかったわぁ……女男ども」
リリィの目からはすでに瞳はなくなり、口からは血の混じったよだれが流れ出ていた。体中の血管も浮き出ており、この前に見たときとはまるで別人のようになっている。
「大人しく、田舎にでも引っ込んでれば童も、お前たちも幸せだったというのに……もう容赦しないわよ!」
悪魔リリィは体中の瘴気を燃え上がらせると、有無を言わずに襲ってきた。
シルバーマップとアレックスは、炎系の投射魔法を連続して放ち、リリィをけん制したが、リリィは無数の炎の中に自分から突っ込んできた。
アレックスとシルバーマップの放つ炎魔法は、火の中に聖なる力も込められているため、たまたま近くを通りかかった浮遊霊や、リリィの周りに纏わりついている悪霊をことごとく浄化して行ったが、リリィの勢いは衰えない。
狙いが自分だと察したアレックスは、大地の防壁を作って守りに徹したが、リリィの突進を受けて防壁は打ち崩され、アレックス自身も突き飛ばされていた。
「くっ……!」
受け身をとってダメージを最小限に食い止めたが、リリィは間髪入れずに襲ってくる。
速いと思ったが、直線的に狙って来たので、紙一重で避けたら深く皮膚をえぐられて血が溢れ出した。
「なんの!」
しかし、アレックスも転んでもタダでは起きない男だ。血をリリィの顔にかけて目潰しすると、蹴りを見舞ってコウモリ翼をへし折り、更にダメ押しの斬撃を見舞った。
「くっ……このぉ!」
最後の一撃は、リリィのガントレットに防がれてしまったが、彼女の翼は不自然な角度まで曲がり、ジリジリと瘴気が溶け出している。
アレックスは気分が悪くなったが、目尻にまで血管を浮き上がらせているリリィほどではない。
そこにシルバーマップが突進してリリィを攻めたて、はさみ撃ちとなったリリィは、片翼にもかかわらずにアクロバティックな動きでシルバーマップの蹴りを交わした。
アレックスとシルバーマップは、上空に逃れたリリィに向けて連続して炎魔法を放った。
リリィもまた、瘴気を練り上げたと思われる、闇系の投射魔法で応戦したため、炎魔法と闇魔法がぶつかり合い、巻き込まれた木々や岩が次々と傷付いていく。
2人がかりの火力に劣勢に立たされたリリィは、自らの折れた翼をもぎ取ると、大口を開けて食べはじめた。
これには、アレックスも啞然としたが、すぐに緊張感のあるシルバーマップの叫び声が響いた。
『でかいのか来るよ!』
その直後、リリィの背中から黒く、紫色のオーラを垂れ流す槍が姿を見せた。
それを掴んだリリィは、不敵に嗤いながら言う。
「喜びなさいゴキ○リ。妾のこの技に仕留められれば……永遠に生の苦しみから解放されるわ」
アレックスの背中からは冷や汗が流れ出た。
その漆黒の槍からは無数の目玉が現れ、一様にアレックスを映しているのである。どれも、悲しげな目をしており、これから犠牲になる者に同情しているかのようだ。
「喜んで、仲間に加わりなさい!」
槍の目に見つめられているせいだろうか。アレックスの足は竦んで微動だにしなかった。
しかし、大地の盾を作ることには間に合い、防御の体勢をとったが、槍は盾を素通りして直接アレックスの身体に突き刺さっていた。
アレックスの身体はバラバラに崩れ去ったが、リリィの攻撃と同時に攻めかかったシルバーマップは、勢いよく飛び上がり、リリィの胸を角で貫いていた。
地面に転がり落ちたリリィは、元の悪魔の表情に戻り、意味がわからないと言いたそうにシルバーマップを睨んでいた。
「なぜ? ……どうして、本体を……倒した……のに?」
その直後に、アレックスはシルバーマップの後に姿を表した。裸になってしまったが、服はまた着ればいい。
「ま、ま……さか……両方とも……ほん……」
その直後に、リリィはアレックスを見た。
ーーだけど、その身体……妾が思っていた以上に、あなたの身体に馴染んだようね
その言葉を言われ、アレックスはハッとしていた。
なんと、リリィを倒したにも関わらず、アレックスだけは男に戻っていなかったのである。
リリィは嬉しそうな表情をした。
ーーお供が牡に戻っているのに、あんたが戻らないのは何でだと思う? フフ……それはね。アレックスは心の底で、女の子でいる方が落ち着く。暮らし心地がいいと本気で思っているの
リリィは血を吐いたところで、アレックスは言い返した。
「確かに、お前の言うことは一理あるかもしれない」
シルバーマップも、驚いた様子でこちらを見たが、アレックスは鋭くリリィを睨んだ。
「僕の心には、実家から追い出されたという挫折がまだ残っている……お前のような低俗な悪魔を倒したくらいじゃ、僕の心は満足していないんだ」
「どうする……うの?」
「僕は、このクレバスの開拓をやめない! 僕自身が満足するその日まで、お前は僕の男らしさを見て幸せそうな顔をしていればいい!」
リリィは、顔を真っ赤にして牙を見せた。
「調子に乗るんじゃ……よ、落ちこぼれ勇者! ここから先……るのは、魔族の暗殺者。人間ごときが……てる相手じゃ……ごふっ……」
リリィの身体からは、残った瘴気が全て流れ出し、やがて消滅した。
その最期を見守りながら、アレックスは「噂の……救世主しか倒せない奴か……」と呟いた。




