33.神木の前に……
絶壁の道を通り抜けたとき、パーティーメンバーの全員がげっそりとした顔をしていた。
特にチームリーダーであるアレックスや、妹のいるハヤト、植物による回収で度重なるファインプレーをしたスカーレットの3人は、体重が2、3キロは減ったのではないかというくらいにやつれている。
「遂にコンパスが、明後日の方向ばかり向くようになったね」
『大丈夫だよ。向こうから少しだけど聖なる気が流れてきている』
安全地帯までやってきたアレックス一行は、シルバーマップを中心に休息をとることにした。
千代やマナツルが見張りを率先してやってくれたおかげで、アレックスやスカーレットは十分に休むことができたが、さすがにクレバス探索4日目ともなると、パーティーメンバー全員にも疲れが現れ始めてくる。
出発の準備を整えているとき、スカーレットは言った。
「あと少しよ。今日中にご神木の前にたどり着けると思うわ」
その言葉を聞き、パーティーメンバーは表情を和らげた。
体が疲れていても、ゴールが明確に見えていると士気も変わってくるものである。パーティーメンバーは隊列を組んで移動を再開し、再び瘴気の強い場所へと踏み込んだ。
「見て、動物が植物に絡めとられてる」
マナツルが言うと、千代も険しい表情で答えた。
「アビスローズ。瘴気を受け続けたツル科の植物が悪性変異を起こしたのでしょう」
「あの鹿……無事なのかな?」
その疑問には、スカーレットが答えた。
「残念ながら手遅れね。あの毛皮の下には無数の植物の根が絡み合っているわ」
気持ち悪いと思ったアレックスだが、アビスローズなどクレバスでは序の口だった。
冬虫夏草ならぬ冬獣夏草や、人や動物の耳に卵を産み付け、そのまま脳内を食い荒らすデビルバエなど、この土地には恐ろしい生き物が闊歩している。
その中でも印象的だったのは、ワイトと呼ばれるアンデッドモンスターだった。
一見すると、腐った死体が鈍重な動きでこちらに向かってくるという、ゾンビとよく似た不死者なのだが、本体はなんと周辺を飛び回るハエのような小悪魔たちなのである。
小悪魔1体だと、本当にハエサイズなのだが、それが万の単位で群がって魔力を出すことで、生き物の死体をマリオネットのように操っている。
スカーレットやシルバーマップが正体に気づかなければ、ゾンビと同じような対処になっていただろう。
『はーい、みんな目を瞑って~』
ワイトへの対処法は至ってシンプル。ユニコーンマスターのアレックスは剣を、シルバーマップがユニコーンホーンを強烈に光らせて歩み出るだけ。そうすれば、ハエサイズの小悪魔は次々と蒸発し、生き残った小悪魔もクモの子を散らすように逃げていくという訳である。
ちなみに、死体だけを壊しても解決にはならない。また小悪魔たちが別の死体を見つけて操るだけだからだ。
「なんでワイトって、こんなことするのかな?」
マナツルが不満そうに言うと、スカーレットは険しい顔をしながら答えた。
「悪魔は生き物の生命力を糧に生きているけど、実は新鮮な死体にも少しだけ生命力は残っているのよ。連中はハエのようにたかりながら、骨になる前に次の死体を作ろうとしている……と言われているわ」
「死体は探すより作る方が簡単……ということか」
ハヤトが小さな風の渦を指から飛ばすと、逃げ遅れてハエのように回っている小悪魔を巻き込んで浄化した。
「アレックス殿とシルバーマップ殿がいなければ、ワイトには相当苦戦するのでしょうね」
千代が言うと、スカーレットはもちろんと言いたそうに頷いた。
「本来ならここは、一流ギルドのギルド選抜チームのようなメンバーで来る場所よ。一角獣とはぐれたらまず生きて帰れないと思った方がいいわ」
マナツルやアドハの表情は、みるみる強張った。
その後も小休憩を取りながら進んでいき、午後になったときシルバーマップは落ち着きなく耳をあちこちに向けはじめた。アレックスも五感を研ぎ澄ませてみると、覚えのある気配を感じた。
これは……間違いない。
その方向を睨んだとき、物陰から見覚えのある男が姿を現した。
「久しぶりだな……女」
賊の頭だ。名前はビルだったか。
その周囲からは、おぞましい量の瘴気を放っており、悪魔と呼ぶにふさわしい威圧感をこちらにかけてくる。
ビルは笑った。
「ある御方からの御命令でな。ここから先は何人たりとも通すなと言われている」
その手が赤々とした剣を抜いた。
「引き返すか、叩き切られるか……好きな方を選びな」
アレックスもまた剣を抜くと、シルバーマップも角を構えたまま言った。
『敵は1人じゃないかもしれない。他のみんなは、奇襲に警戒して!』
「わかりました」




