31.立ちはだかる者
樹海の中を進むうちに日は暮れたため、野宿をすることになった。
幸いにも瘴気はそれほど強くない場所だったけど、シルバーマップは柔らかい草の上に座って、角を少しだけ光らせてくれた。ユニコーンホーンには瘴気を浄化する力があるため、これなら安心して眠ることができる。
当たり前の話だが、ウマにとって本当に弱点になる場所は両脇だ。
なので、右脇はアレックスが座り、左脇には象族であるアドハが座り、背中にはハヤトが乗って後方を睨み、正面は千代・マナツル・スカーレットが座るという姿勢で休むことにした。
「じゃあ、1時間ごとに見張りを交代しよう。まずは……千代」
「承知いたしました」
瘴気が薄いと言っても、ここが魔境であることに変わりはない。
気を張ったまままぶたを閉じると、ふと思った。そう言えばもう5月も中盤だというのに虫が寄ってきていない。実家でも何度か野営訓練をしてきたこともあるが、特に蚊のような生き物には苦労したものである。
どういうことなのだろうと目を開け、気配を探ってみると、確かに森の中には蚊やアブという厄介な小虫が飛び回っていた。
しかし、それがある程度まで近づいてくると、ひとりでに身を焦がして煙を上げ、ひらひらと地面へと落ちていく。もしかしてと思いながらシルバーマップを見ると、彼はそっと視線を向けてきた。
「もしかして今の……お前の能力か?」
『ファイアカーテン……炎系魔導士は、これが使えれば一人前と言われる能力だよ』
そうなのかと思っていたら、スカーレットはすぐに反論した。
「確かにそうだけど、貴方の場合は効果範囲が普通ではないわ……半径2.2メートルを長時間維持するなんて、普通はできない」
その言葉を聞いたアレックスは誇りに思った。自分の分身が優秀ということは自分自身にも同じことができるということだ。
自信が少しだけ付いたおかげか、アレックスは魔境の中でも比較的ぐっすりと熟睡することができた。朝になると、全員で野草のサラダを食べ、ほぼ万全な状態で探索を再開した。
「じゃあ、行こう」
比較的だが順調に進んでいるが、それでも気を抜けないのがクレバスの森だ。
瘴気の濃度が濃くなるほど魔物の気配も近づいてくる。途中で何度か魔物化したクマやイノシシが近づき、全員が立ち止まってにらみ合うというやり取りも起こった。
幸いにも相手は引き下がったため、アレックス一行は戦闘することなく、この日も夕暮れ時まで歩くことができた。
「さっきのクマはヒヤヒヤしたな」
ハヤトが言うと、シルバーマップも頷いた。
『こっちには人数がいるから、襲うにはリスクが高いと思ったんだと思う』
「あの熊は明らかに、アレックス隊長とシルバーマップ殿を警戒していましたよ」
千代が言うと、スカーレットも頷きながら言った。
「ユニコーンがいるだけでも厄介なのに、更にオーラを分け与えられるマスターがいるのなら、モンスターから見ればリスクは青天井……」
今まであまり褒められたことがないアレックスは、なんだかくすぐったい気持ちになりながら辺りを見回していた。すると、よく見ると見覚えのある場所だと思った。
「ここ、前に僕が捕まっていた……賊のアジトの近くじゃない?」
シルバーマップも『そういえば……』と言いながら辺りを見渡していた。
アレックスは考え込んだ。
頭を取り逃がしたということは、ここを根城に山賊が再び勢力を復活させる恐れもある。目障りな連中が余計な勢力を作っていないか、今のうちに確認しておいた方がよさそうだ。
「念のため偵察してくる。もし……僕の身に危険が迫ったら迷わず回収してほしい」
シルバーマップは頷いたが、千代は即座に言った。
「お待ちください隊長。偵察ならこの千代が……」
アレックスは即座に首を横に振った。
「敵方に僕の部隊の戦力を教えたくないし、もし敵方が僕を見かければ……すぐにアクションを起こす」
「た、確かに……」
「行ってくる」
アレックスが偵察に出ると、スカーレットは微笑みながら言った。
「普通なら隊長がやることではないのだけど……今回の偵察は妙手ね」
ハヤトも頷いた。
「ああ、むしろ千代は屋内や洞窟内での戦いの切り札だ。隠しておくに限る」
「お二方とも、千代はおだてても木には登りませんよ?」
仲間たちが笑いあっているとき、アレックスは草をかき分けながら賊のアジトだった洞窟に近づいていた。洞窟だけでなく、周囲にも人や生き物の気配はない。ないのだが、何か妙な気配を感じる。
「…………」
アレックスの脳裏にゴーストという言葉が浮かんでいた。そう思えるほど、その気配は不可解であり不気味だった。
本能は今すぐに逃げ出したいと叫んでいたが、アレックスは自らの意志でその声を押し込めた。正体がわからないまま帰ったのでは偵察しにきた意味がない。
「……よし」
アレックスは覚悟を決めて洞窟の中へと踏み込んだ。この暗闇を見ると、捕らえられたときの忌まわしい記憶が次々と蘇ってくる。そういえば、賊連中の多くはここで命を落としたまま眠っているんだった。
そのことを思い出すと、アレックスの感覚は研ぎ澄まされた。
今ならネズミはおろか昆虫の足音さえ聞き逃さないだろう。それほど五感を研ぎ澄ませたが、気配の正体がわからない。頭の部屋にも、拷問部屋にも、女たちの監禁場所にも、手下の寝室にも変わりはない。
さすがに考えすぎだっただろうか。そう思いながら洞窟の出入り口まで戻ってきたアレックスだったが、その歩みが止まった。
「………!」
そこには確かに一角獣の姿がある。だけどシルバーマップではない。それどころか、気配がなく、においもなく、そこに立っているという感じがしなかった。
だけど、見覚えはある……何度か夢の中にいた……そう、このユニコーンは……
「ジェネラルか……?」
そう問いかけると、その一角獣は表情を少しだけ緩めた。
『私は名もなき魂にすぎません……好きにお呼びください』
「僕に何か用か?」
再び問いかけると、一角獣は真剣な表情をした。
『勇気ある冒険者よ』
アレックスはごくりと唾を呑んだ。
ジェネラルと呼んだユニコーンの瞳は、とても澄み渡った湖のようにも、どんなことでも知っている満月にも、映した者を地の底に引きずり込む奈落の底にも見えた。
その瞳が、はっきりとアレックスを映した。
『単刀直入に申し上げます……私の伴侶になりなさい』




