23.魔境
アゴカン半島のクレバス。そこは冒険者街から1時間も歩けば入ることができる。
しかし、アレックスはこの場所に近づきたくはなかった。クレバスの奥底からはおびただしい量の瘴気が湧き出しているらしく、街外れにいる時点で身体がおかしくなりそうだ。
しかし、あの女悪魔を野放しにはできない。アレックスは自分を鼓舞すると、仲間たちを引き連れて入り口の森までやってきた。
「ここで一旦、休憩にしよう」
切り株に腰かけて休んでいたら、後からやってきた冒険者チームと目が合った。
相手は冒険者ギルドグラムロック。ツーノッパ地域でも北側に位置する国を支援者に持つ5大ギルドのひとつだった。
「お嬢ちゃん。となり失礼させてもらうぞ」
「……どうぞ」
ギルドグラムロックのパーティーは5人組だった。戦士3、魔導士1、弓使い1というファイブマンセルでは王道と言われる編成をしている。
そのうちの1人、恐らくリーダー格のトラ族の戦士は、アレックスの隣に腰掛けて話かけてきた。
「女の子ばかりのチームじゃないか……珍しいな」
「そうかい。僕としてはバランスも考えて組んだつもりだけど……」
「そのバッジはガルーダか。隊長さんは誰だ?」
ナンパ目的だとしたら面倒だなと思いながら、アレックスは水を少し飲みながら答えた。
「僕たちは、ルドルフ隊の下っ端だよ」
「ルドルフ! そりゃまた腕っぷしの立つ隊長さんのところにいるんだな」
うるさいなと思っていたアレックスだが、トラ族の戦士は一方的に話を進めた。
「俺はグラムロックのギラン隊のCチーム……名前はボブって言うんだ。一応隊長をさせてもらっている」
「ギラン隊か。遺跡探索に定評のある部隊だな」
そうハヤトが言うと、トラ族の戦士はにっこりと笑った。
「そういうこと! ここのことなら何でも聞いてくれよ……さすがに奥になるとわかんねーけど」
最後の一言を聞いて、アレックスはそれはそうだろうと思った。最近出現したばかりのクレバスなのだから、奥地まで知り尽くしているような冒険者など、まずいないだろう。
「僕はアレックス。こう見えても男なんだ……よろしく」
その言葉を聞いたボブは、何か訳ありなんだな……と言いたそうな表情をして「お、おう……よろしく!」と言いながら握手を交わした。
「実はここに来たばかりなんだけど、このクレバスはどんな構造をしているんだい?」
そう質問したら、ボブは頷きながら答えてくれた。
「ここはな……大きく分けて4つの階層にわかれている」
ボブの話ではクレバスの内部は、表と同じように日の当たる1層。
太陽の光の一部が遮られ、通常より2時間ほど日の出と日の入りが短くなる2層。
日に2時間ほどしか日が差さず、洞窟なども目立つ3層。
そして、全てが謎に包まれている4層。まであることがわかっている。
「そして、ここからが肝心な話なんだが……どうやら1層から2層を根城にしている犯罪者たちがいるという噂を耳にしたんだ。お前らは可愛い女の子が多いからな……狙われないように気を付けろよ」
「忠告、感謝するよ」
そう告げると、ボブは頷きながら立った。
「じゃあ、俺たちは先に行くぜ……ああ、あと言っとくけど、3階層以下じゃコンパスが暗黒磁場によって狂うこともあるから気を付けろ」
「あ、ああ……ありがとう」
普通なら暗黒磁場で狂うというところに注目するものだけど、アレックスはシルバーコンパスという能力を持っているせいか、方位磁針もコンパスと言うのだったという当たり前のことを思い出して、勝手に納得していた。
ボブの姿が見えなくなると、アレックス一行は互いを見合った。さすがに犯罪者がいると言う話は初耳だ。
「ウソを言っているようには見えませんでしたね」
クノイチである千代が言うと、エルフのスカーレットも頷いた。
「表情や心音から考えてもそうでしょうね。犯罪者グループはどれくらいの規模なのかしら?」
シルバーマップを見ると、彼は耳を済ませながら言った。
『用心するに越したことはないね。隊列から工夫してみようか』
間もなく、アレックスは部隊を再編成した。
先頭は千代。2番目はハヤト、3番目はアドハ。4番目にマナツル。5番目はスカーレット。6番目がアレックス。最後尾にシルバーマップという組み合わせだ。
その言葉を聞いたスカーレットは、すぐに心配そうにアレックスを見た。
「バッグアタックを受けたとき、アレックスに負担がかかってしまうけど……」
「そのために、君を5番目に配置した」
ついでに言えば、シルバーマップのようなウマの視野はとても広い。真後ろ以外の全ての状況を把握てきるので、バッグアタック警戒にはうってつけだ。
「あのー、どうしてオイラは一番先頭ではないんでしょうか?」
アドハの質問に、アレックスは淡々と答えた。
「一列に並んだとき、部隊は側面が弱点になるんだ。3番目に君がいれば、正面からの攻撃と側面からの攻撃に対処しやすい」
「な、なるほど……」
「他に質問がなければ、これで行くよ」
そう告げると、特に反対意見も出なかったので、探索を開始することにした。
ボブが言っていた通り、1階層と言われる部分は普通の森と変わらない印象だった。
特に瘴気を感じるわけでもないが、変わったものがあるわけでもない。
「……熊か」
千代の前に現れたクマだが、後に控えるアドハを見ると一目散に逃げ出していった。野生のクマでもゾウ族の戦士は怖いらしい。
しばらくの森の獣道を進むと、アレックス一行は再び休憩をとることにした。
30分置きくらいに小休憩を入れてはいるが、さすがに昼頃になると軽食くらいは取りたくなる。
「少し長めに休憩しよう」
仲間たちは、腰こそ降ろしたが警戒心までは解いていなかった。それぞれが肩を寄せ合うキャンプ地から少しでも外れれば魔境だ。
一部の実力者以外は、仲間からはぐれたら最期。トイレ休憩さえ、仲間のそばでしなければ危険という場所なのである。
シルバーマップは、近くに生えている野草に角を近づけて働きかけを行った。すると、植物はみるみる伸びていき、一人分の野草の山になって行く。
『はい。これを軽く洗って食べて』
「ありがとうございます」
千代は野草を受け取ると、水魔法を用いて大気から水を集めていた。そして野草を洗うと、それぞれの皿に盛り付けていく。
その間にもシルバーマップは、次の野草を成長させて千代に手渡し、という流れ作業をこなしていき、十分にランチと言える量の野草を確保できた。
「魔境探索中に、これほど贅沢ができるなんて凄いわ」
スカーレットが言うと、ハヤトも「全くだ……」と言いながら野草を口に運んでいた。
野草だけでなく、水も大気から十分に集められるのだからこのパーティーは凄い。
そう思っていたら、ハヤトはこちらを見た。
「それに、パーティー内にヒーラーがいる……ということが未だに信じられん。夢でも見ているかのようだ」
「そうなんですか?」
そう聞き返すと、ハヤトだけでなく千代やスカーレットまで頷いた。
「ヒーラーというのは、中規模以上のギルドの医務室くらいにしかいないものなのです。教会や病院からの定期検診の時にしか治療を受けられない……なんて話も珍しくないのです」
千代が言うと、マナツルもそうそうと言いたそうに頷いていた。
「しかも、ユニコーン付きだからね。こんなパーティー。冒険者街中を探してもここ以外にないと思うよ」
スカーレットも頷いた。
「有翼人が2人もいる時点で普通ではないわね」
休憩を終えると、アレックス隊は探索を再開した。
獣道を進んでいくと、少しずつ瘴気の濃度が濃くなっていき、外から差し込んで来る光も少しずつ少なくなってくる。
どうやらアレックス隊は、2階層と言われる場所に入ったようだ。
警戒したのも束の間、瘴気の濃度は薄くなり、少し歩くと再び濃くなるという波のようなものを感じた。
どうやら、風向きや障害物の有無によって、危険な箇所にバラツキが出るようだ。
しばらく進んでいくと、瘴気の薄い場所はなくなっていき、遂に瘴気の濃度も安定して濃い場所ばかりになった。
「ここからは、特に警戒しないとね」
「はい」
五感を研ぎ澄ませながらしばらく歩くと、千代が足を止めた。ハヤトやアドハも警戒した様子で足を止めて、アレックスに指示を仰いで来た。
「隊長。冒険者の一団が倒れています」
アレックスは、目を凝らしながら様子を窺うと、瘴気の先に倒れていたのが、何とボブ隊であることに気がついた。
ほぼ同時に、千代も飛んできた矢を切り払った。
「敵襲!」
瘴気の靄の中に複数の人影が映ると、やがて風を切る音と共に、何本かの矢がアドハのタワーシールドにぶつかってはじき返されたり、アレックスのそばに生えていた木の幹に突き刺さった。
「来るわよ!」
現れた襲撃者たちは、顔を覆面で覆っていたが、紛れもなく人間だった。
その数も軽く15人以上はおり、ハヤトは舌打ちをすると、そばにいたマナツルを抱えて空へと退避した。
「撤収!」
アレックスも、瞬間的に劣勢であることを察し号令をかけた。
千代はすぐに煙玉を用いて行方をくらまし、スカーレットもアドハを巻き込んで、植物の中へと退却した。
しかし、アレックスだけは逃げ遅れ、複数の敵に組み倒されてしまった。
「おい、こいつ……よく見れば女じゃねえか!」
一人が言うと、他の覆面たちもアレックスの顔を覗き込んできた。
「こりゃ、お頭に思わぬ贈り物ができるな」
そう言いながら男たちは下品な笑い声を上げていたが、隊長と思しき覆面はニコリともせずに言った。
「下手に傷つけるなよ。丁寧に運ぶぞ」
そう言いながら覆面の男は、アレックスの武器や鎧を取り上げた。




