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22.クレバスを目指して

 レッドマロン調達の依頼を受注すると、アレックスはすぐに準備に取り掛かった。

 水は千代が出せるから必要最小限で済むが、問題は食料である。象族の戦士アドハヴァディティアがけっこう食べる。

 アレックスは、すぐにシルバーマップに相談した。

「どれくらい食料は持ち込めばいいかな?」

『1日分で大丈夫じゃないかな?』

 アレックスは「え……?」と思っていた。

 これからクレバスに踏み込んで、どこに生えているかもわからないレッドマロンを収穫しに行くのである。日帰りで終わるような任務なら、他のギルド員に取られて夕方まで残るようなことはないだろう。

 しかし、シルバーマップは心配無用と言いたそうに笑っていた。


『クレバスには、鹿毛フォームで向かうつもりだよ。クレバスの中は瘴気で満ちているから、使い魔鳥を使っても5分と持たないし、小生自身も下手に飛ぶよりも身を守りたいからね』

 その話を聞いたアレックスは申し訳なく思った。自分が油断したばかりに女悪魔の奇襲を受けたから、分身であるシルバーマップにまで苦労をかけることになっている。

 自分の未熟さを歯がゆく思いながらも、アレックスは再び鏡に映った自分を睨む。そして言い聞かせる。


 アレックスは男だ。シルバーマップも立派な牡馬だ。今は女の子のような見た目になっているけれど、心の中には立派な肉食……い、いや、立派な角を生やした一角獣を飼っている。

 やがて気分が落ち着くと、アレックスはシルバーマップに言った。

「苦労をかけてすまない。ちなみに……1日分の食糧でいいと言ったのは?」

『小生は鹿毛フォームだと、植物を成長させたりすることができるんだ。だから、クレバスの中では野草を少し回収して増やせばいい』

「な、なるほど……確かにそれなら種を少し持ち込めば十分そうだ」



 こうして大幅に持ち込む荷物を削減することに成功したアレックスは、武器のメンテナンスに時間を費やすことにしたが、自分のショートソードを手にすると普段よりも重く感じた。

「……そうか、今は女の子になっているのだから筋力も落ちている」

 それだけでなく、身長自体も小さくなっているため、敵と組み合ったときには競り負けやすくなっている。


 アレックスは少し考えると、険しい顔をしながら鏡に映った自分を睨んだ。

 そして服を脱いで下着となり、自分の肌を見てみたが興奮はしなかった。確かに自分の体に興奮していたら重度のナルシストなのだけれど、アレックスは本来は男だということを思い出すと、なんだかとても悲しい気分になってくる。


 気を取り直したアレックスは、下着の姿のままショートソードを構えてみた。

 そして軽く振ってみると振りが遅いし威力もない。それに足元もふらつくため、こんな状態で敵とやりあえばどうなるのか、剣を習っていない人間でも容易に想像できると感じた。

「今のままじゃ絶対に勝てないな。戦い方そのものを変えていかないと……」


 そう独り言を口にしたとき、ドアが音を立てて開いて有翼人ハヤトが入ってきた。

 彼はアレックスの女性化した体を見て、羨ましそうな顔をしている。

「どうして、望んでもいない者の性別が変わり……私のような者の性別はこのままなのだろうな?」

 アレックスはハヤトの話を聞いて、やっと彼は本来なら彼女と呼ばなければならないことを思い出した。

「ハヤトさん……」


 アレックスは着なおすと、ハヤトと一緒に外を眺めていた。

 すでに夕日は沈んでおり10分もすれば夜になるという感じである。

「もしかして貴方も、リリィのような悪魔に?」

 そう質問すると、ハヤトは首を横に振った。

「いいや。私は生まれたときからこんな感じだよ。女の肉体を持っているのに……この体にずっと心が馴染まない。特に思春期になったとき、どんどん女性化していく体が私ではなくなっていくようだと思った」


 以前のアレックスではピンと来ない言葉だったのだろう。だけど、今の呪いによって性別を変えられてしまったアレックスは、なんとなく彼の言いたいことがわかる気がした。

 自分の手のひらを見て、アレックスはつぶやいた。

「小さい……自分の体なんだけど、自分のものではない気がする」

 その言葉を聞いたハヤトは真剣に頷いた。

「そう! その感じだよ……どうしてこうなったのか……私はずっと悩んだ。体の成長が止まって、同じ年の男どもに抜かれたときや、女性として成熟しはじめたとき、自分のなりたかった大人の身体と大きくかけ離れていった」

 ハヤトの表情が険しくなった。

「私は、ワシのように大きな翼に憧れていた。颯爽と力強く空を飛ぶ空の王者になりたかった。何人ものか弱い女たちの前で翼を広げ、怯える子供たちを勇気づけられるような……そんな存在になりたい」


 アレックスはその話を聞いて、ここでじっとしていられない気分になった。

 本来のなりたい、なるべき自分と今の自分が、あまりにかけ離れているのなら諦める気持ちも出てくるだろう。

 だが、今のアレックスは、顔立ちを見ても体を見ても自分に他ならないのである。中途半端に自分に似ているくせに、イメージの自分とはあくまで異質。そのことにアレックス自身、かなり苦しい思いをしている。

 ハヤトは思春期の頃から、ずっとこの感情と葛藤しているんだ。しかも、アレックスのように呪いの張本人を倒せば戻る、という単純な問題ではない。口には出せないが一生ついて回る問題だし、自力で答えを見つけるしかない。


 ハヤトは悩ましそうに夕焼けを眺めていた。アレックスは何も言わない。いや、何も言えないのだけれど、心の中ではある希望の兆しも可能性としてわずかに見えていた。

 自分が男の肉体を取り戻せば、ハヤトのこの苦しみも幾分か軽減できるのではないだろうか……?



「では、行ってきます!」

 翌日、アレックスは仲間たちを引き連れてギルドを出た。受付嬢のゾーイは「お気をつけて」と言いながら手を振っている。

 大陸でもっとも人類の手が及んでいない魔境へと、アレックスたちは向かったのである。

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