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20.存在証明の崩壊危機

 象族の戦士アドハは、その怪力で大剣を振りかざすと、村の中に侵入してきたゴブリンを10匹以上も薙ぎ払い、攻撃を逃れたゴブリンにさえも恐怖感を与えた。

 しかし、人間と同じくらいの背丈のゴブリンが怒りに満ちた声を上げると、ゴブリンたちは青ざめた表情をしてアドハへと向かってきた。

 アドハはそれも一振りで薙ぎ払うと前進し、人間大のゴブリンも一撃で粉砕した。


 その怪力に驚いたゴブリンたちは、アドハから距離を取ると一斉に弓矢を構えた。

 これにはアドハもタワーシールドを構えたが、ゴブリンたちの放った矢は次々と風によって方向を捻じ曲げられてゴブリンたちへと突き刺さった。

 村人たちは、その光景を見て大いに士気を上げていた。突入部隊はアドハによって薙ぎ払われ、弓矢による攻撃もハヤトの魔法によって防がれているのだから、ゴブリンは手も足も出ない。


 ゴブリンたちは恨めしそうにハヤトを睨むと、次々と錆びた武器を手にアドハに向かっていった。

 アドハは大剣を振り払うと、再び10匹以上のゴブリンを薙ぎ払い、更に一振りで向かってきたゴブリンの大半を戦闘不能にしてみせた。


 戦いの様子を遠くから見ていた、ボスゴブリンは悔しそうに爪を噛みながら撤退を指示しようとしていたが、近くに飛んでいるコウモリが視線を向けると、その指示を取り下げた。

 そして再び、全てのゴブリンに弓矢による攻撃を指示。狙いは象族の戦士アドハだった。


 ゴブリンたちの狙いを見た村人たちは、無駄なことをと言いたそうな表情で弓矢を構えた。ハヤトの風魔法の後で一斉射を浴びせれば、今度こそゴブリン側を潰走させるくらいのダメージを与えることができる。

 村人たちが得意げに弓を引き絞っている横で、ルドルフは険しい顔をしてアドハに命令した。

「シールドで身を守れ!」

「……!!」

 アレックスにもルドルフの言いたいことがわかった。矢の先には毒が塗られており、頼みのハヤトやマナツルのMPも残り少ない。アレックスはアドハの側に駆けていく。

 ハヤトとマナツルは力を振り絞ったが、矢は3割程度しか減らなかった。


 合わせて50本近い毒矢がアドハに迫る!

『アレク、障壁!』

 アレックスはアドハの後ろに立つと、地面に手をついた。

 するとアレックスの意識が地層の中へと広がっていく。自分の目の前2メートルの地点に岩のバリケードを連想すると、ちょうどアドハの前に彼の姿をすっぽりと隠すような岩の壁が現れた。

 直後に無数の毒矢が岩に突き刺さっていく。本当に間一髪のタイミングだった。


『小生を出して!』

「ああ……シルバーマップ!」

 シルバーマップを呼び出すと、想像していた通り岩鎧に身を包んだアーマーユニコーンが姿を現した。アレックスがその背に乗ると、戦士の中では軽装だった装備も岩の武具によって強化され、フルフェイスの完全武装へと変わっていく。

『突入するよ!』

「ああ!」

 シルバーマップが真っ赤な角と瞳を光らせながら突進すると、体の周囲には炎の渦が沸き起こり、近づいてくるゴブリンを片っ端から炎で焼き切っていった。

 大人サイズのゴブリンは体が焼けながらも向かってきたが、アレックスに殴られるとバラバラに砕け散った。その姿に恐れをなしたらしく、次々と一般ゴブリンは逃げ出したが、ボスと思しき鎧姿のゴブリンだけは剣を構えて向かってきた。


 シルバーマップは角を突き出したまま突進し、ゴブリンの振り下ろしてきた剣は、アレックスが大地系の投射魔法を放って狙いを逸らした。そしてマップの角はゴブリンの鎧を突き破って胸を引き裂き、両脚で蹴り上げ、鎧姿のゴブリンは木に叩きつけられて崩れ落ちた。

 アレックスは、シルバーマップの強さに唸っていた。確かに一角獣が闇の住人の天敵のような存在という話は聞いていたが、これほどまでに圧倒的なら何も恐れるモノは……

『アレク、横!』

「!? うわ……!」


 突然アレックスの視界に、大きな生き物がバタバタと暴れていた。

 慌てて払いのけようとするも息を吸ったとたんに、強烈な瘴気を感じて意識が遠のいた。


 頭の中がふわふわとし、自分が立っているのか座っているのかも判断できない。今は戦闘中だ。何とか意識を戻そうとしたとき、体の節々が引き延ばされたり押し込まれたりするような痛みが襲ってきた。

 シルバーマップの背から落ち、背中を強打していたにも関わらず何も痛みを感じない。


 意識が戻ったときには、アレックスは仰向けに倒れており、視界には初めて見る生き物が見えた。その生き物は人間とよく似ていたが、頭には赤い角を生やし、コウモリを思わせる片翼1.5メートルほどの大きさの翼を4枚ほど持っていた。

 何より印象的だったのは、鉄の物々しい下着と棘付きの首輪をつけ、紫色の麻縄で身体を飾るように縛っているところだ。優雅の対極にいるようなファッションである。

「あ、悪魔……!?」


 アレックスは、何とか立ち上がると女悪魔を睨んだ。

「笑っていられるのも今の……」

 なんだか声がおかしいと思いながら自分の喉を触ると……なんと、首自体が細くなり喉仏がなくなっていた!

「? ……!?」

 アレックスは愕然としながら自分の体を触っていた。肩幅が驚くほど小さくなり、筋肉量は落ち、腰幅が広くなり、胸が出て、体全体が柔らかくなった上に丸みを帯びている。

 まさかと思ってシルバーマップを見ると、コイツの身体からも筋肉が一気に減っており、股下をみると牡馬ではなく、牝馬になっていた。


「勇者の末裔の血とは……甘美なものね」

 そう言うと、女悪魔はクスクスと笑い声を響かせた。

『こおらあ! 小生のを返せ!』

 シルバーマップが怒りを露にすると、女悪魔は勝ち誇った表情のまま見下すように眺めてきた。

「嫌よ……男って、汚らしくて、スケベで、知性が無くて、暴力的で、気品の欠片もないもん。アンタだって今の姿の方がずっと魅力的よ?」

『それは、お前のエゴだ! 嫌なら最初から近づかなければいい!!』


 その言葉を聞いた女悪魔は、わかってないわねと言いたそうな仕草をした。

「あのねぇおウマちゃん。童は汚いモノをきれいにすることが好きなの。ゴキ〇リのようなものをこの手で可愛いお花さんに変える。それが童の使命……」

「僕らはそんなことは頼んでいないよ!」


 そう強く抗議すると、女悪魔は「善意でやってるのに、わかんないかなぁ……」と呟きながら深いため息をついた。

「しょうがないわね。そこまでゴキ〇リに戻りたいのなら……特別に教えてあげるよ。元に戻る方法はみっつ」

 2人で真剣に見ると、女悪魔はとても不愉快そうな顔をした。どうやら本当に善意でアレックスたちの性別を女にしたようだ。

「1つ目。童と取引をする……金塊をそうねえ……3000ほど積むか、もっと酷いけど凄く可愛くなる原石を見つけて差し出せば、元に戻してあげる」

「……残り2つは?」

「2つ目。童の家来、具体的にはこの身を守るガーディアン契約をする。3つ目は……童を倒す」


『3に決まってる! 今すぐに降りてこい!』

 シルバーマップの怒り方は、今までにないほど激しいものだったが、女悪魔は、そんなシルバーマップを嘲笑っていた。

「熱烈なプロポーズをありがと。だけどね……せっかく作ったお人形を童が傷つけるわけないでしょ。童と戦いたければ、竪穴の奥地まで来なさい。ただし1年以内にね」

「竪穴を1年でだと!?」

 そう聞き返すと、女悪魔は笑った。

「その術は、完全に体に定着するまで3か月くらいの猶予があるわ。それを越えたら……童でも元に戻すことはできない」

 恐らくアレックスの祖父なら1年あれば十分だと言い切れたのだろう。

 だけど、アレックスは違う。クレバスの恐ろしさは、遠く離れていても肌で感じていた。だから、怯えるのも無理はない。


 女悪魔はアレックスの様子を見て、好都合と言わんばかりに微笑んだ。

「いちばんのお勧めは……そのまま童の作品として生き続けることね。元気な赤ちゃんを産んでくれることを期待しているわ」

 挑発するように投げキッスをすると、女悪魔は世闇に紛れて姿を消した。


 正直、ここまで感情を逆なでされたのは初めてだった。

 確かにアレックスは他の勇者一族と比べて無能だったけれど、必死になって頑張ってきたし、冒険者として少しずつだけど実績も上がってきている。

 まあそれでも、アレックスのことはいい。たとえ女になっても冒険者はできるんだ。


 問題はシルバーマップだ。こいつは自分自身が牡であることに誇りを持っていたはずだ。恥ずかしげもなく卑猥な歌を口にしたりもしているが、これは自分の性別は男以外にはあり得ないと言い切っている自信の表れでもある。

 それを、勝手な感情一つで踏みにじるなんて……


 そう思いながら視線を落としたとき、地面に落ちている剣が視界に入った。

 刀身に女性化した自分の顔と、頬や唇から流れ出た血が見える。その時にアレックスは、自分にも十分すぎる非があることを思い出した。

 もっと僕が注意深ければ、マヌケではなければ、こんな屈辱を味合わずに済んだんだ。


 無性に悔しさがこみあげてきた。もっと強くなりたい……もっと強くなりたい。こんな思いはもう二度としたくない。

 アレックスは下唇を噛んだまま、夜闇を睨んでいた。

【作者からの挨拶】

 前半部を読んで下さり、ありがとうございます。

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