19.ゴブリン軍団との戦闘
その後、シルバーマップは入念にゴブリンの巣穴とその周辺を調査した。
それらの情報はアレックスやスカーレットが分かりやすく報告書にまとめ、ルドルフ中隊長が最終チェックを行っている。
「ゴブリンの巣穴の戦力は良い……各ゴブリンの体内のマナバランスはどうやって調べた?」
『小生の使い魔鳥をできる限り近づけたよ。通常の自然界ではありえないほど一部のマナが枯渇・凶暴化していた』
「ふむ……で、このページからは君とスカーレット君の考察か」
「はい。山林の無計画な伐採が原因となり、ゴブリンの体内に大地・水系のマナが著しく枯渇……一種の飢えのような状況を引き起こして凶暴化。地中に潜んでいた個体が次々と巣穴を通して地上に出てきたものと思われます」
ルドルフは全ての項目に目を通すと頷いた。
「これほど解りやすいし報告書なら、ギルド長も的確な判断を下してくれるだろう」
彼は有翼人ハヤトを見た。
「早速、ギルド長に……」
「承知!」
ハヤトは手早くギルド長に報告書を届け、その日の夕方にはリゲルグ村へと帰還した。
その距離を考えると、彼も可能な限り速く飛んでくれたのだろう。報告だけではなく、ギルド長からの返書も持って戻ってきてくれた。
「ルドルフ中隊長。今戻った」
「どうだった?」
「報告書に目を通したギルド長は臨時会議を開き、各中隊に最低1部隊は援軍を出すように指示を出していました」
その言葉を聞いたルドルフ隊長は、ほっとしていた。
「そうか。それなら心強いな」
ハヤトの報告を聞いていたシルバーマップも、上出来と言いたそうに笑っていた。
『これで、本隊と合流できれば、コブリン討伐も問題なく進められそうだね』
「ああ、僕らにとっては記念すべき初陣になりそうだな」
シルバーマップは、周囲の様子を見渡すと頷いた。
『特にゴブリンの斥候もいないし、小生は明日に備えて先に休んでいるよ』
アレックスは、シルバーマップが自分の毛色を変えるつもりなのだと察した。コブリンのような森や洞窟に潜む相手の場合、ペガサスフォームよりアーマーフォームの方がいいだろう。
「今のうちに、しっかり疲れをとっておけよ」
そう伝えると、シルバーマップは満足そうに笑いながら姿を消した。
アレックスもまた、村長の家の客間で早めの就寝を取っていると、隣で寝ていたルドルフ中隊長が起きていることに気が付いた。
なんとなく彼が起きた理由がわかる。空気がなぜか張りつめているのだ。そっと視線を向けるとルドルフ中隊長も無言で視線を返してきた。
これはただことではないと感じたアレックスは、隣で眠っている象族の戦士アドハを揺すり起こし、小声でシルバーマップの名を呼んだ。
『フォームチェンジが終わるまで……あと20分』
そうだった。シルバーマップはフォームチェンジを終えるまで表には出られないのだった。思わぬ弱点が露呈したと思いながらも、アレックスはルドルフ中隊長と目を合わせた。
ルドルフを先頭に一行は、音を立てずに武具を装備し直すと廊下へと出た。すると、女性陣も異様な空気を感じ取っていたらしく、スカーレット、千代、ハヤト、マナツルも姿を現した。
スカーレットが村の北門を指さすと、ルドルフは黙ってうなずいた。
やがて一行は村長の家を出て、音を立てないように細心の注意を払いながら、柵の側や門の影に身を潜めていた。見張り役の村人は呑気に欠伸をしており、まだ異変には気が付いていないようだ。
「…………」
「…………」
ルドルフや千代が耳を済ませると、表から複数の弓の弦を引き絞る音が聞こえてくる。
ハヤトもまた物陰から様子を眺めており、密かに指先に風の渦を纏っていた。そしてゴブリンの叫び声と共に矢が解き放たれる音が響き、次々と火矢が村を目掛けて突き進んできた。
「ワールウインド!」
ハヤトの発動した風魔法は、向かってくる矢の進行方向を一気に狂わせ、30近い矢が全く関係のない場所に落下したり、放った相手に戻ってダメージを与えていた。
しかし、さすがにすべてを防ぎきることはできずに、何十という炎付きの矢が柵や門、民家の屋根などに命中して燃え広がっていく。
同時に、無数の足音と共に村の北門を、ハンマーのようなもので殴りつける音が響いた。
「そ、そうはさせるかぁ!」
象族の戦士アドハは、たった1人にも関わらずに北門を支え、その力強さを見せつけてくれた。攻撃を受けた自警団員も慌てて警鐘を鳴らして、村人たちに異変を知らせている。
スカーレットはすぐにロッドを光らせて、炎の球を7ほど作り出して放った。有翼人ハヤトも5発の風の刃を放ち、マナツルも3発の風の刃を放つ。
ゴブリンたちが堀を泳いで近づいてくると、千代も水塊を放ってゴブリンを溺れさせ、アレックスも魔法を撃とうとしたが、思ったようにチャージができなかった。
「シルバーマップ……なるべく急いでくれよ」
アレックスはすぐに剣を抜いた。ゴブリンの一部が堀を泳ぎ切って柵へと近づいてきたからだ。ルドルフや千代も剣を抜いて応戦の体勢を取ると、騒ぎを聞きつけた村の男たちや自警団員も集まってきた。
「ゴブリンどもが柵に近づいているぞ!」
ルドルフが叫ぶと、村人たちは次々と槍を構えて、柵に近づいてきたゴブリンを貫きはじめた。彼らは村の防衛に慣れているようで、手際よくゴブリンを倒して柵を崩させない。
ゴブリンは中距離、遠距離から弓でこちらを狙っていたが、ハヤトの風魔法で狙いを逸らされたり、スカーレットの炎魔法に狙い撃たれ、次々とゴブリンは倒れていった。
しかし、村人の1人が叫んだ。
「て、敵の増援部隊だ!」
その直後に無数の矢が放たれる音が響いた。ハヤトは風魔法でけん制をかけたが、全ての矢を防ぎきることはできずに、半分近い矢が降り注いで柵や民家、更には村人たちに襲い掛かった。
同時に、村の北門もハンマーの攻撃を受けて、大きく悲鳴を上げるように軋んだ。
「隊長! 城門が……壊れます!」
ルドルフはすぐに叫んだ。
「門から離れて交戦準備を!」
「は、はい!」
間もなく門が破られると、何十という数のゴブリンがなだれ込んできた。