16.冒険者生活スタート
冒険者ギルド【ガルーダの微笑み】。
アゴカン半島の5大ギルドの1つに数えられる名門ギルドであり、大陸中央部の人々が中心となって創設したギルドである。
その最終目的はやはり、近年発見された巨大クレバスを調査することであるが、食欲旺盛な象族の戦士たちや、何かと物入りな有翼人が多いガルーダでは、まず解決しなければならない大きな課題がある。
そう。これからアレックス小隊長も悩むことの多いマネー。つまりお金のやりくりである。
「…………」
状況を簡単に整理したところで、アレックスはルドルフ中隊長から貰った部隊表を眺めた。
まず、【ガルーダの微笑み】は月給制である。アレックスはシルバーマップの管理分の手当てを含めて金貨15枚。マップ風に言えば月給45万円ほどを貰っている。
更に、エルフのスカーレットと有翼人ハヤトも、なかなかに高給取りだ。彼らの月給は金貨10枚。
クノイチである千代には金貨7枚。冒険者1年生である翼人マナツルと象獣人アドハヴァディティアは金貨5枚ずつのお給料をもらっている。
わあ凄い凄い。なんて喜んでいる場合ではない。
合計で52枚。156万円ほどの金貨を最低でも稼がなければ、ギルドから足手まとい認定を受けて評価が下がり、減給処分を受けたり、もっとヤバい場合はルドルフ隊DチームからEチームへと降格になる。
各中隊の最後尾部隊に割り当てられてしまうと、月末に入団希望者との戦いに応じる必要があり、戦いに負ければ高確率で解雇。勝ったとしてもしょうもない戦いをすれば、ギルド長や中隊長から直々にクビ宣告を受けるという、とても厳しい現実が待っている。
そこまでアレックスが考えていると、ルドルフ中隊長は言った。
「ちなみにギルドからは、1か月で金貨80枚ほどを稼ぐように言われている」
「80枚!? 設備の使用料にしては高いですね」
「なんでも設備の一部が老朽化しているから、建て替えのためにお金を貯めたいそうだ」
前言撤回。今月の目標は金貨80枚。およそ240万円である。
どうしようこれ……と思っていたら、ルドルフは言った。
「事務所に行けば、様々な依頼が集まっているし、君の部隊には翼人やエルフなど特殊能力を持った仲間たちが揃っている。きっと上手くいくだろう」
とりあえずアレックスは、仲間たちを連れて事務所に向かうことにした。
事務所には受付嬢のゾーイがおり、集まったギルド員にテキパキと仕事を斡旋していた。ゾーイはアレックス一行の入団試験の際にも審判をしており、他の受付嬢よりも親しみが持てる。
いよいよアレックス一行の番になると、彼女は翼人2人とシルバーマップに注目していた。
「アレックス隊にお勧めな仕事はこれですね」
彼女が差し出した仕事は、ハーブ農園から病院への薬の輸送だった。
それを見たアレックスは陸路でもいいんじゃないかと思ったが、隣にいたシルバーマップは『なるほど』と言いながら頷いていた。
『ハーブ園から病院まで、陸路だと大回りするうえに橋も越えないといけないかったね』
「陸路だと賊に襲われる道もあるうえに丸3日かかるから、どうしても空から輸送する必要があるの」
「わかりました。引き受けましょう」
引き受けると、やり取りを眺めていたエルフのスカーレットは言った。
「なら、私も同行しようかしら。輸送はできないけれど薬なら作りなれているから、ハーブ園で働くこともできるわ」
「では、おいらも雑用を!」
「千代にもできることがあるかもしれません。ご同行します」
せっかくなので、アレックス隊全員でハーブ園に向かうことにした。
ハーブ園は山の中にあり、周囲は高い塀で囲まれていた。場所から賊の類に襲われることはわかるが、その警備の厳重さには驚かされる。
「ガルーダの微笑みから来た、アレックスと申します」
そう言いながら身分証を提示すると、受付のガードマンは門を開いてくれた。
ハーブ園の中は、倉庫や薬草をペーストする工場と思われる建物もあるが、大半は薬草を育てる畑や透き通るような泉や小川だ。
依頼人の所長は、泉の水質を調査していた。
「おお、ガルーダギルドの人か!」
彼はアレックスのバッジを見ると、すぐに頷いた。
「アレックスといいます。薬の輸送や仕事の手伝いなどに来ました」
所長はすぐに頷いた。
「ちょうど、従業員がひとり当日欠席していまったんだよ。薬を調合できる人がいるといいが……」
スカーレットや千代が歩み出た。
「それなら、私たちが役に立てるかもしれません」
アレックスたち飛行組は、所長に案内され製品の保管場所へと向かった。
薬は箱に梱包されて置かれており、所長はニコニコと笑いながらこちらを見た。
「この箱を宛先の病院に届けてください」
「これひとつで、どれくらいの重さなんですか?」
そうアレックスが質問すると、所長はすぐに答えた。
「箱ひとつにつき20キログラムあるよ」
アレックスは、すぐにシルバーマップを見た。
「いくつくらい運べそう?」
『アレクを乗せないといけないし、今日は天気が穏やかとは言っても、初めての配達だから様子見で……5箱くらいにしたいな』
所長はうんうんと頷いていた。さすがに職業柄ウマが喋ることには慣れているようだが、さすがに5箱のところで驚いていた。
「腕利きの有翼人でも2箱が限度なんだよ。そんなにたくさん大丈夫なのかい?」
『しっかりと背中に括り付けて貰えば十分に運べるよ。なにせ小生のような天馬は、フル武装の騎士を乗せて運ぶことも珍しくないからね』
それを聞いた所長は、それもそうかと言いたそうに頷くと。積み荷を括り付ける作業を手伝ってくれた。すでにシルバーマップは、背中の翼も現しているので、どこに荷物を乗せれば負担が少ないのかも一目でわかる。
「では、これが配達先が書かれた地図になるよ。よろしくね!」
「行ってきます」
シルバーマップが5箱。ハヤトが2箱。マナツルが1箱を持って空へと飛び立った。施設内に残っているスカーレット、千代、アドハの3人もそれぞれ作業を開始している。
アレックスもシルバーマップの背に跨ったまま地図を広げようとしたら、マップは地上にある山林を睨んでいた。
「どうした?」
『地上から、小生たちを監視している人間がいるね。何が目的だろう?』
アレックスは、シルバーマップの視野の広さに驚いていた。自分は地図を見ることに夢中で、見られていることなんて全く気付かなかった。
近くを飛んでいるマナツルも、「え?」と言いたそうに周囲を見回そうとしたが、ハヤトは動きをけん制するように声をかけていた。
「下手にキョロキョロするな。勘づいたことがバレる……それから」
彼は小さな声でささやいた。
「ハーブ園から南東部の林だ」
その言葉を聞いたシルバーマップはニッと笑った。どうやらハヤトの言ったことが正解らしい。
この日は無事に川を越えることができ、冒険者街に点在する病院や教会を合わせて8か所ほど巡り、全ての荷物を配達し終えると、ハヤトやマナツルは軽々と空を飛んでいた。
一方、シルバーマップも口では『楽になった』とは言っていても、それほど体の動きが変わっておらず、ウイングユニコーンのパワーに仲間たちは驚かされていた。
「凄いな……軽く160キログラムの人や荷物を背負っても悠々と飛べるとは」
ハヤトが言うと、マナツルも頷きながら言った。
「私なんて、20キロのリュックを担いだだけで大変だったのに……」
シルバーマップは笑って答えた。
『小生は体重自体が500キログラムあるからね。160キログラムなら……せいぜい体重の3割ちょっとなんだよ』
「なるほど。そういう考え方もあるか……」
ハーブ園に戻ると、ちょうどスカーレットたちも仕事を終えており、職員の多くが帰り支度をはじめていた。
「所長。配達が終わりました」
アレックスが配達先から貰ってきたサイン入りの紙を手渡すと、所長は満足そうに頷いていた。
「あれほどの量を、この時間に終わらせるなんて手際がいいね!」
彼は小切手を差し出した。
「シルバーマップ君の分が金貨5枚。ハヤトさんの分が金貨2枚。マナツルさんの分が金貨1枚。スカーレットさんも金貨1枚。チヨさんには銀貨5枚。アドハ君には銀貨3枚の報酬を出そう」
アレックスは上出来だと思いながら小切手を受け取った。部隊全体で金貨9枚と銀貨8枚を稼げたのなら、初日の活動としては幸先が良い。
象族の戦士アドハヴァディティアは、羨ましそうにアレックスを見ていた。
「さすがは隊長ですね。おいらではどんなに頑張っても銀貨3枚しか稼げなかったのに……」
『頑張ったのはあくまでマップだし、アドハにはアドハのいいところがある』
そう言うとアドハは嬉しそうに笑った。
彼にはアレックスにはない強さがあるのだから、自分のように卑屈にならずに伸び伸びと自分の長所を伸ばして欲しいとアレックスは思っていた。
ガルーダの微笑みに到着すると、アレックスはハーブ園の所長から貰った小切手を受付嬢ゾーイに渡した。彼女は初任務が上手くいったことに喜んでいたが、報酬金額を二度見していた。
「金貨9枚と銀貨8枚!? ど、どこか別の翼人隊と協力でもしたの?」
「マップが1頭で5箱も運んだので……」
受付嬢ゾーイは「なるほど……」と言いながらシルバーマップを眺めていた。恐らくだが、シルバーマップの浮力なら、それくらいの量は運べると判断したのだろう。
アレックス一行が、ガルーダの翼人部隊の先輩たちに注目されていたころ、一人の男が洞窟の奥へと向かって歩いていた。
男は、午前中にアレックス隊を林の中から監視していた。
「ジェネラル。ハーブ園を監視していたところ……新たな運び屋を確認しました」
男の視線の先には布で仕切られた空間があり、奥にいる何かはグラスでも揺らすようなしぐさをしていた。
「なるほど。ハーブ園と冒険者街の分断できれば冒険者の侵攻を遅らせることができます。またいつものように事故に見せかけて撃ち落としなさい」
「……それが、今回は手練れと思われる有翼人と角付きのペガサスがいました。一筋縄にはいかない相手かと」
「ふむ……どこのギルドの手の者でしょう?」
「ガルーダの連中です」
「ガルーダですか……最近、急速に勢力を拡大している連中。少しばかり目障りですね……」
奥にいる何かは、少し思案するように間を開けていたが、やがて言った。
「ならば、まずは外堀から埋めるとしましょうか。ガルーダには村ぐるみで支援をしている所がありましたね」
「はい。一番近い場所は、リゲルグ村でしたね」
「そこにゴブリンナイトを派遣しなさい」
その言葉を聞いた男は、少し表情を変えた。
「ゴブリンナイトですか……そんなものが現れたくらいでゴブリンどもが言うことを聞くでしょうか?」
男の意見を聞いていた何かは、クスクスと男とも女ともわからない声で笑った。
「騙されたと思って試してみてください。十分に打撃を与えられると思いますよ」
その意見を聞いた男は、かしこまった様子でお辞儀をした。
「す、すぐに手配します!!」
誰もいなくなった洞窟の中で、何かはつぶやいた。
「魔を隠すなら魔物の中……さて、どれほどの大物が釣れるでしょうか……?」