11.最終試験に向けて
行きつけの宿屋の親父さんは、アレックス一行を見てまたポカンとしていた。
東洋の少女千代。有翼人のマナツルに加えて、エルフの魔女スカーレットまで加わっているのだから、驚くのは当然かもしれない。
アレックスは平然と話しかけた。
「親父さん、また泊めて欲しいんだけど」
「あ、ああ……4名様なら銀貨4枚になるよ」
銀貨4枚を受け取ると、親父さんはアレックスを眺めた。
「その様子だと3次試験も受かったのか」
「うん。スカーレットが特に手強くてね。何とか僅差で勝って引き抜くことができたから、また強いチームになったよ」
「私としては、頼りになる中堅戦士……できればタンク役が欲しいところね」
スカーレットが言うと、千代やマナツルも確かに……と言いたそうに頷いた。
「次の試合は現役の冒険者たちだからね。なんとしても勝って……あの象獣人の男性を仲間に入れたい」
アレックスが言うと、親父さんは表情を変えた。
「ちょっと待ちな兄ちゃん。まさか、アニクと戦うつもりか!?」
「あの象獣人って、アニクという名前なのですか?」
そう聞き返すと、親父さんは険しい顔をした。
「あの力馬鹿と戦うのはやめた方がいい……今まで何人もの冒険者が、あいつと対戦して再起不能になっているんだ。命を落としたやつだって両手の指で収まらないほどいる」
そう忠告されたが、アレックスはもちろん試験を下りるつもりはなかった。
アレックスに帰る場所はないのだから、新しい居場所を勝ち取らなければならない。冒険者としてやっていくには、そういう強い使い手を下し、自分の仲間に入れることも必要なのである。
「忠告ありがとう。だけど……こちらにも引けない理由がある」
「そ、そうか……なら、とにかく、直接組み合うなよ……」
宿屋の主人は険しい顔をすると、服を脱いで上半身を露にした。
「かすっただけでも……こうなる」
アレックス一行は、その生々しい傷跡を見てゴクリと唾を呑んだ。
それからアレックスはカギを受け取ると、この宿でもかなり良い部屋へと入った。
女性陣は感激の声を上げていたが、アレックスの脳裏には先程の主人の身体の古傷が焼き付いていて、同じように喜ぶことが出来なかった。
それからアレックスたちは、マナツルの容態をシルバーマップに診せたが、彼はマナツルの傷を角の光で消毒すると、傷口よりも翼が繊細な動きをできるかどうかに気を配っていた。
『特に痛みがないなら大丈夫だけど、翼はデリケートなものだからね。少しでも違和感を覚えたらすぐに相談して』
「心に留めておくね」
一角獣の許可がおりたところで、一行は食事やサウナ風呂を楽しんだが、アレックスの脳裏には主人の古傷がチラついていた。
女性陣の全員が就寝したところで、シルバーマップはそっと目を開けてアレックスを見た。
『女の子が増えて、いよいよビンビンが収まらなくなったのかい?』
アレックスが呆れ顔で「バーロー」と答えると、シルバーマップはすべてを見透かした、月夜の湖のような瞳を向けてきた。
『昼間の主人の傷が……頭から離れないんだね?』
「そうだよ。僕は……落ちこぼれだから、ああいうモノを見ると他人事とは思えないんだ」
『落ちこぼれが最終試験まで行けるわけない……とは思わないのかい?』
アレックスは、くすぐったいような気分になった。シルバーマップにそう言ってもらえるのは正直に嬉しい。運や仲間たちの機転に救われたとはいえ、最終試験まで残れているのも凄いことだ。弱いと思っていた自分がここまで来れたことは、きっと自信にもなる。
だけど、それくらいの成功体験だけでは拭い去れないほど、アレックスの劣等感は自分の精神に染み付いているのである。
「ありがとう……だけど、長男なのに家を追い出されたという失敗が、僕にとってはあまりに大きすぎるんだ」
アレックスは、ぐっと手を握りしめた。
「何かの表紙に、今のメッキのようなものが剥がれて……ダメな自分がさらけ出されてしまう。また、目も当てられない失敗をする……そんな不安が、頭から離れない」
その話を聞いていたシルバーマップは、うんうんと頷いていた。
『その不安、小生にもよくわかるよ。これは多分だけど……もっと多くのことを経験しないと治らないだろう』
その言葉を聞いたアレックスは、安堵と落胆を同時に味わっていた。さすがのシルバーマップでも、トラウマだけは簡単には治療できない。だけど、解決不能と言われている訳でもない。
「次の戦い……どうする? 何か新しい技とかを覚えた方がいい?」
『今から学んでも、付け焼き刃的な技にしかならないよ。それより……小生や仲間との連携を意識した方が賢明だと思う』
シルバーマップの見立ての通りマナツルの傷はすぐに完治したため、3次試験の7日後には最終試験を受けられる状況となっていた。
試験当日。アレックスは仲間たちと共に冒険者ギルド【ガルーダの微笑み】を目指しながら世間話をしていた。
「いよいよですね」
千代が言うと、マナツルも表情を引き締めていた。
「最終戦の相手は戦士を中心に編成されたチームよ。カギとなるのは……やはり貴女でしょうねマナツル」
スカーレットが言うと、マナツルもしっかりと頷いた。
「制空権をしっかりと取って、みんなを援護するね」
アレックスもぐっと手を握りしめていた。まず自分のやるべきことは5対4という有利な状況を作り出すこと。次に、戦い序盤で4対1となる千代を早めに援護することだ。
そう気負っていると、スカーレットは察した様子でアレックスを見た。
「貴方は、シルバーマップを出すことだけに専念して。千代は私やマナツルがサポートから」
彼女の話を聞き、アレックスも幾分か安心した。
千代もマナツルも、そしてスカーレットも大いにアレックスを苦しめてきた戦士だ。そんな彼女たちが味方にいるのだから心強いに決まっている。
一行がガルーダの微笑みに赴くと、受付嬢は先に訪れたチームの対応をしていた。
「あ、貴方たち……!」
スカーレットが話しかけると、元スカーレットチームの戦士2人が振り返った。
「姉さん!」
どうやら彼らは、マナツルが敗れた後に連勝して4人組のパーティーを作ることに成功したようだ。残りの2名は、1次予選でアレックスと同じタイミングで合格した顔ぶれである。
「俺たち、これからオリヴァー中隊のひとつCチームと対戦するんですよ」
「募集人数が1名しかいないから……なんとしても勝ちたいですね」
その話を聞いたスカーレットはにっこりと笑った。
「頑張ってきなさいよ」
「はい!」
間もなく受付嬢は、ラウル隊とアレックス隊を連れて修練場へと向かった。
そこにはラウル隊の対戦相手であるオリヴァー隊Cチームと、ルドルフ隊Dチームが控えており、向こう側の戦士たちはピリピリとした空気を漂わせていた。彼らの立場から見れば、負ければ職を失うわけだから嫌でも力がはいるというものだ。
アレックスは自分の対戦相手である、ルドルフ隊Dチームの象獣人アニクを睨んだ。あの戦士が欲しい。あの戦士に勝ちたい。
受付嬢は言った。
「では、チームラウルと、オリヴァー隊Cチームの試合を開始します」
「お願いします!」
奇しくも、チームラウルもオリヴァーCチームも、戦士2、弓使い1、魔導士1という編成だった。
バトル開始と共に各ポジションの戦士たちが1対1の戦いを始めたが、動きの良さは現役冒険者チームであるオリヴァーCチームの方が一枚上手という様子だった。
その動きを見ているのはアレックスたちだけでなく、中隊長のバッジを付けたオリヴァーと、その補佐と思しき、バッジに星が1つだけ付けた男性が目を凝らす様子で戦いを眺めている。
およそ40秒ほどで、オリヴァーCチームの弓使いがチームラウルの弓使いを撃破し、そこからは一気に現役冒険者チームの流れとなった。ライルと中年剣士は何とか頑張りぬいていたが、多勢に無勢という状況になり、最後は4対2で囲い込まれるようにやられてしまった。
「この試合……オリヴァーCチームの勝利!」
受付嬢の言葉で、オリヴァーCのメンバーは喜んでいたが、中隊長のオリヴァーは厳しい顔で言った。
「確かにチームとしては、我がCチームが勝ったが……」
彼はキビキビとした足取りで近づくと、Cチームの戦士1人のバッジを服から引きはがした。
「た、隊長!?」
「足手まといは必要ない。お前は我が部隊から除名だ」
その言葉は、アレックス一同だけでなく、側で聞いていたルドルフDチームのメンバーも驚かせていた。
「ま、待ってください……隊長!」
「お前たち、その役立たずをつまみ出せ」
騒然とした表情をするラウルと中年剣士だったが、オリヴァーの視線が向くとすぐに表情を引き締めた。
「あの劣勢の中での戦いぶり……見事だ。君たち2人をCチームに加える。以上だ」
「は、はい!」
除名された戦士の叫び声が少しずつ遠ざかっていくと、受付嬢は我に返った様子で言った。
「では、続いて……ルドルフ隊Dチームと、アレックスチーム……前へ!」
アレックスはゴクリと唾を呑むと、仲間たちと共に前へと出た。




