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1.アレックスという青年

 僕こと、アレックスは激しい劣等感に悩まされていた。

 自分自身の実力が勇者一族に相応しくないのである。

 アレックス・アーキツは祖父に異世界人を持つ名門一族の青年だ。祖母は大賢者の異名を持っており、父親はツーノッパ王国で最も強いと言われる冒険者。母は公爵家の三女にして宮廷魔導師に籍を置く人物。どう転んでも強くならないはずがない。


 現にアレックスの姉は、20を前にして騎士団長と肩を並べるほどの実力を持ち、1つ年下の弟も、老舗冒険者ギルドのベテランクラスさえも負かす剣の腕を持ち、3つ年下の妹も大賢者と言われた祖母を思わせる魔法の才能を持っている。

 特に年が近かったため、アレックスは弟とよく比べられた。例えば、初めて弟と剣術の試合で負けたのは12の時だ。しばらくの間は勝ったり負けたりという状況が続いていたが、アレックスが15歳になったときには勝つことが珍しくなり、16歳になったときには全く勝てなくなった。


 最初のうちは父親からはよく怒鳴られていたが、次第に何も言われなくなり、遂には興味すら向けてはくれなくなった。国王や貴族たちも弟には積極的に関わろうとするが、アレックスとは距離を置いていた。弱い人間に興味はないということだろう。



 そして不幸にも、アレックスには追い打ちとなる出来事まで起こった。

 今までは姉に勝てなくても、弟に打ち負かされても歯を食いしばって努力を続けることができた。その理由は17歳になると、神から最低1つは特殊能力を【ギフト】として与えられるからである。

 贈り物の内容次第では、文武の才能に乏しい人物でも一発逆転となり得る、人生の一大イベントである。これで廃嫡を免れた貴族の御曹司も多数いる。


 アレックスも意を決して神殿に赴き、大聖堂の奥にある鏡と向かい合うと、そこに映ったのはなんと……ウマ。灰色の毛並みを持つ大人しそうなウマが、自分のすぐ横に現れたのである。

 そして映し出された能力名は【シルバーコンパス】。前例のない能力だが、芦色のウマを出したり引っ込めたりすることができる【ギフト】のようだ。


 それを見た父と司教は、心底がっかりした表情をした。

 魔法力も剣術もイマイチなアレックスだからこそ、他には類を見ないオンリーワンな特殊能力を持っていると期待していたのだろう。しかし現実は冷酷なものである。

 父は頭をかきながら、アレックスに言った。

「アレックスよ。言いづらいことなのだが……お前にアーキツの当主は無理だ」


 その言葉を聞いて、アレックスはすっかり意気消沈してしまった。

 頼みの綱だった最後の砦まで取られた王様や貴族は、恐らくこんな気持ちなのだろう。第三者的に自分のことを見ないと意識を保っていられないほど心が傷だらけになり、立っているのもやっとという状態だった。


 そうしてアレックスは、父親から貰った金貨や銀貨を手に、実家を出ていくことになったのである。

「アニキにはアイテムボックスがないって……本当だったんだな」

 弟が気の毒そうに言うと、姉も心配そうに頷いていた。

「なんだか気の毒ですね」

「親戚の中で、持ってない人っているの?」

 弟が質問すると、姉は指を折りながら考え出した。

「おじいさんはもちろん、お父さん、2人のおじさん、おばさん、従兄弟に至るまで……全員が持っていますね」

「なんだよそれ、どうしてアニキだけねーの?」

 姉は再び考え込んだ。

「これは例え話になりますが、人間は誰しもが器のようなモノを持っています」

「うん」

「神は器に収まりきる特殊能力を【ギフト】として贈って下さるのですが、シルバーコンパスという能力がアレックスには大きすぎて、これ以上の特殊能力を受け取れなかったではないかと思います」


 弟はアレックスを見ると、たかがウマを出す能力なんかで器がいっぱいになるのか……と、とても憐れむような視線を向けていた。アレックスはできない奴と思われることに慣れているが、さすがにここまで同情されると、大いにプライドが傷ついた。


 父親のアーキツ卿は、厳しい顔をしたままアレックスに言い聞かせた。

「いいかアレックス。お前は我が一族でこそ文武の才は芳しくないが、他の地域に行けば強いことに変わりはない。その力をきちんと制御し、弱い者を守る使命を忘れてはならんぞ」

「わかっています父さん。なるべく……人の迷惑にならないように生きていきます」

 そう答えを返すと父親と母親は、こいつ本当にわかっているのかな。と言いたそうに不安な表情をしていた。

「体には気を付けるのですよ。生水とか毒キノコとかを口にしてはいけませんよ」


 アレックスは肉親に会釈をすると、芦毛のウマを伴ってアーキツ屋敷を後にした。

 一握りの英雄の陰には、自分のようにどんなに努力をしても、結局は何の成果も得られない凡人が大勢いる。

 その事実をかみしめていると……芦毛馬がアレックスを睨んだ。


『ねえ……いつまで辛気臭い顔してるの!』

 その言葉を聞いたアレックスは驚きながら芦毛馬を見た。ギフトとして彼が現れてから、一度として喋ったことが無いのだから驚くのは当たり前だ。

「お前、喋れたのか!?」

『ウマが喋っちゃいけないのかい?』

 そう凄まれると、アレックスは引くしかない。

「いや、そんなことはないけど……驚いちゃってさ。今まで喋ったこと……なかったじゃないか」


 上目遣いになって眺めると、芦毛馬は頷いた。

『小生が喋ることがバレたら、アレックスと小生で送るビンビン旅ができなくなる恐れがあったからね』

「び、ビンビン旅?」

『そう、ビンビン旅!』

 そう言うと、芦毛馬は遠くを眺めてニヤついた。

『まだ見ぬ海、まだ見ぬ山、まだ見ぬ街、まだ見ぬ食べ物、そして……まだ見ぬおねーちゃんたち!』

 僕……コホン、アレックスは引き気味になっていたが、芦毛馬は構う様子もなく、股下の5本目の脚をブラブラとしていた。


『たとえ、この命が果てようとも……ビンビンを全身で楽しむために小生たち生き物は生まれ、そして死んでいく。ビンビンこそ至高! ビンビンこそ正義なんだっ!!』

 アレックスはあたりを見回してホッとしていた。こんなことを他の人間が耳にしたらと思うとゾッとする。というか、家族の誰かが聞いていたら、一生コイツは納屋の中だっただろうな。恥ずかしくて外に出せないもん。


『小生の名はシルバーマップ! この命が果てるまでビンビンの旅をするぞ!!』

 恥ずかしいと思いながらも、アレックスもその前向きな言葉には少しだけ勇気づけられた。

 自分はダメなやつ、何をやってもできない奴という言葉が頭の中に残り続けて、気がどうかしてしまいそうになるところだった。そんな中で、ウマが唐突にこんなに下らないことを大真面目に言っているのだから、アレックスの抱えている悩みも小さなものに思えてくる。

 アレックスもまた、地平線まで広がる森や山々を眺めながら頷いた。

「お前の言う通りかもしれないな……細かいことは考えずに、今を楽しむのが一番かもしれない」

『そう。男や牡というものは、自分の血を増やすことだけを考えればいい!』


 アレックスは一理ある言葉だと思っていた。

 そういえばそうだったんだ。どんな動物も自分の子孫を残すためだけに頑張って生きている。別にできなくったっていいじゃないか。弱いのなら弱いなりに考えて生きていけばいい。

『さあ、小生と一緒にビンビンな男になろう!』


 アレックスは爽やかな笑いながら答えた。

「とりあえず、そのだらしないブツをしまえ」

 でも、心の中ではシルバーマップにお礼を言いたかった。本当にコイツが喋れてよかったと思う。

【作者からのお願い】

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