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第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 二十五話



「……本当に、ディザスターに成りかけてる」


 アラムがそれを見てポツリと漏らした。船から情報をもたらしたガウハルの報告で知ってはいたが、その容姿を見てはっきりとそれを今、実感したのだろう。

 時空を渡るあの船における最大の敵、ディザスター。それを観測して判明した姿は基本、異形である。現にアラムが生まれて初めて目にした存在は幼虫のままステンドグラスの羽が生えた人面の怪物だった。

 あれも、それに通ずる歪さを帯び始めていた。


「――がぐぁあああああああああああああああああああ!」


 かの竜は叫ぶ、生きる苦しみに。

 かの竜は叫ぶ、生まれる歓喜に。

 終焉の竜の容姿は三つ首の竜であったはずだ。それが、三本の首の先が繋がっていたのだ。三つの頭を結合させ、乱雑な複眼を持つ頭部を作り出している。あの巨体をもってしても大きすぎると思えるバランスのおかしい巨大な頭は、きっと脳の肥大化を図ったのだろう。

 人間から学び、人間に習い、人間を糧としてきた終焉の体現者は、最後に餌に近づく変異を遂げるとは、なんとも皮肉なものだ。


「まずい、逃げる気だ!」


 青年ではない。軍にいた一人が切り倒された世界樹の様な竜に指を指してそう叫んだ。

 両翼を失い飛行が不能になった終焉の竜は、いきなりテレポートをして海岸沿いまで移動した。あの巨体ゆえに傷ついた体で一気に移動ができなかったのか? いや、違う。逃げるには逃げるのだろうが、主目的はそうではない。

 もうあれはそういう人間の物差しで測っていい相手ではないのだ。


「――羽化だ。蛹から成体に……いや、もっと根本的な……あれは孵化だ。だから力が上手く使えてないのか! くそぉ!」


 目を見開いた青年がそう仮説を立てる。そしてそれは当たっていた。

 あれは文字通り生まれ変わろうとしていた。この世界を崩落させ飛び立つ怪物に、あと数分といったところであろう。

 ルアネという存在は格別の()であり、その才覚の一粒は破格だった。だがディザスターに成るにはそれでもあと僅かに足りなかった。その不足分を両国の軍勢、双角の魔王、そして蘇った天敵から摂取し、今まさに世界という卵の殻を破り孵化しようとている。

 安全地帯(海の底))まで逃げなかったのはすでに満身創痍でその余力が無かったと予測される。よほどドラゴノスが付けた傷口から燃え広がるあの炎が効いているのだろう。


「ガウハ――」


 あれを逃せば世界が終わる。そう、まさに今、一秒も無駄にできない状態だ。青年はそう結論を出すとガウハルに指示を飛ばそうとして、終焉の竜近くで起きた爆発がその言葉を遮る。

 ――やはり最速はかの双角の魔王であった。


「まずは両手両足を斬り逃走を阻止する! 今しがた魔術で右腕を切断した!」


 通信機越しにガウハル声が響く、判断が早い。そして周囲も青年が気づかないうちにバルバット王指揮の元、慌ただしく動いていた。中型の竜に乗り込み、乗れない者は走り、終焉の竜がいる海岸沿いに多くの人間が大移動を始めていた。


「アラム様! こちらに!」


 いつの間にかキレスタールも乗竜に乗り込もうとしている。行ける。なんとしてでも世界を救ってやる。まだギャレンとルアネの無事は確認していないが、やるしかないと青年は自分に言い聞かせて――次の瞬間、アラムは思わず目を見開いた。

 足だった。もはやそれは節足動物と言えるだろう。斬られた腕は“なぜか再生できていなかったから”だろう。竜の腕、人の足、魚類のヒレ、多足の虫みたいに脚を肩から、胴から、腹部から、果ては足から足を生やす。

 終焉の竜の移動が開始される中、誰もが思っただろう。逃走される。逃げられる。世界が終わる。誰も彼も絶望に顔が染められる。

 だがこんな最悪という底はまだ更新し続ける。終焉の竜の皮膚から一時は止まっていたあの怪物の羽化が、ここにきてまたもや始まったのだ。おまけに術式を再構築したのか、地面から死人も湧き出る。魔王も、少女も、国王も、兵も戦士も、誰も彼もが思わず手を止めた。それを、ただ一人、この青年だけは動きを止めず――。


「適切じゃないけどここで切り札を――」

「アラム、何かあるならまだ取っときなさい」


 ……通信機から懐かしい声がした。すわ、聞き間違いかと青年は思い、隣で目を見開いて驚いている少女の顔を見て、やはりこの声は確かに自分の耳に聞こえた通りのものだと確信する。


「今から私があいつの動きを止める。あれ、瞬間移動をする時についでに私たちを上空に飛ばしたの。雷雲の中にある雷を操って攻撃してきたけどたった今、その“所有権”を奪ってやったわ。下策よね。いくら頭がでかくしようと、こういうミスはするものなのかしら?」


 久しぶり、ではない。助けてくれてありがとう、でもない。ただただ状況説明と打開策を話すその彼女の声が……今は途轍もなく頼もしい。


「お願いします。ルアネさん!」

「はいはい、任されました!」


 通信機から、そしてすぐ頭上からの二か所からその声が聞こえた。

 青年と少女が空を見上げれば、荒れてはいたが懐かしいあの長い黒髪と肩だけ露出させたあの黒い鎧がそこにはある。


「ルアネ様!」


 歓喜からか、獰猛ささえ感じられるほどの笑みをしている青年がその名を口にする前に、傍らの少女がその名を叫んだ。


「キレスタールはアラムのこと守ってなさい! あー、というか私も守ってくれない? 全神経と全魔力、全部を攻撃に回すから」

「はい!」


 状況は世界滅亡寸前。空にできるはずのない亀裂ができ始め、小さな地震が絶え間なくおき、この世界はあの災害の規格に世界は耐え切れなくなってきている。

 だが、ギャレンはやったのだ。彼女の奪還を、それだけでこの二人は奮い立てる。


「まずは今までのお返しよ!」


 ルアネが天に手を掲げる。すると数秒もしないうちに、暗雲しかない空に火花の大輪が咲き誇った。

 大輪、そう、華だ。花弁は黒雲から吸収された電気エネルギー、それは一極にルアネは集めているのだ。先ほどの所有権を奪ってやったという言葉に嘘偽りはないらしい。

 そして千の雷が作る花びらの中心部、そこに“それ”はあった。

 いつか、帝国で彼女が竜討伐の報酬として受け取った雷帝の槍と銘が付けられた鍛冶国家の傑作。


ドンナーシュトラール(雷光線)!」


 もはやそれは落雷などというものではなかった。

 世界が天から落ちたその柱の光に白に染め上げられ、無音と轟音の狭間、世界が止まったかのような感覚が皆を襲う。

 爆発音ではない。何か高音の聞きなれない短い音の後、先ほどの一撃でできたプラズマとかそういうエネルギーが大気の中ぶつかり弾けている音が聞こえてきた。

 あれは、衛星兵器から放たれるレーザー攻撃とかそういうものであった。その効果は抜群で、逃走に全力だった終焉の竜が全身を痺れさせて止まっている。


「どうよアラム! これで――」

「……ん? あれ、拙いこれ? ガ、ガウハルさーん! 無事ですかぁー!」


 と、自慢げに笑うルアネを無視して、キレスタールの結界の中でアラムは必死に通信機に呼びかける。

 当たり前だ。ガウハルは現在、終焉の竜近くで戦闘中なのだ。なのにあんな訳のわからない威力の大魔術の巻き添えになっていたらシャレにならない。


「え? 何? 終焉の竜の近くに誰かいたの?」

「いましたよぉ! 今のところ僕らの最大戦力の一角があそこに!」

「あー……まぁ、多分……大丈夫、じゃない? 最大戦力なら」

「根拠が、根拠がまるで無い!」

「もう先にそういうの言っときなさいよ! 私、絶対今格好良いじゃないとか調子乗って出てきてるんだから、そこまでの気遣い無理だから!」

「いやぁ僕もね。かっけぇっす姉さんみたいな感じでガウハルの存在を忘れてましたけどぉ!」


 と、通信機から声がした。あのいつもと変わらない笑い声だ。


「ふははははは! 割と本気で死ぬかと思ったぞ! 嫌な予感に従い逃げなければ消し炭になっておるところだぞぉ栗毛、うむ、後で覚えておれよ」

「えぇ、僕のせいです!?」

「我を忘れておったと自白した時点で貴様の責であるのは間違いあるまい? いや、冗談はさておきだ。見事、先の攻撃で完全に終焉の竜の動きが止まった。海に逃げられる直前であったが胴体に穴が開き全身電撃で痺れて動けなくなっている。今が終焉の竜に止めを刺す好機とみて間違いなかろうよ」


 といよりこれが正真正銘、人類存亡を賭けたこの決戦におけるラストチャンスというだけだ。とはいえ士気の一つでも上げようとしているのか、双角の魔王はそう語る。


「しかし軍勢は今、混乱の極致だ。先の極雷が味方のものかすらわかっていないと見える。栗毛よ。なんとかせよ」


 無茶ぶりだった。反射的に青年の喉から弱音が出かかり、それをごくりと生唾と共に飲み下される。

 あんな怪物の王様みたいなのを倒そうとしている時点で無茶どころか無謀なのだ。ならば分不相応だろうがなんだろうがやり切るしかないのだ。


「……ふぅー、と……」


 頭の中で手段、方法を割り出すのに三秒、そして決行に踏み切る勇気を沸かせるのに一秒を使い。手に持っている通信機の設定を弄ってから、それを固く握りしめた。


「……今! 今代の勇者が解放されました!」


 上から、横から、四方八方から青年の声が轟く。先ほど通信機を弄っていたのは周囲にあるステルス状態の偵察機全てから声を大勢に届ける為のものだったらしい。

 ここにいる誰もが、何が起きているのかわからないこの状況で動きを止めその声に耳を傾ける。


「先の、先ほどの雷撃はこの世界、最後の勇者となる者による人類による反撃の狼煙です! 心して聞いてください! 僕たちは、我らは、終焉を乗り越え明日を行く! 敵は強大……だからこそ、打倒する力が必要不可欠。まだ、戦える者は武器を掲げよ!」


 おもむろに、数本、剣が掲げられる。


「戦況は拮抗! 我ら人類、今日この日、終焉の竜を乗り越える。己が愛する者、友、子々孫々の為に抗える者こそ、武器を掲げよ!」


 いつの間にか、青年の口調は変わっていた。途中で敬語では格好が付かないと思い、意図的に変えたのだろう。それでも震えていた。声も所々で裏返る。

 それでも、多くの剣と杖が掲げられる。


「勝利は我らにあり、明日は我らにあり! これが最後、我らの意地を、この世界に君臨せし全ての竜種に、我ら人の底意地を魅せる時である!」


 剣、杖、そして旗が掲げられる。


「――総員。各自、全軍。全兵、全ての強者よ、終焉を打倒せよ! 進軍せよ! 今代の歴代最強たる勇者と我ら介入者達インタービーナーズが共にある!」


 剣、杖、旗、最後に雄叫びと共に全員が終焉の竜と地から湧き出す亡者へと進軍する。


「うん、上出来よ」


 演説をすぐ近くで聞いていたルアネが褒めた途端、通信機の電源を切ったのを入念に確認するアラム君。そして泣きそうな顔で地面に膝を付いてからルアネを見上げた。


「で、これからどうすんですか! このままだとぼかぁ、大勢の人を無策であの化け物に突撃さた極悪人なんですけど! ていうかギャレンさんどこ!? 誰か助けてぇ!?」


 もう誰か変わってくれ、夢なら覚めてくれと言わんばかりにパニック……寸前で一杯一杯のアラム青年がそれはもう喚く喚く。


「無尽蔵に生まれる取り巻きはともかく、本体があんな巨体なのに再生持ちをどうこうできる超火力が欲しい! というかなんで僕が出会うディザスターは当たり前のように再生能力もってるの! 生物として再生に使えるエネルギー効率とかそういうの絶対に変でしょ! ぬぁあああ、もーうルアネさんどうにかして!」


 しかしあれをどう攻略できるかは頭の中でぼんやりと理解しているあたり、ただ泣き言を漏らしている訳ではないのだ。青年の頭の中ではすでにあれをどうにかするプランが何回も何回も立てられ却下され続けているらしい。

 しかし名将でもなんでも青年には名案が浮かばず、ルアネに案が無いか問い始めた。


「あるわよ」

「あるの!? 凄い!」


 思ってもみない返答に驚きと歓喜の表情をみせるアラム。何事も一人で考えず相談する大切さを実感しながら、青年はルアネの言葉に耳を傾ける。


「正確には私ではなくギャレンに、だけど。私にさっきの一撃以上の技は無い。けど、あいつはあると言い切ったの」

「え、ちょっと待ってください? そりゃあギャレンさんもうルアネさんが捕まってから意味のわからないぐらい強くなってますけど、あの人って殴る以外できないでしょう? 技ってなんです?」


 破とか闘気とかをビームにして放てるのかと言いたげに、アラムが問う。


「そもそもあの終焉の竜の周り、攻撃したら耐性つける怪物がいて、一匹殴ったら仲間全員にその耐性が付与されるんですよ!? ギャレンさんがルアネさんを助ける際に凄い打撃をその怪物に加えましたから、多分、皮膚がゴムみたいになっていて周囲の小さい怪物を拳で倒すのも苦労するのでは?」

「え、そうなの……なんか助走をつけて思いっきりぶん殴ったらいけるって言ってたけど」

「本当ですかぁ、それ!」


 今まで苦楽を共にしその成長をまじかで見てきた。見てきた、が信じられない。助走をつけて思いっきりぶん殴ってあんな世界を崩落させる怪物の王を倒せると言われても信じきれない。

 と、流れ弾である魔術がアラムのたちの方に飛んできた。それをキレスタールは無言のまま結界術で防ぐ。彼女は仕事に徹しているが、会話は聞いているのかチラチラと二人の方を見ていた。


「な、なんか私だって変なこと言ってると思ったけど、妙な説得力というか……あいつが確信してそう言うもんだから、信じちゃったのよ」

「あー……でも、え、うーん……まぁ、代案が無いんで取りあえずアクションはしておきましょう。行動しないと何も始まりませんし!」


 信じきれない。だが青年は知っているのだ、あの黄金砂漠での死闘を、骨削り姫相手に覚醒し、完封したあの強さを。ギャレンはもはや青年の常識では測れないほどの強さを得ている。疑い半分、信じたい気持ち半分といった感じで話を次に続けた。


「で、助走って言いましたけど、どれくらい!?」

「あればあるほどいいって言ってたわよ」

「アバウトー! というかあの人、今どこにいるんです?」

「ここからそう遠くない安全な場所に待機させてるわ。私たち、さっき終焉の竜に魔術で空に一瞬で飛ばされたんだけど、それを再現して平地の端に移動させるわ!」

「いや、再現……て、相手の技をパクってぶっつけ本番でやるってことです! ん……いや、なんかそれはルアネさんならできそう?」

「そこはあっさり信じてくれるのねぇ! 正直、自分でも不安要素しかないんだけど?」

「まぁ、ぼかぁ門外漢ではありませんが、魔術に関してはぼかぁルアネさんに全幅の信頼を置いてるんで」


 そりゃどうも致しまして、とルアネに言われながら、アラムは通信機のスイッチを入れる。


「すみませんガウハルさーん! ダメ元で聞くんですけど滑走路、と言えばわかります? ギャレンさんに秘策があるようでして――」

「む、なるほどあれをやるつもりか!?」

「え、何? なんですぅ?」

「公にはしておらんかったがな。帝国にいる時にふと、もし万策尽きた時、ギャレンが渾身の奥義を放つと言っておったのだ。それをやるのだろ!」

「なにそれ、僕聞いてない!?」

「何かと機械を弄り忙しくする貴様の耳に入れるほどのものではないと判断したのだ。途方もなく長い長い平坦な道が必要などと言われ、我の造った道では耐久に信用できない聞き、実行は無理と思い栗毛の耳には入れなかったが……確かに今の状況であればそれにかけるしかあるまいて!」


 話が早くて助かる。が、問題が一つ。


「で、ガウハルさんその平坦な道を作れます!?」

「今の我では無理だ。今、軍全用の高台を作っておる。事前に立てていた策の応用よ! これならば皆の者、手順を予め頭に入れておるからな、混乱が無い。だが終焉の竜の攻撃をいなしながら地の霊脈の所有権を少しずつ奪いこちらの有利な地形を作っておるのだ! いかんせん手が空かん!」

「そんな糞忙しい時に話しかけてごめんなさいねぇ!」

「構わん! それに知恵なら出せる。この場において一番余裕のある者に作らせればいいだけのことよ!」

「え、誰に作らせるんですか!?」

「無論、終焉の竜自身に死への道を作らせる! 栗毛、我に案がある!」





 大地が揺れる。小さい揺れを何度も何度も起こし、ついには空がひび割れた。世界が崩壊に向かっているという馬鹿らしい真実を嫌でも実感させる。

 そんな中、じっとしている大男が一人、目をギラつかせてそこに座っていた。

 愛した女に信じられ、愛した女を信じて、ギャレンは決戦の地より少し離れた安全な場所にいる。それでも横たわる終焉の竜は大きく、その全容を視界に収めることはできない。

 まだか、もうすぐか、その時が来るまで、何度も自分がすることを脳内で確認する。


「聞こえますかギャレンさん、即興ですがガウハルさん考案の策があります!」


 と、鎧のベルトに挟んで潰れている人形からアラムの声がする。


「今そちらにルアネさんとキレスタールさんを向かわせています」

「なぜ?」

「遠距離による攻撃を誘発させる為です。ルアネさん曰く、この世界において魔術において超遠距離を効率よく攻撃できるのは、自身から真っ直ぐに放つ直線的なエネルギーの形成であるらしいんです。ですから、超遠距離からちょっかいを出して――」

「すまない。その、知っての通り愚生は頭が悪い。簡潔に頼む」


 青年の説明下手と土壇場で精神的余裕が無く、さらに頭が固い大男の悪い部分が出た。


「えーと、その、簡単に言いますと、終焉の竜にそちらに一点に集中した強力なビームを撃たせて平坦な道を作らせて、ギャレンさんがなんか、すごい技を出せるようにします!」

「なるほど、敵の技を利用するのか、冴えているな!」

「そうですかねぇー……」


 頭の悪い説明とあまりにも力技な策にアラムがげんなりとした声を出す。だが今この手しかないのは間違いない。


「あ、今思いついたんですけど、助走が必要って話でしたけどギャレンさんを高く落として落下エネルギーを利用して技を放てたりとかします? そっちの方が楽じゃないです? 終焉の竜が素直にビーム撃ってくれる可能性も絶対じゃないですし、確実性を――」

「すまない。技は出せるが終焉の竜が大きすぎる! 上から技を出してもあの倒れた巨体の全ては吹き飛ばせないだろう! 再生されれば終わりだ! それに地に足を付けずこの奥義を空中で放てる確証が愚生には無い!」

「あー……はい! もう、腹をくくりました! ギャレンさん信じます! すみませんねぇ、余計なこと言って!」


 と、もうなんとでもなれと言わんばかりにそう叫ぶアラムの声と共に、空から例の二人がやって来た。


「ギャレン様、お怪我はありますか? あるならば今すぐ治しますゆえ」


 ルアネの魔術で飛行してきて着地した瞬間、開口一番にキレスタールがそう言う。少女も少女で頭の中で手順を整理してきたらしい。

 少し気圧されながらも、ギャレンは冷静に自分の体を確かめる。


「怪我は無い。全て愚生の魔術で治している。だが足を酷使しすぎた。少し麻痺しているので、両足を頼みたい」

「承知しました」


 と、少女が迅速にギャレンの足に回復魔術をかけていると、ふと、ルアネとギャレンの目が合った。


「……あんた、なんであんなのを倒せる必殺技なんて考えてたのよ?」


 と、目が合ったついでにルアネがそうギャレンに問いかける。するとギャレンは珍しく、ルアネに対し不服そうな顔をしてこう答えた。


「ルアネ、君が書いてたんだ。あの手紙の最後辺りに……」


 言われ、ルアネは何秒か固まった後、顔を片手で覆って空を見上げてみせた。

 そういえば、あの遺言状といえばいいのか、あの終焉の竜の初戦の後に読まれたであろう手紙の途中、何を書けばいいのかと迷い、私の相棒だったんだから一つでも格好いい技でも考えろと注文していたのだった。

 そもそもだ。この男が自分を鍛え強くなったのも自分より弱い男に興味が無いという無責任な言葉だった。


「あー、あんたって本当に愚直というか馬鹿というかぁー」

「何を言う。これでもルアネの趣味にちなんだ技名も愚生なりに何日も考えてだな!」

「そこ、マジでお黙りなさい!」


 可愛い妹分(キレスタール)がいるのに、そんな自分の為に考えてくれた素敵な技名をここで発表されたのならば、世界が崩落する前に恥ずかしさでルアネは殺される。なので黙らす。

 どちらかといえば……というか大分ルアネの方が悪いのだがその決死のとんでもお嬢様言葉を使った静止に、ギャレンはもごもごと口を動かし押し黙る他なかった。


「まぁ……ギャレン、信じてるから」


 だが、最後に真剣な表情でそれだけ言って、ふわふわと少し離れた中空に留まるルアネ。

 ――刹那、黒い女から魔法陣の宇宙が広がった。一気に、黒い雲をかき消すようにカラフルな光が現れ繋がりその光を更に強くさせる。

 それは、美しかった。この死地において希望を見出させるほどに、無数の魔術の花は見惚れるほどに綺麗であった。

 思わずというか、やはりというか、この男が一番見惚れている。


「ああ、やはり……ルアネは美しいな!」

「全砲門の展開完了! 全武器の装填完了! 全魔術最適化を完了!」


 遠くにいるアラム、王、皇太子に一兵に至るまで、誰もが戦いながらその虹で書かれたこの世界にある魔術の歴史とも呼べるその図に目を見張る。

 そう、図だ。そこにはありとあらゆる攻撃魔術を発動させる魔法陣が全て繋がり全て稼働しているのだ。

 ――これが稀代の天才にして歴代最強の勇者たる黒竜姫の神髄だ。


「肉壁にしている小さい化け物が魔術の属性に耐性を得るならば、この世“全ての攻撃魔術”をもって掃討するまでよ! 覚悟しなさい終焉の竜(イレギュラー)、これが人類において天才(反則)と呼ばれし者の全霊全力よ!」


 自画自賛、などという安いものではない。それはまさしく偉業であろう。少しでも魔術を齧ったものが見れば、彼女の今していることの凄さが理解できかけ、理解できないと悟る。

 たった一人で他の惑星に飛べるロケットを作り上げるような。たった一人で砂漠を全て緑に変えるような。たった一人で世界中の貧困の問題を解決するような。そんな神にも等しい領域の芸術作品がそこにはあった。

 そして、それは間違いなくこの決戦の地で人類側を初めて優勢に導くほどの力がある。

 どう、近代兵器に例えれば良いだろうか? 人類がその叡智を生命を絶命させる為に一つの文明が戦時にその全てを注ぎ込み生まれる傑作に等しい物が、万の数、惜しみなく解き放たれる。

 黒竜姫秘蔵の武器、その全てにそれに合ったエンチャント(属性付与)を施しミリ単位のズレなくその全てを操り、終焉の竜本体と周囲の化け物ごと駆逐していく。


「……」


 もはや賞賛や歓声の言葉など不要。先の雷撃など児戯に思えるこの世界における人類最強の魔術技巧が披露される。

 空を泳ぐイルカの様な虹の光群が、地を照らす。だが、その流星群をもってしても、終焉の竜を殺しきれない。殺せないのだ。

 取り巻きの肉壁を貫通し、鱗を剥がし肉を刺し貫けて入る。だが、その山脈の如し巨体と再生能力、そして永続するかと錯覚するほど身体に溜めた莫大な魔力により、ルアネがその命を燃え尽きほどの持続をしても余裕で終焉の竜が勝つ。

 ――ゆえに、一撃必殺の技がいるのだ。


「とっとと攻撃してこい! トカゲ!」


 痛覚はあるはずだ。ルアネを脅威とも認識しているはずであろう。なのにいっこうに攻撃してこない。ただでさえ限界なのに、黒竜姫は全集中力を注ぎ込み流星群の威力を上げる。

 その瞬間、彼女に近づく影があった。

 ギャレンは確かに見た。頭の隅にはあったのだ。存在を忘れていた訳ではないし忘れる訳がない。一度あれに、ルアネの救出を寸前で止められたのだから――。


「アケルゥウウウウ!」


 怪物へと成り下がった復讐の亡霊、癒し手のヴァイスが黒竜姫のすぐ傍まで迫っていた。

 もはや人の原型など無い。薄羽が生え、尾も生え、顔はワニか蛇の様になり今まさにルアネに噛みつこうとしている。

 だが知性は辛うじて残っていたのか、あるいはその執念の賜物か、はたまた終焉の竜にある程度操られていたのだろうか? 最悪なタイミングでその姿を見せた。

 姿隠しの魔術を使用して途中まで近づかれた為に、未だ全神経をいまの攻撃に注いでいるルアネは気づいてもいない。

 待機していたギャレンが何か叫ぼうとするが、万事休す。しかし瞬間、半透明の見覚えのある結界が彼女を守った。

 ルアネを守った結界術。それを今使用できるのは自らの安全を捨て、アラムがこの場に送ったこの少女の他になどいない。

 そして、怪物に成り果て結界術にぶつかり落下を始めるそれの前に、姿隠しの魔術同様、透明になって隠れていたそれが、姿を現した。

 一回、乾いた破裂音が響き、それと同時に、あれほど荒れ狂っていた怪物が地面に落ち、数秒暴れてから脱力した。


「何が――」


 起きているのか? それを言い切る前に、ギャレンは怪物の前に現れた物がアラムの偵察機の一つであることに気づき、彼が使っている武器に似た何かが取り付けられているのを遠目で確認した。

 復讐の為、英雄の誇りも人の容姿も知性すらも捨て去った何かは、たった一発の銃弾によって何もできぬ抜け殻となったのだ。


「……」


 キレスタールは杖を前に構えながら、慎重にその歩みを進める。

 まだ、その抜け殻には意識があったからだ。


「人を根絶やす。人を滅亡させる。ヒトから全てを奪い返す。人間が、憎い、全てが憎い。殺す、殺し、コロシテ、人、ヒトをオカシ、啜リ、クラ、喰らい、て、コロス」


 まるで悪夢を見て口にするうわごとのように、無気力な目でそれは怨念を口にしていた。


「なんで“人”を殺そうとしているんですか?」


 少女の声ではない。これを封じた空飛ぶ小さな機械から青年の声でそんな問いが投げかけられる。それにわずかに殺意を帯びた目をして、それはこう答えた。


「憎い、から。全て、ヒト、が、全て――!」

「それはおかしい。僕が初めてアケル王国で会ったあなたは。本当はアケルに関係なければ見逃すと言っていたんですよ。ちょっと怒らせてしまい殺されかけましたが……」

「コ、コノ、憎しみはホンモノ、だ!」

「はい。実際、癒し手と呼ばれる女性はアケル王国に恨みがあったとは思います……けれど、アケル王国に関係ない人間を憎んでいた訳ではないのでは? その感情は、本当に元のあなたと、本当に同じものなんですか? 今一度、よく考えてみてください」

「……え?」


 その言葉が、止めであった。

 骨削り姫、彼女も終焉の竜による暗示に騙されて黄金砂漠でギャレンと戦うこととなったのだ。ならば、癒し手と呼ばれた女のコピーであるこの怪物も、その可能性がある。


「……は、はは、シュバルツ、これでは貴方を馬鹿とは二度と、言えませんね。最後にあなたは正しく、私は間違えた、みた、い……」


 それが、最後の言葉だった。一筋の涙を流し、癒し手のヴァイスは絶命し、塵と変わり始める。そこでようやくキレスタールは前に掲げていた杖を下げた。


「アラム様、先ほどは何を撃ち込んだのですか? こうもあっさり無力化できるなど……」

「対再生能力特化の毒……と言えばいいのかな? 実は旅が始まってからこの世界の生物の死体からサンプルを集めてたんだよ。毎日毎日、ルアネさんとギャレンさんが竜を殺してたからそれはもう沢山……船への研究材料にする為にね」

「それは私めも見ておりましたが……毒物、なのですか?」

「医療科学と生物化学はさっぱりだけど、人工知能にこの世界にいる生物に効く毒素の配合法を造らせてね。なんとかそれを僕が作ったんだ。まぁ、たった銃弾二発だけの微量だけど」


 この長い旅で色々としていた青年の作業の一つである。機械弄りばかりしていたと思っていたが、そんな毒まで用意していたとは。


「ま、その毒の銃弾はもう使い切っちゃったし、それよりも――」

「キレスタール殿!」


 終焉の竜から嫌な光を見たギャレンが叫ぶ。事実、それは意表を突いた狙撃の発射光であった。怪物と成り果てた癒し手が消滅し、油断した瞬間を確実に狙った終焉の竜からの魔術狙撃。狙いはルアネではない。彼女の作り出す流星群は針に糸を通すほどのその細さのその光線をも、許さないからだ。

 狙いは少女だ。終焉の竜も誰が自分たちの攻撃を防いでいるのか学習したのか、または癒し手の目を借りてこちらの状況を確認したのか?

 世界崩落の怪物に成りかけている正真正銘の怪物が、その莫大な力に見合わない姑息な攻撃、それは確かに人を殺せるもので、現状での最適解だった。

 ――それを、少女は無言のまま最速の結界術の展開で止める。


「っ……流石だ!」


 可視化できるかもわからないほどの細さの攻撃、それはボールほどの大きさの丸板形の結界で止め、二度と同じ攻撃をされないように自分とギャレンを結界に施す。


「よく防げたなキレスタール殿!」

「ただの勘です」


 しれっと、恐ろしいことを言う少女。ルアネがいるから霞みはするが、この少女とて、守りをやらせれば天賦の才なのだ。


「来た! キレスタール、結界を張って! 特大の!」


 騙し打ちを簡単に防がれ、業でも煮やしたのか。先ほどの発射光とは比べならないほどの黒い光が終焉の竜がいる方角が生まれ、それが段々と収束しつつある。

 ルアネに言われる前に、キレスタールは現状自分が張れる最高硬度の結界を構築する。しかも立体的な三角の形をし、攻撃を逸らす為のものだ。

 ここに至り、トラヌ王国を守った黄金砂漠での経験が生かされる。


「……私めはっ!」


 だが、それでも守り切れないと少女の直感が告げる。悪寒が走り鳥肌が腕を走る。だが、ここは正真正銘の天才がいるではないか。

 少女の結界術式に何者かが介入する。一瞬少女は終焉の竜からの攻撃かと身構えたがそうではない。ルアネだ。彼女が結界の補助を完璧な形で、しかも事前の段取り無しで行ってみせた。これが黒竜姫、魔術における天才だ。

 半透明だった少女の結界は虹の光を放っていた。ありとあらゆる属性を、意味がわからないほど複雑に、そして強固に補強しまくったゆえの変化であった。


「安心なさい! 私がいてキレスタールもいるなら、この結界は絶対に破れないわ! 破らせない!」


 一瞬、感情をあまり出さない少女が泣きそうな顔になる。その宝石の髪を少し揺らし、結界の七つの光りを反射させた。


「――はい!」


 力強い返事の後、魔力の濁流が三人を飲み込む。

 本当にとんでもない速さの波に飲み込まれたような錯覚に陥りながら、超高の衝撃音に鼓膜がやられる。だが結界は割れない。ひび割れたが砕かれはしない。

 次第に魔力の濁流は弱まり、最後はプツンと細い線になって消えた。ルアネとキレスタールは終焉の竜の全力の魔力行使に耐えきったのだ。


「ギャレン!」


 だが、喜ぶ間もすらない、あれを海に逃がす訳にはいかないからだ。そろそろルアネの雷撃による神経の痺れが治りかかっている頃合いだろう。少しずつではあるが、あの終焉の竜は海へと進んでいる。

 ただ最初にアラムが探知機入りの銃弾を終焉の竜に狙撃する為、ガウハルに用意させた海岸沿いの山々がそれをほんの少しだがそのうまく作られていない不ぞろいの足を妨害していることにより、まだ逃げられていない。

 そして、ありとあらゆることをやりきったルアネがギャレンへと手を伸ばす。そしてそのまま、彼の意識は体ごと僅かに飛んだ。





 飛ばされた瞬間、方向感覚と平衡感覚があまり働ていなかった。

 強引にして初めてのルアネの瞬間移動魔術は、使用者に少し混乱(酔い)を起こさせていた。

 だが、さして問題は無い。終焉の竜がいる方角はこの、大地を抉り削って作られた長い長い道の先にいることは、知っている。


「……」


 大男がふと横を見ると、ドラゴノス帝国が遠くに見えた。恐ろしいことに、あの攻撃は帝国まで届きえたということだ。


「……ふぅ」


 息を吐く。


「……すぅー、ふぅー」


 吸って、また吐く。


「身体強化、硬化、治癒」


 さきほどの呼吸と同じだ。この男がいつも行っている魔術を起動させる。この男には才が無かった。本当にありとあらゆる才が存在しなかった。

 何をしても人並以下で、それで蔑まれたし軽蔑もされた。それはこの先も同じことがあるだろう。そう、先だ。未来だ。

 この男の腕に世界の命運が今、託された。たった一本の腕、なれど……この男の今までの人生、その全てを費やした集大成とも呼べるその腕にだ。


「……ルアネ」


 瞬間、魔術の回転による轟音が大男の体内から轟く。


「発動……高出……極限――臨界!」


 魔力量は今でも人並。だがその強靭な鍛えられた肉体でも耐え切れないほどの圧縮をもって、己が体を終焉を乗り越えし槍へと変える。

 白竜公、ギャレン。研鑽の極地に至りし、この世界唯一の魔術師にして何人たりとも到達はできない異端の豪傑!



「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 叫ぶ、叫ぶ、この地を声だけで揺らさんほどに猛々しい咆哮。目と口はすでに魔力光で白一色へと染まり、その超高硬度であるはずの肉体は白い光を放つ亀裂が入り、すぐさま回復魔術でそれを修復する。

 己が()の限界を超えし、まさしく臨界。あの黄金砂漠で骨削り姫を圧倒せしめたあの姿だ。皮膚に亀裂が入るならば、中身(内臓)などどうなっているのだろうか? そも、これは常人が耐えられる痛みの限界を、臨界の名の通り超えているのは明白だった。

 だが……今更、この男にその苦痛に地獄に飛び込むことへの躊躇などあるはずがない。これまでも、そうだった!


「古代より存在せし終焉の竜よ。数多くの悲劇を作り、あまねく竜の頂に存在しつつ、そこからも逸脱せんとせし終焉の竜よ! 俺が、この世界を壊し、終わらせることは許さない。人と竜、連綿と繋がれた全ての生命への侮蔑、そしてこの“白竜公が最愛を傷つけたことへの”怒りを知れ!」


 口上が切られた瞬間に肉体の準備が終わったのか、大地が蹴られ今度は確かに地が揺れた。

 一歩、それだけであの帝国は見えもしない。

 そも、周囲の景色はそもそも全てが線へと変わる。ただただ、その平らかな大地を進み、走り、駆け、光へとなりかけた瞬間に男は拳を腰に大きく引き、溜める。

 その光となりかけた速度を緩めることはない。緩めることは許されないしそも、そんなことはできない。

 先など考えず、瞬きの間に帝国から終焉の竜に迫る。



「ドラグ――」



 一瞬、終焉の竜に巨大な釘みたいなな物が刺さっていることと、終焉の竜が張っただろう円形の多重結果が目に入る。だが思考などここにきて彼はしない。ただただ、この一撃に全てを込めるまでのこと。



「――ラース!」



 ――白竜公の憤怒が炸裂する。全てを込めたその拳で、ただルアネと自分の未来。そしてこの世界の明日を阻む終焉という名の障壁を、砕いたのであった。



総力戦、完結!

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