第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 二十四話
強欲、かつて救世の英雄に相応しくないと歴史から消されしドラゴノス最初の“異名”である。ただ、消されたとはいえ過酷な旅の中多くの妻を増やし、多くを救い、同時にねじ伏せてきた男の数ある異名において、これほどまでに簡潔で相応しい名はないだろう。
そしてそんな半竜としての男の能力は、この竜が繁栄せし世界にて最も効果的な特性を持つ。それはすなわち――。
「耐性……が発動してない? この人の炎、威力も凄いけど継続して怪物と終焉の竜を焼き続けてる……一体? ドラゴノスさんが使う魔術の特色?」
アラムの言う通り、自身の子孫が肉体を借りたドラゴノスの放った炎は未だに終焉の竜、本体と死体になった肉塊の怪物を燃やし続けている。
炎は通常、温度が高くなればなるほど寒色へと変わり、赤から黄、緑、そして青、紫へと変わっていく。機械弄りをするアラムにもそういう知識はある。だからこそ青い炎程度でこれほどの威力なのがおかしいと思っていた。
帝国の軍にも何人か青い炎を飛ばせる戦士はいたはずだ。現に支援砲火で火の雨を降らせた時に青い炎も少ないながらも交じっていた。だからこそ魔術側のルールで何か種があるはずだと青年は考えたのだ。
「貴様、生粋の竜殺しか……」
「お、初見で見抜くたぁ驚いた。その通りだぜ栗と角。俺は生まれた時から半竜魔術の竜狩りでなぁ、普通に強いが“竜に対しては攻撃の通りがやたらいい”んだよ」
口から白い煙をモクモク出しながら魔王の言葉を肯定するドラゴノス。口の中を大火傷しているだろうに痛がる様子もない。だが限界ではあったらしい。
「だが、さっきのでこの肉体の魔力が底を尽きた。これ以上やれば器が死ぬ。あいつは俺の手で屠りたかったがぁ、まぁ仕方ねぇや。場は整えてやったから後はてめぇらでやれ、な?」
それだけ言ってどっしりとその場に座るドラゴノス。それに対して実に不満そうにするアラム。
「あのぉ、もっと頑張れません?」
「おいおい、ふざけんじゃねぇ。こいつが死ぬって言ってんだろ! 流石に遠いとはいえ子孫の命をここで使い潰したら目覚めが悪いっての!? 鬼畜かてめぇ!」
「いやあのぉ、本当にあなたこの場においてあなた、有効打なので、死なない程度で、ね。なんならその竜を焼き殺せる炎を味方に付与とかそういうので、はい、お願いしたいんですがー……駄目です?」
「だぁー、そういう器用なのは俺の嫁の仕事だ! 俺には無理だ無理。竜を殴って斬ってほどほどに焼いてその肉でうまい飯作ってもらって食うのが俺の仕事だったんだよ!」
食うまでがワンセットなのかと言いたくなったが、キレスタールへとアイコンタクトを送るアラム。
するとキレスタールをドラゴノスが操るレルドルト皇太子の体へと走っていく。ガウハルを完全回復させるよりこの人物を治療した方がこの場において最適解という判断なのだろう。治療中のガウハルもその意を汲み、何も言わなかった。
「いえ、無理を承知で言ってるんです。もう鬼畜とか外道とか罵ってくれていいんで! その変わり魔力はともかく肉体の損傷は回復させますから、あの終焉の竜をぶった斬ってください。その為に出てきたって言ってましたよね! すみませんけど絶対に逃がしませんからね!?」
「おぉ、おお。なんだよ、可愛い子を付けてくれんなら、もうちょっと頑張ってみるけどよぉ……君、名前は?」
「あれぇ、この人、暴君系かと思ったけど意外と話せるタイプ?」
「というよりお嬢さん回復魔術を使えるのか! 凄いな、どう、俺の嫁にならない? 今は諸事情で一文無しだけどさ、頑張って稼いで養うから、な!」
口説かれて困った顔でアラムを見るキレスタール。ここで断って機嫌を損ねて協力してくれなくなったらどうしようとでも思い至りどうするのか指示を待っているのだろう。
「はい駄目! お嫁さんいるのに初対面の女の人を口説かない! この人、駄目だ。暴君系じゃなくてただの好色者だ。遊びで女の子を口説くタイプだよぉ!」
「おい、怖いこと言うな! きちんと結婚前提で申し込んで、式を上げてからなんやかんやほとぼりが冷めてからのベッドインだからな! いいか、遊び半分でこんなこと言ったら俺の嫁たち全員が問い詰めてくるからな! なぁ、マジでそういうのやめてくれってぇ、わかったよぉ、協力するからぁ!」
「あ、はい。で、ガウハルさん怪我の治療が途中でしたがいけます?」
格好良く蘇った英雄からのガチめな懇願に少し引くアラム。まぁ、一応は協力してくれる話の流れになったので良しとすることにしたらしい。
「正直きついが、何とかしてみせよう。どう考えても踏ん張りどころであろう?」
「助かります。ギャレンさん、あなたのやることは変わりません。何がなんでもルアネさんの所に走っていって、救出してください」
これが、救出のラストチャンスなのだろう。負傷しているとはいえ魔王たるガウハル。魔力が少ないとはいえ蘇った最高のドラゴンスレイヤー。そして万全のギャレン。
「アラム殿……感謝する。このギャレン、この大恩は一生忘れない!」
「いや、それは助け出してから言ってくださいよ。じゃあ、昔々の御伽噺によくあるでしょう? 悪い竜からあのお姫様を取り返すとしましょうか!」
それが開戦の狼煙となった。一直線に白い魔力残滓の線を引き終焉の竜目掛け駆けた。それに続いてガウハルが追う形で飛行する。
「おい、そこの、明らかに新兵、その剣くれ! 癖のついてない新しい剣が欲しいんだ!」
「レルドル……しかしドラゴノス様、その手には御身の宝剣が、それに比べて我が剣などただの鉄塊でしょうに……」
「いやいや、これの中に俺の嫁たちの魂が入ってんだよ。この剣が折れたら大惨事だぞ!? それにそれ、いい剣じゃねぇか! 鉄の塊なんてとんでもない!」
しかし、とっておきのドラゴノスは今更周囲に武器を求めて騒ぎ出していた。
「ちょっとドラゴノスさーん! 二人共、行っちゃいましたけどぉ!」
「行かせてろ! 俺が行かなくてもあいつらはすぐには死なねぇだろ! それに魔力の消費を抑えるなら剣がいるんだよ! 剣が!」
もう、なんというかぐだぐだであった。
「な、なぁそれ親の形見とかじゃなかったらくれね? 金は、今は無いんだよ。ほら、さっき蘇ったばかりで一文無しだから、代わりに、そう、世界救ってやるから、なぁ?」
「い、いえ、形見ではないのですが……兵士となり。子供の頃から旧知である兵士長から賜った物なの、で……いえ、受け取ってください」
差し出しながらそう言う新兵。そんなことを言われては、ドラゴノスもやり辛い。
「あー、そうかぁー、それは嫌だなぁー。おい、他の新兵、いない? こいつは優秀だからここにいるだけで、新兵なんて基本は帝国でお留守番? マジかー。ベテランの剣って癖が付いてて――」
「ねぇ、早くしてくれませんかぁ! 今、自分でも格好いいと思うぐらいの決め台詞吐けて二人見送ったところなんでぇ!」
「焦らすなっての! この剣、昔なじみの隊長がお祝いで送ってくれた物なんだってよ! 受け取りづれぇんだよぉ! 他に無い? 新品でそこそこいい剣!」
「強欲が二つ名の癖して、結構気遣いとかできますねぇ!」
「そりゃあお前、気遣いできなけりゃ女にモテねぇだろうがよぉ! お前、モテねぇだろ!」
「……」
「……ぶほぉ! ごめん!」
「笑った! この人、今さっき噴き出して笑った!」
「いやぁ、謝ったからいいだろぅ! 拗ねるなってぇー」
「笑いながら謝られても、煽りにしかならないんですよぉ!」
こんな時に漫才を繰り広げる二名、もう少し世界の危機に対して真面目になれないものだろうか? と、それにしびれを切らしたキレスタールが言い争いをしている二人の間に入る。
「両名、戦いに集中を。剣も他武器同様に消耗品、家に飾っているのならばいざしらず、こうして戦場に持ってきた以上使い役目を果たさせることこと武の者としての責務。それと大事を納めた後にレルドルト皇太子に代わりの物を下賜してもらいましょう」
「「はい!」」
年下に真面目に説教され話をまとめられる男共、新兵に何度も礼と謝罪を口にしてドラゴノスは新兵の剣を軽々と手にした。
「おい栗、あの嬢ちゃんしっかり者だな。いい嫁になるぞ。よし、いつか口説き落としてやるぞぉ」
「彼女、最近成長期でして大人っぽくなってますけど、まだ若いので他を当たってください。それに嫁嫁って、幽霊になっても増やす気なんです?」
「それが俺が存在してる理由ってか、生きがいだからな! ま、死んでるけどよ。さぁーて、そろそろか」
「え、何がです?」
そろそろ、その言葉に首を傾げるアラム。それと同時に世界が影に覆われた。正確にはアラムたちの周囲だけなのだろう……天にある黒雲に隠れた太陽の薄い光すら遮るそれが目の前に天を破りそびえていた。
「……は?」
距離はある。十分ほどかければそれの足にたどり着けるだろう。だがそれを感じさせないほどの巨体がそこにはあった。
終焉の竜がアラムたちのすぐ前に急に現れたのだ。
「嘘! 瞬間移動!? え、これ魔術なの!?」
「そうだぜ? 終焉の竜は瞬間移動をしやがる。俺もこれのせいで生前に逃げられ続けた。だが今回は奴の腹に穴を開け、更に俺の炎で焼き続けて回復させねぇようにしてるからな。色々と魔術を使って消そうとしたが諦めて、俺を殺さないとこの炎は消えないって判断したんだろうさ。おい、というか逃げるなよ、てめぇ」
「戦略的撤退ですよぉ!」
アラムたちがキレスタールを連れて逃げようとする中、青年の頭を鷲掴みにしてドラゴノスが半笑いでそう解説する。
逃げではなく攻めの為に使用された瞬間移動、終焉の竜が急接近したこの現状、はっきり言って青年などこの場にいても役に立たないのだが……。
するとドラゴノス、いや、レルドルト皇太子の表情が切り替わる。本人に戻ったのであろう。
「ドラゴノス! 我が祖よ。帝国を造りたもうし偉大なる我が大父祖よ! 頼む。この肉体を使い潰してもいい。お願い申し上げる! 終焉から、一人の女を解き放ってくれ! 俺も、あの美しい黒い華に惚れ込んだ! そしてどうか世界を――」
まるで神にでも縋るかの如く、レルドルト皇太子はそう言った。また切り替わり、貪欲な笑みを浮かべる。
「ああ!? そういうことかよ! 肉体は弱いがつまらねぇ奴じゃねぇみたいだな! だがその想い人はギャレンに譲っとけ。俺とお前は今回、引き立て役だぁ!」
「総員! ドラゴノス皇を援護せよ! エンチャントを使える者は前に!」
ドラゴノスが動こうとすると、それだけでこの場に集う者すべてが動いた。誰もが疑いなくこの大英雄に力を貸そうとする。それだけ彼の名はこの世界において偉大なのだろう。
バルバット国王の指揮の元、ドラゴノスに濁流の様に補助魔法が掛かる。強欲から礼の言葉は無い。今はただ終焉を見てその気を逃さないことこそ最上の返礼だからだ。
「この強欲のドラゴノスが竜狩り、とくと見ろぉ!」
――そこからは速かった。アラムから手を離すと疾風となり血を蹴り駆ける強欲。それと同時に終焉の竜は回り、大地が揺れる。尾だ。その天にも届く巨体を旋回させ、尾で何もかもを薙ぎ払う気だ。
しかも魔術を使い肉体の速度を上げているのか早い。もしここがアケル王国があるならばこれだけで千年万年続いたかの王国は滅びるであろう。
地を更地に還す長い長い山脈の如し尾――それを、紅蓮に光り輝く点の光と衝突する。
一撃、受け止められず衝突後吹き飛ばされる。だがすぐさま炎を剣から逆噴射し、再び尾へと食らいつく様に戻り、今度こそ、その山脈の如き尾に張り付いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
人の叫び声、というにはその声は響きすぎた。まるで夜明けと共に世界に轟く竜の雄叫びな声を上げながら、強欲は確かにその尾を受け止め、徐々にその速度を落としていく。
「止ま――」
止まった。山脈と見間違うほどの巨大な尾は一人の男によって確かに受け止められた。偉業だ。軍勢から歓声が沸き上がりかける。だがそれを、尾を受け止めた本人の声がかき消す。
「いいかぁ! 竜狩りの基本は、最初は尾切り、次は翼切り、最後に首切りだぁあああ!」
その言葉と共に炎の柱が天高くそびえ立った。
尾を止めた程度でこの強欲は喜びもしない。歓喜はこの竜の息の根を止めた瞬間にのみ許されるのだ。
「え……」
ドラゴノスの声と炎の柱が上がった瞬間、アラムは信じられないものを見た。ドラゴノスがあの山脈の様な尾を受け止めているその場で、炎の柱が上がった。遠目であの炎の柱が何か確認できなかったが、すぐさまあれがなんだったのか、理解させられた。
「嘘だろ?」
「斬った……斬ったぞぉおお!」
今度こそ歓声が上がる。あの紅蓮の炎柱は、縦の斬撃であった。尾が、あの山脈の様な尾が切断され、今まさに終焉の竜が前のめりに転倒しようとしているではないか。
尾を持つ生物はその尻尾で体のバランスを取っている。人間とて腕が千切れてはバランスを失い慣れるまではうまく走ることも歩くことも敵わないものだ。子供の頃より伝え聞いた伝説、ドラゴノスの竜狩りを前に歴戦の男共が沸き立つ。
「行けるぞぉおお! 終焉を倒せるぞ、援護射撃だぁ! なんでもいい! 翼を狙えぇ!」
だが興奮してもそこは戦士、次にやることべきは理解して迅速であった。
武器でもある尾を切られバランスを失った竜が次にやることは飛行であり逃走だ。ならばその逃げようとした竜の翼を真っ先に潰す。ドラゴノスの語った竜狩りは、簡潔で実に合理的であった。
終焉の竜もすでに戦意を喪失し逃げようとしていた。そこに軍勢から炎、氷、岩の魔法、ついでにアラムの銃弾による掃射が浴びせられる。精度など皆無。ただ転倒し、今まで雲に隠されていた薄い翼膜に両国のありったけが注がれる。
竜の翼膜など傷つけても致命傷にはならないが、薄く脆い。威力が低くとも貫通は可能なのだ。ドラゴノスの竜を焼き続ける炎ではない。再生できるとはいえ、無数の傷、すぐさまは塞がらない。
一瞬だ。ドラゴノスが現れ終焉の竜が優勢だった状況が瞬く間に覆される。ギャレンとガウハルの二手では届きえなかった勝利に一手、この強欲が加わり三手目が生まれることにより戦局が瞬時に塗り替わる。
――そう、残り二手あるのだ。
「やれぇ! ギャレン、角ぉ!」
戻ってきた。終焉の竜を屠る為の最大戦力が、すでに上半身の鎧を大剣へと変えている魔王が空を裂く様に飛んでいた。その飛行を邪魔するものはもはや空気抵抗のみ。
だがそのままにしておく終焉の竜ではない。全身から目視できる魔力の波動を放出する。回避不能の魔術にガウハルが腕を突き出してそれを受けるも、異常はない。それ自体に攻撃性は無いようだ。
だがその直後である。速さのみを極めた魔術の光弾の雨がガウハルに目掛けて飛んでくる。
「なるほど、感知の魔術か!」
先程の波はガウハルの位置を特定するものであったようだ。あまりにも巨大すぎるゆえ、羽虫の如く小さな敵の位置など認識できない為の魔術だろう。
そして次に降り注がせた魔術は実に正確で速く、どれもが即死級、一つ防げばそのまま押し崩されるほどの集中砲火だ。
だが、これしきのことで日和るほどこの魔王は弱者ではないのだ。
「ふははははははは! 腕の一本でも犠牲にすれば突破できよう!」
「片腕を犠牲にしていかにあの大木の様な付け根を持つ翼を斬るつもりなのですか?」
と、耳元から聞こえたその声に、ちらりとガウハルが目をやる。一瞬横目で見てその黒い塊はアラムの偵察機と判断するも、声が違う。
「修道女か!」
「私めが道を切り開きます」
「遠い、無理だ――」
距離の問題で援護は不可能と言おうとした瞬間、ガウハルの目の前に彼女の髪と同じ半透明の結界が展開される。トンネル状でこの中を通ってくださいと言わんばかりの形状だ。
「――!」
果たして、驚きは魔王か終焉かどちらかだっただろうか? 目視では見えない距離、そこからの結界構築なぞ、そう容易なものではない。ガウハルとて不可能な芸当だ。
それを、こうも容易く行うなど、この少女は本当に成長した。
「アラム様から遠目の道具を借り受けておりますゆえ、そちらは見えます。あと、こちらの世界の高性能な杖を借り受けましたのでなんとかそこに結界を造れました。強度はやや不足しておりますゆえ、素早く」
「ほーう、やるではないか修道女! これは手柄を立てたな!」
「仕事ですので、無駄口は不要です」
「いや貴様、そこは少し欲を出した方が可愛げがあるぞ! 無事に帰還した折に飯でもたかれ! 貴様、愛嬌の方はまだまだだな!」
「魔王ガウハル、どさくさに紛れての食事の誘いなどセクハラになりますよ?」
「ぬ、そのような知識どこで覚えてきた!?」
「アラム様です」
「だろうな!」
と、なにやら偵察機からキレスタールとアラムの声が聞こえてくる。やいのやいのとやりとりがなされた後、アラムの勢いのある声がスピーカーから出てきた。
「ガウハルさん突然ですが幻影と幻術とか使えますぅ!? あとキレスタールさんそういうの止めて!」
「なんだ栗毛! まぁ使えるが? 奴が使う探知魔術は大体仕組みが察しがつくゆえ大丈夫だ」
「なら、思い付きなんですけど――」
「ふはははは! 気に入った。貴様、この土壇場でそういう悪だくみができるのは凄いぞ」
そう笑いながら言いつつ、ガウハルは半透明の結界の中を通る。慌てて終焉の竜はトンネルを破壊するも、時すでに遅い。鳥の様に素早く安全なその結界のトンネル通り抜け、壊される前に魔王は目的の場所へとたどり着いた。
「竜狩りのその二は、翼切りであったか! 竜殺し!」
魔王ガウハルが空中で剣を振り上げ大上段の構えを取る。狙いは翼と背の境界、大木の如し筋肉と、鉄壁の軍勢の如し鱗、なれど、それを切り裂けるのが、この双角の魔王だ。
「終焉よ。我も竜の王を狩り魔の王へと成った男だ。そしてこの竜魔王の鱗で造られし剣、貴様の翼ぐらいは容易く斬れるぞ!」
言葉通り、一閃の光が走る。すぐには落ちない。本当に斬られたのかと終焉の竜は感じたのだろう。だが痛み無く、そのドラゴノスとサハラジェの集中砲火を受けなかった方の綺麗な翼は、その根元がずれていく。
まさに両断、綺麗な断面をつくり、ガウハルは終焉の竜の翼を切ったのだ。
焦り、終焉の竜は再び探知魔術を発動する。そしてそれで新たな脅威を把握した。追撃を加えるべく、ガウハルの造った宙を踊る様に続く土の道をあの白い閃光が駆けていたのだ。
――瞬きの間だ。一瞬で形勢は逆転しきった。死神が二人、終焉の命を刈り取りにくる。
「ふははははははははははは! さぁ終焉の竜、これで貴様は飛べんぞ! すぐさまその首と頭蓋、斬り落とすか潰してくれようぞ!」
青年にとってもはや聞きなれた魔王の高笑いが天に響く。それはまるで、自分に終焉の竜の目を釘付けにする為に目立っているかのようであった。
ガウハルが翼を切り落とした頃、終焉の竜の体を走る白い一筋の光があった。
魔王から施された魔術は隠形の魔術、そして数分前まで傍を飛んでいた通信機からアラムが授けた任務は、やはり救出である。
つまり、今ガウハルと共に終焉の竜に挑んでいるギャレンは幻術で、しかも終焉の竜の探知魔術に引っ掛かる幻である。発案はアラム、実行はガウハルのやたら手の込んだ“子供騙し”である。が、それが今回は見事に嵌った。
通常はすぐに看破されるだろうが、自らの命を脅かされ焦ったのかこの作戦に終焉の竜は気づいていない。翼を斬られ、今まさに地に堕ちようとしている自らの体を、重力を無視し駆けて走る男の存在にだ。
――ギャレンは涙が出そうだった。あの青年が、臆病だが努力家でいつも必死な自分より年下の子供が、ここまで繋いでくれたのだ。
「ああ、感謝しかない」
思わず、そんな言葉が漏れる。だがまだ気は抜けない。
念の為、感知されるかもしれないと彼の偵察機は傍に飛んでいない。その為、青年からのサポートは無く。奇襲を感知できない。その為いつまたどこから、あの終焉の竜から生み出された怪物が襲い掛かってくるかもしれないのだ。
されど、そんな心配など無用だったと神に笑われたかのように、あっさりと目的の場所まで男はたどり着いていた。
終焉の竜心臓部、薄い結界はあったものの、少し触れれば薄い氷の板が砕かれるかのように脆く魔力の残滓となり消えていく。
そしてその奥に、彼女がいた。
「……」
「……」
目は合っている。お互いがお互いの存在を認識している。なのに、言葉が出てこなかった。そういえばと、ギャレンは後悔した。再開の一声をどうするかなど、考えている余裕など無かったから、どう話を切り出せばいいのかと迷っていたのだ。
「……なんで来たの?」
その彼女の言葉に、ギャレンは驚いた。不器用な自分に向かって吐かれた責めるようなあの口調ではなく、本気の失望を孕んだその言葉に。
「た……すけにきた」
「……なんで、なんで……なんでよ」
そしてまた、聞いたことの無い女の声にギャレンは戸惑う。振り絞るような、か細い声。本当に、彼女らしくない。
美しかった髪はぼさぼさに伸びて、少しだけだがやつれている。病気では無さそうだが、少し痩せた印象をギャレンに与える。
「い、いや! とにかく助けにきたんだ! 愚生はあなたを――!」
「だから、なんで助けになんか来たのよ」
「それは、決まって――」
「なんで来たのよ! なんでよ! 手紙、書いたじゃない! あんたは馬鹿だからわかんないかもしれないけどさぁ! わた、私、今ここで終焉の竜に知識を吸われているの! あいつ、昔から勇者と呼ばれる強者をこうして捕えて、知識を奪って人間が生み出した魔術を覚えて……私、私、世界を……あれに世界を滅ぼす力を与えちゃったのよ……」
「……」
正直、ギャレンではうまくその言葉をうまく消化できなかった。だが、罪悪感に苛まれ、彼女が泣いていることは辛うじてわかったらしい。
「……私、最後の最後に失敗したのよ。無意識でしょうね……自分の命惜しさに、自爆の銀剣の威力を弱めちゃったのよ……だから生きて……捕らえられ、こんな……」
「いや……それは」
確か、現アケル国王が国費をケチって不良品が渡されていたとかそういうしょうもない話だったはずだ……だが今そんなことを言っても自分を慰める嘘としか受け取らないだろう。
「――ねぇ、殺して」
その言葉に、ギャレンは凍り付いた。
「神様にね、ここで何度祈ったの、務めを果たせなくてごめんなさい。今すぐ殺してくださいって、でもここ、魔術を封じられてて、それなのに回復魔術が常にかけられてて、舌を噛み切って舌で気管を塞いで窒息しようとしても、うまくできなくて――私の人生、いままでなんでも大体うまくできたのに、なんか、苦しいのは苦手みたい」
「ぃ……や」
「――ねぇ、殺してよ。大罪人よ、私? 殺しなさい、貴族としての責を果たしなさいよ!」
空気が変わった。それは命令だった。弱弱しい彼女ではなく、覚悟を決め罰を望む一人の貴族がそこにいた。
男は言葉を絞り出そうとして、本当にそれが正しいのか慎重に吟味して、時間だけが過ぎ、それでも……やっと男の口から出てきた言葉は、簡潔なものだった。
「それは、できない。できる訳がない」
「だったら……帰りなさいよ。見捨ててよ。皆に合わせる顔が無いのよ。生きる資格が無いのよ……何、私を嗤いたいの、あんた?」
「いや――」
「ああ、そう、手紙よ手紙、書いたでしょ、ほら、アラムに頼んでた奴。あんたはとっとと別の世界にでも非難してなさいよ。こんな所にまでのこのこ現れて、真正の馬鹿なの? さっさとこんな性格キツイ私なんかより、愛想のいい女を見つけてさぁ!」
「――流石に怒るぞ。ルアネ」
名を呼ばれ、ルアネの顔が歪み、一筋の涙が流れる。それは、幼子の様なくしゃくしゃな泣き顔に変わった。
「ねぇ……ギャレン……あんたさぁ、頑張ったじゃない……だったらきちんと報われなさいよ……家族から虐待されてたんでしょ? なら、あんな国とこの世界なんて捨てて、とっとと逃げて幸せになったら良かったのよ。誰が……誰がそれを怒れるのよ?」
「この世界には君がいる。ならば愚生は、いや俺は、逃げられる訳がないんだ」
「……馬鹿、本当に……馬鹿」
「ああ、俺は馬鹿だ。わかっている、だがもう決めた。悩んでしまったが、もう決めたんだ。もし、世界の全てが君を責めても、俺が君を全てを捧げて守る」
わからずや、強情、そういう言葉が彼女の中に生まれる。きっと、この男は何を言っても自分を見捨てない。自分が何をしでかしても、味方であり続けるのだろう。
それに泣きそうになって、なんだか怒りそうになって、それでも嬉しくなってしまって……ルアネは項垂れて――死を諦めたのだった。
「……ねぇギャレン、私、どうすればいい? なんて顔してあんたに助けられたらいいの?」
「それは、難しい質問だ。けれど、まずは喜んでほしいと思う。正直に言えば、話を聞いていて思ったのだが、ルアネは少し誤解している節がある」
終焉の竜討伐という任で、彼女は決して怖気づいて自己犠牲を成しえなかった訳ではないだろう。ここまでルアネが自責の念に囚われる必要は無い。
「ああ、それとだ……ルアネ。ふざけている訳ではないんだ。どうか俺が今、君に再びこの言葉を送ることを許してほしい。昔からずっと考えていた言葉だ」
「何よ、改まって」
「――ルアネ。どうかこの俺にあなたの人生を、共に歩ませてほしい」
思わず、ルアネの目が見開くほどの真っ直ぐな言葉であった。ずっと考えていたという割に、随分と飾り気など無いプロポーズだ。
「本当に、愚直ね」
愚かに思うほど真っ直ぐで、才能も無いのに、環境にも恵まれもしなかったのに、無責任な自分の言葉を真に受けて強くなった男を、彼女は見る。
そんな男が、不安そうな顔で、少したじろいで待っていた。そういえば自分はまたこいつにプロポーズされたんだと思い出して、小さな笑みを作り……真剣な顔で言った。
「待って、待ちなさい。ギャレン」
「い、いや、ここで返答してくれないと――」
「私だってこのタイミングで答えるべきなのはわかってるけど、後日! その、今まで断ることしかしてこなかったから、こんな時、どう言っていいのか、わからないのよ」
言葉の後半、拗ねるよな口調で、いや、照れ隠しだろう。そんな言葉を返される。それはもう、答えを言っているようなものじゃないだろうか? 喜びと驚きを混ぜた顔でギャレンは黙り込んで、そのままルアネに近づき両手首と足首に繋がれていた肉の鎖を引きちぎった。
「出よう。ルアネ」
ギャレンがが腰からルアネを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこだ。ルアネは顔を赤め……はしてない。真剣な表情で周囲を観察している。
「待ちなさいギャレン。ここはあいつの心臓部……なのよね?」
「ああ、左胸に開いている穴から入ったから間違いない」
「やっぱり、ずっとここで心音みたいな音がずっと聞いてたからそうじゃないかって……ここにすんなり入れたの?」
「ああ、ここまで来るのには苦戦したが入ること自体は苦労していないが……ルアネ?」
お姫様抱っこされながら考え込むルアネ。精神が擦り切れるほど疲弊しているだろうに、頭脳労働を始める辺り、やはり彼女は強い。
「あーもう、疲れているせいかしら、頭が働かないけど。多分だけど、これは呪いよ。いえ、枷とか縛りと言った方がいいかしら? 魔術には自身や何かに縛りをつけてその効果を増幅させるのもあるのよ」
「……つまり?」
「つまり、ここで暴れたら終焉の竜は死ぬってこと。終焉の竜の出鱈目な強さは多分、急所である心臓部を守れないという生命としての欠陥を代償に得てるのよ。先天的か後天的かは不明だけど――」
「うむ、わかった。ならばすぐに行動しよう」
話の途中だがそこまで言われればギャレンでも理解できる。ここまでたどり着けたから、せっかくなので心臓を攻撃しようということだ。
と、ギャレンが行動しようとルアネを足場に降ろそうとした瞬間に“その足場が消失”した。
「――ん!?」
「ギャレン! しっかり私を持っときなさい!」
浮遊感と上下感覚の消失、いきなりのことに理解が追い付かないギャレンとすぐさま対策で魔術を発動させるルアネ。黒い雲がすぐ隣にあり、その中で雷が唸る様に暴れている。しかも肺が凍りそうなほどの冷気で肌の感覚がバグを起こしていた。
――上空だ。飛行魔法は後回し自由落下に身を任しながら、まずは水中で使用させれる、どこでも呼吸をスムーズに行える魔術を発動させるルアネ。
「ちっ手順を間違えた。演唱を唱えるのを最優先にしたかったのが拙かったか――この雷は終焉の竜の仕業ね。テレポートで上空に上げて雲の中にある雷を利用して雷魔法の集中砲火を浴びせるつもり? そうね。それしかない!」
轟音が二人の耳を貫くと同時に、ルアネは小声でそう言いつつ、まるで大群の竜の如く襲い掛かってくる雷を防御魔法で防ぎ、すぐさまその防御魔術を貫通してもいいように雷耐の加護をギャレン共々付与、そして遠見の魔術を発動させ地上を観察し戦況を確認し始めた。
「流石だルアネ! ありがとう」
天才的な早業だった。何をされてどう対処したかもわかっていないギャレンが、自分を助けてくれたことだけは理解できたのか、礼を言う。
「まだ本調子じゃないからあまり頼ら……何あれ!?」
「ああ、実は終焉の竜討伐にアラム殿がドラゴノス帝国とサハラジェ連合に協力を仰ぎ共同軍を――」
「そっちじゃない! 顔よ顔!」
地上を見て驚いたルアネ。それを両国の軍を見てでの反応かと思い、事の経緯を話すギャレンだが彼女の顔という単語に何に驚いているのかわからなくなったらしい。
だが、下界を見て納得がいった。それは元々巨大ゆえに、上空からでもその異変に気が付けた。
「ギャレン! アラムに連絡できる物、何か持たされてる!?」
「確かこのダイエット軍曹にアラム殿が通信機能を仕込んでくれていたはずだが……」
と、浮遊し彼女を抱きかかえながらも片手で器用に雑に腰紐に挟んでおいたあの人形を取り出すギャレン。
その珍妙な見た目に面食らうルアネ。だが、この人形の真価はそこではない。
「やぁ、俺はあの有名なダイエット軍曹だ! よろしくなルーキー!」
「いやなんで喋んのよ! アラムの声じゃないでしょ? この変な人形、何!? まぁいいわ、どうせあんたは操作方法とかわかんないんでしょ、さっさとそれ貸しなさい! まずはそれ、黙らせるから!」
「ダ、ダイエット軍曹!? ルアネ、その、丁重に――」
「くっそ、えーと、あ、これは、こういうことね。はいはい、わかりました!」
流石は才女といったところか、高速で地上に飛行しながら、目をぱちくりさせているギャレンからダイエット軍曹を奪い取り、勘で無線機の電源を探し始めたのであった。
――黒竜姫、奪還!




