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第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 二十二話



 兵の波が紫の地を埋め尽くす。

 ほとんどの者の手には大小様々な杖があり、レルドルト皇太子の指示が飛べば遠距離攻撃を一斉に放ち前方を灰燼へと帰すであろう。

 まさに大軍勢。更にはその一人一人が強力な魔術を使えるというのだから、これほどの軍ならばどのような国でも攻め落とせるであろう。

 その先頭に、紅蓮の鎧を身にまとった皇太子と少女が先陣を務めていた。


「キレスタール殿、そろそろ陣を敷く! 備えてくれ!」

「しかし、終焉の竜との距離が空きすぎているのでは!?」


 目の前に天にまでそびえ立つ巨塔としか例えようのない生物を前にして、キレスタールは


「いや、近すぎるぐらいだ! 尾の一振りでも始まればすぐさま撤退をしてギリギリ回避できるかどうかの距離だろう! ここから戦闘を始める!」


 だが大国が二つ、長い期間を経て生み出された大軍勢が挑むのはこの世界の終わりを与えると伝わる終焉の竜。判断を誤ればすぐさま全滅する。


「予定通り前線はガウハル殿とギャレンと任せ、我々は遠距離での援護だ。少しでも終焉の竜の体力を削るぞ! 総員、その場に留まり終焉の竜上半身へ攻撃せよ!」


 後続にレルドルト皇太子の命を発された瞬間、伝言ゲームの要領でその場に停止と同時に魔術発射の言葉が飛び交う。そしてすぐさま赤い炎が巨塔目掛けて飛ばされていく。

 百、千、万の火の塊が空を覆う。一発でも当たれば人を焼死させうる火炎弾、それはこんな時でなければ見た者を魅了するほどの絶景ではあった。

 前方で戦っているであろうガウハルとギャレンを避けての巨塔上半身への一斉発射、だが数発威力不足なのか狙う場所を間違えたのか、はたまた並行して飛ぶ魔術とぶつかったのか飛んでる途中、目標に届かず落下していくがそれでも数えきれない数が命中した。


「修道女、先ほど我のすぐ隣に火炎魔術が落下してきたのだが?」


 と、いつの間にかキレスタールの隣に青年の偵察機が浮いていた。声の主はガウハルで、先ほどの攻撃の流れ弾について文句を言っている。


「魔王ガウハル、当たっても問題ないでしょう? それよりもギャレン様は無事ですか?」

「無事だ。当たり前であろう、奴も火球の一つや二つ当たっても問題あるまい。再生に近い出力の治癒魔術を常に回しているのだからな。それよりアケルといったか、あの国で戦った黒い方の敵がそちらに行っておるぞ」

「……そういうことは早く報告しなさい!」

「焦るな、すれ違いざまに除霊の術を纏わせた剣で斬っておいた。ゆえに暫くは動けまいが、一応は頭の隅に置い――修道女、それより巨竜めがようやく“戦う気”になったようだ」


 その言葉を最後に、通信を切るガウハル。かの魔王にしては珍しく、少し早口で焦りを感じさせる言葉尻であった。

 嫌な予感と共に、少女は雲を突き抜けている終焉の竜に目を向ける。見れば足元で天に続く岩の橋みたいな物ができており、その上を白いを放つ何かが走っていた。ガウハルが足場を作りギャレンがその上を走っているのだろう。

 それはいい、その上だ。いつも無表情であるキレスタールが冷や汗を流すほどの光景が、漆黒であるはずの空に広がっていた。


「なんだよあれ……ふざけるなよ」


 少女のすぐそばにいた一人の戦士がポツリとそんな言葉を漏らした。

 ――顔を焼かれるほどの光、というものを少女は太陽しか知らなかった。船にも人口太陽と呼ばれる光源もあるが、彼方にあって顔の皮膚が熱くなるほどの熱は太陽の光しか経験がなかったのだから。

 だがこれからは、この時の魔術陣もそうであったと語るであろう。


「総員! 攻撃せよ! 攻撃せよ!」


 まず行動を起こしたのはレルドルト皇太子であった。大声で攻撃命令を出す。

 標的は終焉の竜近くで展開された星の川とでも見間違うほどの魔術陣、そう、星だ。もはや数えるのが馬鹿らしいほどの魔術陣が宙に展開されていたのだ。

 あれをなんと表現すればいいだろうか。無限に続く空に浮く城壁か、はたまた地獄の悪しき竜を全てそこにぶちまけたかのような光景とでも、吟遊詩人は語るであろう。

 赤、橙、黄、の光、その全てが展開から一秒後に、魔術を発射してきていた。


「撃て撃て撃て撃てぇ!」


 誰かの怒号が聞こえると同時に、視界と聴覚が強烈な光と魔術の発射音に奪われる。

 精度など考えない一斉砲撃、人が作り出した地上からの万の光と終焉の竜一体が作り出した空からの万の光がぶつかり、炸裂し、弾け、光の後に煙が空を汚していく。


「馬鹿な……押されているだと」


 天を見上げて視界を埋め尽くす衝突の煌めきが徐々に大きくなっていく。たった一体の終焉の竜の魔術に万を超える魔術師たちの全力の抗いに負けているのだ。


「大杖だ! キレスタール殿に大杖を持て!」


 レルドルト皇太子がそう叫ぶと、人だかりの奥から中型の竜六体に括りつけられて大木の様な杖が運ばれてくる。

 それを男たちが十人がかりで立てると、少女が走って近づき、その大杖に手を添えた。


「やります!」


 大木と見間違えるほど大きな杖をと共に、高出力の魔力で少女の体が光る。杖を支える者達もだ。

 これに呼応して巨大な魔力障壁が軍の前に現れる。それは黄金砂漠の玄関口、トラヌ王国とものと同等の同じものだ。人を守る絶対の防壁にしてこの世界最強の守りがそこに顕現した。

 そしてそれと同時に軍勢からの魔術の一斉掃射が止まり、抵抗が無くなった瞬間に一斉爆撃が障壁へと降り注ぐ。

 爆音と縦と横が合わさった地響き、あまりもの衝撃にある者は耳を押さえ、ある者を体勢を崩し倒れる。


「まるで、世界の終わりだぁ……」


 なぜあの竜が“終焉”の名を冠しているのか? ただ伝説や予言で世界で滅ぼすと言われているだけだったのが、その耳で、目で、たった今、誰もが理解した。あれは確かに世界を崩壊させるに足りえる怪物であると。

 あの巨大な竜がその気になれば三日でこの大陸は終わるであろう。竜も人も、平等に滅ぼし、草木でさえも血を焦土に変え続け、いずれ海を渡り知らぬ大地でも同じようにできる。


「あれが、終焉の竜……」

「!? 敵が来ます!」


 結界に揺らぎを感じ、勘のみで少女は叫ぶ。だが総じて悪い予感というものは当たるもので、確かに少女の言葉と共に今も死の雨を防いでいる大結界に迫り、それに穴を開けて、黒い影が風を切りこちらへと飛んできた。


「休憩は終わりだ! 総員、接近してきた敵を撃てぇ!」


 大結界の中、守られるだけで手持無沙汰だった戦士たちにそうレルドルト皇太子の号令が轟く。

 いの一番に動いたのは皇太子の親衛隊だ。若いながらに忠誠心が高く、その影が人型であっても味方(ガウハル)である可能性を切り捨て、火炎魔術を放ち敵を燃やした。そもそも入り込んだ影は二つあったのだからガウハルではないのだ。

 だが、影は動いた。燃やされ、一瞬地面に転がるも素早く立ち上がり、こちら目掛けて飛んでくる。それを確認した瞬間に、歴戦の戦士たちが動く。倒すのではなく動きを止める土魔術。いや、土といういうより急速に固まるセメントと表現した方が適切だろう。


「くそ、こんな魔術、俺の時代には無かったぞ! どこのどいつだぁ、こんなの編み出した奴は!」

 そんな悪態が響く、低く、野太い……間違いなく男の声であった。そして、その声を少女は知っていた。

「破壊手!」

「なんだ、また俺を知ってる奴が! やっぱり有名人……いや、さっきの奴らも知ってたな。もしかして“他の俺”と一戦交えたか!?」


 嬉しそうにそう言いながら、茶色い土で体を固められて身動きが取れない破壊手のシュバルツ。ガウハルの報告ではしばらく動けないということだったが、元気いっぱいである。


「魔王ガウハルが手を抜いた……訳ではないでしょうね」


 あの魔王は基本ふざけてはいるが、仕事はきっちりとする。ならば破壊手を回復させた者がいると考えた方が筋が通る。何しろ破壊手は癒し手と呼ばれる女とコンビを組んでいるのだから、そう考える方が自然だ。


「……結界に侵入された時影は二つあったはず、もう一人はど――」


 少女がもう一人を探す為左右を見渡し始めた瞬間、意識外の場所から攻撃が飛んできた。動きが封じられているはずの破壊手の方からである。

 黒い男の兜が弾け、男の“頭ごと貫いた光剣”がまっすぐ少女の頭目掛けて飛んできたのだ。

 不死身であることを利用した仲間を貫いての不意打ち。少女の周りにいる者誰もがそれに反応できなかった。それを少女は――。


「――っ!」


 的確に飛んできた方へと結界術ではじき返す。

 瞬間、破壊手のすぐ後ろで光が揺れめき白い何かが宙を飛ぶ。そして現れたのはカウンターで頭を失った白い鎧。その細い体は女であることを証明している。間違いなく癒し手の鎧だ。

 そして癒し手の体はそのまま自分の頭があった場所に手をやり、回復を始め、露出した首の骨から頭蓋、目、顔の筋肉、そして皮膚と髪の順番に回復していく。

 不死身の怪物、この光景を見て誰もがそこにる女をそう認識したであろう。


「脳を潰しても止まらないとは……やはりあなた方は厄介ですね」

「小娘の癖に手練れですね。シュバルツ、もう芝居はいいですよ。さっさとその拘束を……ああ、私が頭を吹き飛ばしたのでしたね」


 そう言って頭が無い状態で暴れまわっている破壊手の首に回復魔術を当て、自分と同じように回復する癒し手。そして頭が戻った瞬間出てきたのは仲間への文句であった。


「てんめぇ、ヴァイス! 満身創痍か身動きとれねぇふりをしろって言ってたのはこの不意打ちの為か! 不死身だからってやっていいことがあるだろうが! それに今はなぜか自力で回復できねぇんだからよ!」

「だから私が戻してあげたのでしょう? あなたは私の前でなりふり構わず暴れなさい。それが生きてた頃からの数少ない得意分野でしょうに」

「少ないは余計だ糞尼!」


 言葉はともかく、そこにいたのは端整な顔立ちの男女であった。そう、骸であったあの顔ではない。どうやら今回の二人はより生前の実力に近い、ということらしい。


「……」

「おや、仕掛けてこないのですか? というより、やはりあなた方は厄介、などと言っていましたね? “別の”私たちと戦いましたか?」


 癒し手に言われ、少女が押し黙る。普段口少ないのに余計な情報を相手に渡してしまったことを密かに悔いた。


「それに結界術を使うようですが、我が子孫と共に行動する角の生えた人外同様に魂に直接攻撃する術があればとっくに使っているはずですし……ああ、私たちに負けてますね? おおよそ私たちを倒したのは終焉の竜近くに向かったどちらか、でしょうに」

「ええ、負けて逃げようとしました」

「やはり、やはりやはり! 生ぬるい! 惰弱、時をかけ数だけ増えて、この時代の人間は私たちの時代より衰えた! なぜ敗走者が処刑もされずに戦場にのうのうと現れた! 一度逃げたのならば物陰の隅で震えておけばいいのに! 私たちの時代ならば敗走者ならば首を落とされたわ!」


 その正直な少女の言葉に、癒し手は心底相手を軽蔑しきった表情で少女、いや、後ろにいる戦士たちをも馬鹿にしだした。


「ですが」

「あぁ?」

「あなた方も同じだと思いますので……もう負けはしません」

「……小娘風情が、何が同じだと言うのです? それに貴女はなぜここに来た? 何を欲して、ああ、富ですか? この戦いで武勲を立てればどこぞの王にでも見初められると? 卑しい女――」

「まさか」

「……ならば何を求めているというのですか?」

「今、あなた方が戦うことを避けたあなたの子孫と同じく、私めを友と呼んでくれた一人の女性の為です」

「は、何を綺麗ごとを、敗走者、とっとと竜に乗り逃げ帰りなさい。そうすれば命だけは取りません――」

「逃げる気はありません。あなた方も同じだと言ったでしょう……あなたは私を敗走者と呼びますが、つい先ほど通り過ぎる角の生えたあの魔王と自分の子孫に恐れをなして、相棒を仕留められても隠れているだけだったあなたも同列でしょうに?」


 その少女の毒に、周囲の時間が凍った。

 あまりにも棘のある物言いに少女の味方であるはずの男共も黙りこくる。きっと先ほどの修道女らしからぬ辛辣で的を射た言葉に、恐怖を感じたのだろう。


「ぶははははは! 確かにな! おいヴァイス、あの娘の言う通りだ。お前あの角の生えた奴と子孫が通り過ぎる間、姿隠しの魔術で――」


 瞬間、癒し手の光剣により一つの首が飛んだ。あの凍り付いた空気の中腹を抱えて笑った破壊手の首だ。

 そして頭部の無くなった破壊手の体がどさりと倒れると、それに蹴りを入れてから足で頭部を作り直す癒し手、あれは完全に頭に血が上っているであろう。


「決めました。小娘、貴女から殺しましょう。それと後ろのバカに大きい杖、それがこの結界の維持をしているのですか? それもついでに壊しておきますか」

「皆様、これで私が狙われますので後ろから私に気にせず魔術での援護をお願いします」

 鋭い薄氷を首筋に当てるような殺気を受けながら、しれっと少女がそうレルドルト皇太子に伝える。どうやら先ほどやり取りは自分に敵のヘイトを向ける挑発だったらしい。

「私に当てる軌道でも構いませんので」

「あ……ああ、わかった」


 随分と肝が据わっている少女に圧倒されながらも、辛うじてそう返した者の皇太子とその他戦士は頭の中で少女の言葉を反芻し、はっとした。


「い、いや、待て! 流れ弾を気にせず放てなど、それにキレスタール殿は回復と結界を得意とする魔術師、ここは我らが前に出て――」

「私めの攻撃を反射する結界術は先んじてお伝えしているはずです。味方の攻撃を利用して相手に当てますゆえ、お気になさらず。それに、あの破壊手の対策は現状、私めにしかできません」


 それだけ言うと単身相手に突っ込むキレスタール。屈強な男共を差し置いて先陣を切る彼女に眩暈を覚えながらも、まずは皇太子が魔術で火球を放った。

 正直、それほど威力は無い。ギャレンほどではないが、レルドルト皇太子に魔術の才能は無いのだ。彼に求められるのは今は指揮能力のみ、その攻撃に部下たちが続いてくれればいい、その思っての火球であった。

 火球の軌道は少女にも敵にも命中しないルート。だが、少女はその火球をリフレクターで上空に弾き、数個のリフレクターでサッカーボールをパスするかのように弾き続けた。


「何を――」


 そして、徐々に速度を上げていったその火球は、唐突に癒し手に向けて飛んでいき、大爆発をおこし、その場所に炎の柱を立てたのだ。


「さ……流石は、皇太子様です」

「そんな訳がないだろう!」


 辛うじて言葉を発したのはレルドルト皇太子の側近部隊の一人と、その本人のみであった。少女以外が茫然とする中、大爆発を起こして体を燃やされながら炎の中からもがき苦しみながら出てきた癒し手が、大やけどを負った皮膚を回復させながら少女を睨む。


「小娘! 何をした!」

「あの火球をリフレクターで増幅し、撃ち出しました。なので皆さま、どんどん魔術をお使いください」

「っ! シュバルツ! 早く起きなさい!」


 敵の質問で、理解の追い付いていない味方への説明をする少女、癒し手はこれは不味いと判断し、ヒステリックに仲間の名前を呼ぶが、もう遅い。

 火球と水弾、風の斬撃に雷の矢、色とりどりのありとあらゆる魔術が放たれ、少女はそのほとんどをリフレクターで救い上げ増幅させている。


「シュバルツ!? 何をして――」

「ヴァイス! 手をふさがれた! これじゃあ魔術を削り取れねぇ! 腕を切り落として回復させろ!」


 癒し手が瞠目する。自身の回復魔術で頭部を戻した相棒は、再起すると同時にその両手に四角い結界を張られ、何も触れられないようにされていたのだ。


「――ちぃ!」


 思わず舌打ちが一回、今からヴァイスの言う通りにしていては、上空の増幅された魔術が飛んで二人とも消し炭になるだろう。いや、それ以前にその暇をあの少女が与えてくれるだろうか?

 あの少女はさほど強くは無い。それは確実にだ。自力では癒し手、破壊手その単体よりも劣る。まだ後ろにいる戦士たちの方が、あの少女より強いぐらいだろう。

 だが、自分たちに対しての対策が完璧であったのだ。低い攻撃力を味方の攻撃をリフレクターで弾いて増幅、下手をすれば一撃で体を炭にされる可能性もある。更に破壊手の両手にボール大の結界を張り、何も触れられなくして攻撃を封じ込めていた。

 癒し手である彼女が、怒りに駆られて破壊手の首をはね動けなくしなければこうも簡単に追い詰められなかっただろう。動く相手の両手、しかも手練れの手に強固な結界術で封じ込めることなど至難であろうに。

 だが、悔いたところで遅い。現状がこれなのだ。終焉の竜特有の自動蘇生が無い今、消し炭にされては戻れない。破壊手という最大の攻撃手段も封じられた。癒し手と破壊手はこの年端もいかぬ少女に、見事に完封された。


「さぁ――」


 少女が小さく口を開けると、少し怯えた顔で癒し手は彼女の方を見る。先ほどまで敗走者だの小娘だのと罵っていた相手にだ。


「死者は生者を害してはなりません。人としての最低限の矜持があるというのならば、ここで人に仇名す獣ではなく過去の英雄として散りなさい」

「――小娘ぇ!」


 唾が飛んだ。まるで蝙蝠の様な醜い形相で癒し手が叫ぶ。


「貴様に、何が理解できる! 英雄として散れだと!? 私たちが何を奪われ何を踏みにじられたか、あの貪欲な小物に! 何もかもを奪われつくされ終焉の竜へと挑まされた我々の怨嗟は、決して消えなど――」

「――お前、俺たちをまだ英雄として扱うのか?」


 癒し手の言葉を、破壊手が遮った。まさかの声に、癒し手が泡を食らい固まり隣の男を睨んだ。


「終焉の竜に屈し、手駒となった俺たちを、なぜ英雄と呼ぶ?」


 両の手を指が届かない大きさの結界に封じ込まれて、いつの間にか足にも少女により結界を幾重にも重ねられて動けなくなっている男が、消え入りそうな小さな声だけで……隣の女を止めたのだ。


「……正直、私めはあなた方のことは、あまり知りえません。ヴァイス、シュバルツ、その白と黒の大国にある二大貴族が祖、としか。ただ、皆の期待をその一身に背負い戦ってきたと言うのならば、尊敬の念を抱かずにはいられないのです。私めも、かつてはそうでありましたので……あなた方と違い、私めに向けられた目は少し歪だったでしょうが」


 多くは語らなかった。かつて、聖女の代替品(クローン)として造られ、あのガウハルを倒す運命にあった少女はただ、多くの人々から聖女と呼ばれた。

 それは、確かに呪いであっただろう。そう救う為に生きろと、皆の為に死ぬようにと望まれることは。


「たとえ、時を超え邪竜の手先に堕ちたところで……過去、あなた方が人を一人でも救う為に立ち上がった者だというのならば、文字にもされず語られぬ戦いの果てに子を、女を、男も救ったのならば、英雄と呼ばれるのは当然のこと。その誇りに陰りなど、ありません」


 だからこそ、そう生き、苦しんだであろう人間に少女は敬念はあっても蔑みは無いのだ。

 先ほどは、毒は吐いたがそれはそれ、あれはいつくも少女に仕込まれた魔王の作戦(入れ知恵)の一つであった。ゆえに、今放ったこの言葉に嘘偽りはない。


「お……俺は、俺たちは多くの……竜を倒した。多くの人間を、助けた。そしてそのほとんどを、アケルという愚物の手柄にされた! ただ安全な玉座で、後ろでふんぞり返り喚くだけの何もしなかった馬鹿が、知らぬ間に俺たちの手柄を、金で雇った者に演技をさせて俺たちが建てた小さなあの国を乗っ取った!」

「シュバルツ! 何を情けない声を――」

「俺が、俺がいくら、いくら、どれだけ声を上げて叫んで、真実を叫んでも! たった十人だ! 両の指で数えられる人数だぁ! そいつらが嘘の噂を広めればそれが真実になっちまう! わかるか! その十人は俺が命を賭けて救ったばかりの人間だったんだぁ!」


 裏切り。遠い日の、遠い地での、裏切りだった。

 この真実が本に記されていても、ひどい話だとも思わずただ知識として多くの者が記憶の片隅に置く骨だけのただの古い情報。

 だがこの叫びには、確かに肉が、血が通っていた。


「俺は、ただ……英雄として、ありたかった……俺を英雄と呼ばんだ人間を、俺を英雄にしてくれる人間を、俺は……ヴァイス、俺は!」

「そんなものわかっていたでしょう! ただ悉くを殺す! 女子供も、無関係な者を殺してアケルへの復讐を果たす! 例え世界を終わらせても! そのつもりだったのではないのですか!」

「俺だって……俺だって覚悟をしているつもりだったさ! 生きてた頃だって人を殺すことにためらいを感じることは少なかった! だが、英雄と呼ばれたら……なぁ、今だってアケルが憎い、腸が煮えくり返る……でも……あいつらは“そもそもアケルじゃねぇ”だろ!」


 ただ、その叫びに悲痛な表情をしながら、攻撃もせずに自分を見ている周囲の戦士たちを破壊手が流れるように見て、指を指してこう言う。


「掲げてる旗、顔つき、髪に肌を見ればわかる! ここにいるのは俺たちの復讐とは無関係な奴らだろ! なぁ、もうわからねぇよ! 英雄になりたかったのに終焉の竜に魂を売って、人間であることを捨てて復讐しようとしたら、俺を英雄と呼んでくれる奴が敵で! もう、俺は……なぁ、ヴァイス! 俺は、英雄としての矜持だけは捨てられねぇんだよ!」

「シュバルツ……この、腑抜けが!」

「……俺は」


 ここで、二人の違いが出た。英雄として己が真実を伝えたかった男と、ただただ復讐に身を焦がした女。

 一度迷えば、もう立ち上がれなどしない。なんということはない……英雄の対局に位置する人類の敵という立ち位置に、この男はここにきて耐え切れなくなっていた。


「お、おい、なんだあれ!」


 誰か。戦士の一人が空に指を指し皆に異変を伝える。見れば、終焉の竜周囲を黒い何かが飛翔している。遠すぎて何かは確認できなかったが、それよりも皆目を奪われたのは大結界に張り付いたシミの様なそれだった。


「死体、か?」


 それは肉塊であった。人三人分の肉の塊が大結界に張り付いていた。それはもぞもぞと動いて大結界を這い、唐突にその身を細めた。


「何をしているんだ? この大結界が破れ――」


 そんな言葉を止め、速攻で結界に穴が開く。通ったのだ。それは小さな小さな穴を開け、針の様な細さになり、大結界に侵入してくる。

 おおよそ生物とは思えないそれは、そのまま大人数で支えている大杖の上にベチョリと落ちてきて、大杖を取り込んだ。


「逃げろ、逃げろぉ!」


 落下した物は慌てて逃げる魔術師たちを追わず大杖を囲み込む。それは肉のスライムだった。液状ではなく腐肉、それが大杖を取り込み溶かす。

 支柱である大杖を失い、大結界が消えてしまう。もう終焉の竜からの攻撃は止んでいるとはいえ、酷い痛手だ。


「大杖が……なんなんだ」


 正体不明のそれは、大杖を溶かしきると今度はヒトデの形になった。よく見れば昆虫の様な薄羽が生えている。

 異形、まさにそう形容するにふさわしい肉塊。それは五つの触手で立ち上がり、唐突にドタバタと走り出し一直線に動けないでいる破壊手に突っ込んでいく。

 少女も、癒し手も他の者も逃げる中、それは一番逃げ遅れるであろう彼だけを狙ったのだ。


「止めろ! 止めろぉ! 俺は、俺はもう!」


 叫ぶような拒絶の声。だがもう遅い、肉塊は一人の男を取り込み……竜の形になった。


「あぁああああああああああ!」


 異形の竜が叫ぶ、破壊手の声で、知性を感じられない悪しき竜の叫び声を上げた。

 本能がその存在を拒絶した。誰もがそれに命を危機を感じ、杖を、剣を構えて排除しようとする。だがあれに攻撃が通じるだろうか? 近づけば大杖と同じように溶かされるか取り込まれる。

 誰もが一瞬、思考に時間を割く中――等々にそれははじけ飛んだ。


「え?」


 力の渦だった。一瞬の出来事だったが、小さな力の渦が肉塊の竜に三回、大穴を開ける。

 足、胴、頭。その順番に開いた風穴、誰もが何が起きたか理解できぬ中、少女の隣から聞きなれた声がした。彼の偵察機だ。


「キレスタールさん、無事!?」

「アラム様! 先ほどの攻撃はアラム様のもので?」

「いや、えーと、まぁそうなんだけど、人工知能に制御させた対物ライフルで……いや今はそうじゃなくて、ルアネさんが無事か、ああいや、そうじゃなくて! あっちがヤバいんだ! ガウハルさんとギャレンさん、つまり終焉の竜の周辺が地獄になってるんだ!」


 これよりはるか後方、海岸沿い近くにいるはずの彼が、随分と慌てていた。そして容量の悪い瀬梅井の末、偵察機ごしに地獄、という単語を口にする。

 見れば、癒し手はすでに消えていた。姿隠しの魔術か何かで逃げおおせていたのだろう。脅威でじゃある。だがそれ以上に……。


「もしや、終焉の竜周辺を飛ぶあの黒い何かは――」


 青年の言葉を聞かずとも、最悪の予測を少女はするのに、そう時間は掛からなかった。



――人よ、終焉を思い知れ。

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