第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 二十話
「斥候部隊の報告からして、終焉の竜はまだ海中か……何度か巨大な影は観測したのであろうが、警戒しているのやもしれん。長期戦の覚悟もしておいた方が良いな」
「しかし、我が帝国の予言師は今日中に上陸を果たすであろうと聞いたが……」
机の上に置かれた陣形地図を眺めながら、皇太子はそう言う。それにバルバット国王が苦い顔をする。
「あー、レルドルト皇太子、忠告だが予言師の予知ってのは信用しすぎない方が良い。一瞬だけ土地に上がり引き返すこともあり得る。俺も昔、何度も振り回されたもんだぜ?」
「まぁ、兵糧が足りなくなれば我が魔術で海中を沸騰させれば良い。蒸した魚をそのまま食える。生態系への懸念はあるが、致し方あるまいて」
これはガウハルの言であった。男三人(司令官)が机に齧りつき作戦会議をしているところなのである。
「いやいや、ここらに生物はいないという話だろう? 魔王様は気にせずやってくれ。どのみちここはどの国の領土でもないんだからなぁ、問題無い」
小高い丘の天辺、見晴らしが良い位置で彼らはもう何時間も話し合っていた。
周囲を見渡した眼下には、数えきれない鎧と旗が風になびくことなく垂れ下がっている。予言で今日、終焉の竜が出現すると言われ、何度も思考を重ね考えられた陣形での終焉の竜の待ち伏せ。最終決戦の準備は万端……と言いたいが、約二名、中型の竜に乗り、慌ただしく準備をしている者たちがいた。
「しかし、アラムは今更何をしてるんだ? 随分と忙しそうだが」
「ふはははは、栗毛はいつも通り、なにやら仕込みをしているらしい。仔細は聞いておらぬが、まるで小動物の如き忙しさよな!」
片手で魔術で望遠鏡の原理か? 小さなガラスの魔方陣を作り、遠くにいるアラムを眺め始めるバルバット国王。それにガウハルが愉快そうに説明をする。どうしてこの魔王様はいきなり上機嫌になるのだろうかと周囲が疑問に思っていると、バルバット王がふっと笑った。
「はは、アラムの奴、本当に面白ことをするな」
「バルバット国王、何かあったのか?」
「いや、アラムの奴が乗竜が言うことを聞かないから餌を何度もやって、人の言葉で頼み込んでやがるみたいだ。子供でも乗ったらあの種は大人しくいうことを聞くのに、なんであいつはあれほど舐められてんだ?」
愉快そうにくつくつ笑うバルバット国王。アラム君が下出に出てなんとか中型の竜に走ってもらおうとしているのが、実に面白いらしい。
「は、最終的にお付きの女子がなだめてなんとかなったらしい。あの竜オスだな、あー、たまに人間に発情する馬鹿竜がいるが……」
「ああ、たまにいる……そういう発情竜は男が乗るとやる気を出さんから使えない駄竜だからな」
あるあるなのか、バルバット王とレルドルト皇太子が困った風にそう語り合う。
と、そんな会話の途中、覗き見をしているバルバット王が驚いてガウハルに問う。
「おい……あれは、箱か? アラムの奴、でかくて黒い箱を設置しまくってるぞ。確か本人は人形とか言ってたか? もしかしてあれから人形が飛び出て敵を驚かすのか? まるで子供騙しだな」
「ほう、そういう玩具は我も最近見たことはあるが、まさかそんな物が策という訳ではあるまいて、あれも武器なのであろう」
「ああ、だが箱から人形が飛び出す玩具は俺の国には無い。今度作って他国に売ってみるか?」
なんとも緊張感が感じられない会話である。だが、そんな気安い会話を背に、ただただそのすぐ近くで腰を下ろし、海を見つめる男が一人いた。
「大男よ。あまり気を張りすぎるな、もたぬぞ?」
「休んではいる。ただ万全の状態で挑めるようにしていたいだけだ。気にしないでくれ」
そうギャレンは答えはしたが、今の彼は明らかに気を張りすぎていた。五時間ほど、食事どころか水すらも口もせずに海を眺めているのだ。
見かねたガウハルの問いに、海を見つめたままそう返すギャレン。無礼ともとれるその態度に、ガウハルは小さく笑ってから隣に腰を下ろした。
「まぁ……聞け。ルアネ、だったか。我は知らぬがあそこのあれが見たこともないほど必死になっているところを見るに、善人だったのであろう」
そう言って、遠くで乗っている竜に振り落とされかけているアラムたちの方を指さすガウハル。
「アラム殿は確かに――」
「いや、違う。栗毛ではない、あれが必死なのはそう珍しくもない。あ奴は弱いゆえすぐに追い込まれる。まぁ、追い込まれてからがあ奴は本領を発揮するのだがな」
「では?」
「無論、修道女の方よ。あれがな、数日前に嫌っておる我に頭を下げてきおった。我とあれは元は敵同士で、こうして栗毛の元で世話になった後も毛嫌いしておるのだが……貴様に協力してくれと、我に頼み込んできた」
「……それは、それほど珍しいことなのだろうか?」
「天変地異よ。あれは教会の出でな。幼少より我ら魔族は悪としてそう頭に刷り込まれ、武器として造られた。ゆえに理性では今は我が味方と理解できても、底の部分で受け入れられぬ、と思っておったのだが……若さ、というものを失念しておった。あ奴は成長し、貴様の為に嫌悪感、差別意識を抑え込み頭を下げた。それは、中々できることではあるまいて」
「そう、なのか……帝国ではガウハル殿が訓練をしていた、というのは聞いていたが……」
「――頼れ」
「む?」
「いや、話が少しズレたゆえな、短い言葉で戻しただけよ。栗毛は無論、あの栗毛に付いていくだけだった己の意見を持たん受動的な修道女が、己の意思でルアネという女を助けようとしている」
「……ああ、彼女は体だけでなく、心も随分と成長したのだろう」
「栗毛は、まぁ、あ奴は他者の命が掛かるならば怯え震え喚きながら死力を尽くし、それでも心折れてももがく男よ」
「……そうだな。アラム殿には今までの旅でも、随分と支えられた」
「で、あろう? そして我もまぁ、貴様のことは気に入っておるし、力は貸す。何しろ世界の安寧よりまずは女を優先させたのだ。それをここまでその我を貫き通した……見ごたえがあった。ならば、駄賃として最後まで付き合のが筋というものだろう」
「……ああ、感謝する」
「ゆえに周囲を見よ。仲間をいつも以上に頼り、そして我を存分に使え。己も仲間も使い切り、その女を救ってみせるがよい」
それだけ言い、いつの間にか手にしていた干し肉をギャレンに渡し、双角の魔王は二人の王の元へと戻って行く。
一人残されたギャレンは、空を見上げた。果てなく空を満たす雲は曇天であった。空に浮かんでいるはずの雲は、雷雲と似て黒いくせに無音であることに、今更気が付いた。
その空を反射し、海面もまた深海の暗黒を海上にもってきたかのように黒く異質だ。紫色の砂粒が横に続く海岸沿いに集まった兵士たちはいい加減待つことに疲れたのか、自分と同じように座り込んでいる者も多い。何人かは火魔術で鍋を炙り、飯を作り食べていた。
「……確かに、少し力が入りすぎていたか」
五時間ここに座っていたはずなのに、よく観察すれば新たな発見があった。ギャレンはあの双角の魔王から受け取った固い肉を噛みちぎり、口を動かす。
心に少しばかりの余裕ができた。それでもギャレンはただただ待つ、それしかできない。この世界に終焉をもたらす竜を、そして最愛の人を救う戦いを、ただ無風の中で、静かに待っているのであった。
闇夜の中、その力強い音は退屈に毒されていた皆の意識を覚醒させた。
頭の中を揺らしそうなほど銅鑼に似た道具を使い大音量で誰かが敵襲を全軍へと告げるべく、けたたましい音の波が忙しなく空気を震わせ続けた。
同時に響く「敵確認」と言う短い言葉、全員が慌てて海の方を見た。
「え、どこ、どこ!」
深夜帯ということもあり、大半が眠っていた兵士たちとは違い、いつでも敵が出現してもいいように、王たち二人がいる高台の本拠地に偵察を続けていたアラムは暗視スコープを覗きながら必死に黒い海を見る。
すると確かに巨大な何かが海面に浮上し、沈んでいくのを確かにアラムは確認した。
「栗毛、何か見えたのか?」
「アラム様、何か確認できましたか?」
と、アラムの顔を、左右から少女と魔王が挟み込む。青年の暗視スコープを隙間からでも覗こうと頑張っているのだろうか? ほっぺ通しがくっつきそうなほど近いが、青年は気にも留めず報告を始める。
「観測隊の人も確認したっていう大きな物体は確認できました。大きさ的に終焉の竜で間違いない……んですけど、おかしい……偵察機に引っ掛からない」
青年は暗視スコープと膝に乗せたデバイスを交互に見ながら首を傾げる。それもそのはず、アラムの放った偵察機は敵を察知していないのだ。
それにガウハルが神妙な顔をする。
「故障か?」
「一台二台ならその可能性もありますが、飛ばした偵察機全てが敵を捕らえないのは外的要因と考えた……ほう……が」
言いかけ、アラムは海とは逆方向を見る。そこにはただただ紫色の荒野が広がるのみ。予言によると今日、敵は“海から”上陸してくるという話で、先ほど敵影も確認した。帝国の斥候も何度も海の中にいる巨大な影を確認している。
……なのだがこの時、青年はどうしてか後ろが気になったのだ。
「……」
ガウハルもそうだったのか。青年と同じように海とは真逆の方を見る。
「アラム様、魔王ガウハル、今は後ろなど気にしては――」
キレスタールが敵に注視しろと口にしかけた瞬間、アラムとガウハルの耳が何かを捕える。音だった。何かが空気を切り、燃えるような――。
「修道女! 軍全員を囲む様に結界を張れ! 最短でだ! だが強度はしっかりとな!」
その魔王ガウハルの言葉で、キレスタールはすぐさま行動を起こした。疑問も質問もすら無く、ただ言われた通り全軍を囲む大規模な結界を十秒ほど使い構築した。
海岸沿いに突如、光の柱が地面から突き出たと思えば、空に向かいどんどんと伸びていき、その先端を目で追えば首を上げ切った地点で柱は曲がり大きなドームとなる。
「でかした修道女、だが必要以上に大きすぎだ! 魔力を浪費してどうする!」
「魔王ガウハル、先ほどから注文が多いです! 最短での構築で強度を求めれば必要以上に大きくなるものでしょう! 緻密に必要分だけ魔力を使い展開などして入れば最低でも十分は使います!」
と、ガウハルにキレスタールが吠える。だが大声を出したのは彼女だけではない。
「ガウハル殿、何をしている!? これほど大規模な結界、キレスタールの無駄に魔力をしてどうするというのだ!」
近くで望遠魔術で海を眺めていたレルドルト皇太子も少女に続き怒号に似た声を上げた。だがその隣のバルバット国王が彼の肩に手に置いて静かにするように言い聞かせる。バルバット王も、アラムと同じく何かを感じ取ったらしい。
誰もガウハルの発言の意図など理解できない。ただ少女は毛嫌いはしていても、戦闘時この魔王の発言を軽んじてはいけないのは今までの経験で理解はしている。
そして真夜中、いきなり結界を張られた結界に多くの兵が混乱する中、いきなり地響きと目を焼くほどの光量、衝突音に誰もが大声を出し頭を盾か手で守りながらその場で姿勢を低くする。
――そして視力が回復し、衝突音での耳鳴りが収まる頃、何万もの軍が見たのだ。天覆う少女の張った大規模結界が“焼けて”いた。
「なんだ!? 何が起きた!」
レルドルト皇太子が状況を理解できず、誰かに説明を求める。だが返答など無い。いきなり大結界が燃えたことだけしか、ここにいるほとんどが認識できていない。
「ガウハルさーん、なんとかしてぇ!?」
誰よりも先に異常を察知していたアラムでさえこんなアバウトな指示を一番頼りになる人物に出すことしかできなかったのだ。無理もない。
「ふはははは、すでにしておる。栗毛よ、指示が五秒遅いわ! それより“着弾位置”は見えていたな! それより敵の方角を割り出し――」
「あーそれはもうしてます! 海に出してた偵察機を網にして動かしました! 数でいけば何か引っ掛かるでしょ、多分!」
「はは、お互い仕事が早いではないか!」
勝手に盛り上がる二人に置いていかれる周囲、すると少し離れた場所で待機していたギャレンが走ってきて状況報告を求めた。
「アラム殿、何がどうなっている!」
「多分ですが奇襲……いえ確実に奇襲です! 網に敵が引っ掛かりました! これより南東に超巨大な敵有り! 超音波で察知、終焉の竜、姿が見えませんがそこいます! 距離は、とにかく遠いです! それとぼかぁ、今から敵に発信機とか埋め込みますんで!」
その偵察機からの報告にレルドルト皇太子とバルバット国王の顔から血の気が引いた。終焉の竜は海から現れるものとばかりと考えていた。だが敵はすでに上陸し、はるか遠方から両国の軍の後ろから攻撃してきたのだ。
「伝令! 全軍に交戦開始と移動と伝えよ! これより終焉の竜討伐を開始する!」
あらかじめ決めていた段取りが総崩れである。レルドルト皇太子とバルバット国王の司令塔二人が慌てて指示を出し始める。その一方で青年はあくまで冷静であった。敵の存在を報告してから、召喚システムで何かを出しながら答えガウハルの方をちらりと見る。
「ガウハルさん、ここをもっと高台にできますか! 発信機の狙撃したいので!」
「構わんが今、魔術の妨害術式を総当たりで走らせておるので精密な注文は無理だぞ?」
「形は問いません! できるだけ高ければいいです!」
「心得た。国王に皇太子! ここを山とするが良いな!」
否と言わせぬほど切迫した言葉に、指示を出しながら国王と皇太子は戸惑いながらも周囲を見る。
「……ガウハル殿! 進軍の妨げになる! 山だと少し邪魔だ! 別の高台を作っておいてくれ! 階段つきの櫓でも作れないのか!?」
未だ海沿いに陣を構えている軍を見てから、そんな注文をする。判断材料が無い中、適当に返答せず一考するとは思わなかったのか、アラムは「頭のいい人は違うなぁ」などと感心していた。
「ええい、我とて遠距離に物を作るならば限度がある。栗毛は今も海岸のどこかにいるのだろう? 精密な物は無理だ! しかも今は敵の術式を調べておるのだからな、多忙よ! ゆえに山にトンネルを造る! それで我慢せよ! バルバット王、進軍は山の穴をを通れと伝えよ! して栗毛、返事は!」
「構いません! 銃弾の落下を考えて高い場所が欲しいだけなので山でもなんでもいいですから!」
ふわふわ飛んでいる偵察機からアラムの言葉を聞き届けられると、足元から浮遊感が襲う。視界がどんどん上へと上がっていっていた。ガウハルによる物体の操作、それにより大量の山が海岸沿いに湧き水の如く作られたのだ。ドラゴノス帝国で建てられたあの巨壁と同じ作りの物なのだろう
「ありがとうござます、ガウハルさん! でもなんか多くないです!?」
「貴様の位置がよくわからなかったゆえ、乱雑に何か所かに作ったのだ! して、こちらもちょうど終わったぞ。地面を弄り気が付いた。奴め、幻術を土地を利用して使っておったわ。他にも様々な術や呪いを土地に“染み込ませて”おる」
と、ガウハルが手を叩く。その瞬間、世界が歪んだ。いや、歪んだのは全員の視界であった。
「なんだ……こんなの、高すぎるだろ」
「あ、れは?」
兵たちがどよめく――それは、そびえ立っていた。誰もがそう表現するしかなかっただろう。二本脚の直立不動、それが天にも届く巨体が雲を突き破り、自分たちがここまで来るのに通った地のすぐ近くに、立っていたのだ。海ではなく大地に――両国全ての者が海を背に、背水の形で終焉の竜と対峙する形となった。
そしてそれはとにかくでかい。、まるで摩天楼の如き大きさ、いや、首の位置が空に届いているのだからそれ以上だろう。三本の首は全てまっすぐに黒雲へと刺さり、頭部が隠れている。だがあの三又の首こそ、一度戦った終焉の竜の証で間違いない。
「ギャレンさん!」
と、話と状況についていけず、無言で周囲を伺っていたギャレンが自分より大きな銃で発砲する準備をしていた青年に名を叫ばれ、はっとした顔をする。その時がきたのだと、それだけは理解できたのだろう。
「ガウハルさんと一緒に先陣切って突撃してください! レルドルト皇太子、バルバット国王、今から全軍ターゲットに進軍させますよね!? まさか敵の現れる場所の予測が外れたかって逃げてもう一度、作戦練り直しなんか言いませんよね!?」
指揮系統を預かる二名にアラムが確認する。バルバット王は顎に手を添えながら考え、返答した。
「無論だ。ここにきて退避の選択肢は無い。相手は破格の遠距離攻撃持ち、逃げに転じれば尻から焼かれる! 帝国の軍も同じように動かすがいいか、レルドルト皇太子!」
「……いや帝国軍の精鋭は俺は個別に動かし、全軍の先導を務める。バルバット王は後方指揮を務められよ」
「おい皇太子、後方にいなければ死ぬぞ?」
「死ぬ覚悟はしている。だが、こうも作戦の出鼻をくじかれては士気が下がる……俺が前に出て全軍の士気を上げねばならない、だろう? それにそう俺は、皇太子であって皇帝ではない、俺が死んでも他国に人質に出された弟が何人かいる。そこからまた次の後継が選ばれるだけだ。替えはいる。ゆえに俺が前線指揮を預かる方が最良だ!」
さて、事前作戦は前提が破綻、ここからの立て直しは難しいだろう。それでも、ここから挽回をしなければならない。
「だがギャレン、お前は死ぬな! 命令だ、切り込みだが生き延びルアネ姫と必ず再会し取り戻せ! いいな!」
それでも、ここいる全員戦意を喪失などしていない。むしろ滾っている。
「……おう!」
だからだろう。白竜公はなんの憂いも無く、最終決戦へと力強く駆けていけたのは。
――対終焉、世界存亡の最終決戦、開幕。




