第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 十七話
「止めぬか修道女、我はただ職務を全うしただけだろうに……」
「アラム様に許可も取らず勝手に政治の奥深くに切り込み、元老院を意のままに操っていたなど、業務外と断言します!」
「いやまぁ、多少趣味は走った自覚はあるが……ぐぉ、く、暫く会わぬ間に成長して筋力が上がっておるではないか、修道女よ!」
少女の割と腰の入った杖の打撃がガウハルの背中を強打する。
難しい顔をしているアラムと怒っているキレスタール、そして弁明をするガウハルが速足で帝国の城内にある長廊下を歩いていた。目的地はドラゴノスの宝剣があるという一室で、便利なもので目的地にいるというギャレンを目指し、アラムの偵察機がふわふわ飛んで道案内をしていた。
さて、審議場でのあの一件……あれはガウハルが丁寧に丁寧に今日まで仕込んで起きた茶番劇であったらしい。汚職まみれの元老院に取り入り大一番でボロを出させた、と魔王は語る。
「現皇帝、あの皇太子の父は良き皇帝よ。欲まみれの元老院をうまく抑えながら政を良く取り仕切っておる」
「というより驚きましたよ。ドラゴノス帝国は復興を終えたばかりと聞いてたのに、ほとんど元通りになって僕らを向か入れてお祭りをする余裕すらあるなんて……」
「確かに、我がこの国に来た時は酷い有様であった。現皇帝が骨削り姫の呪いに倒れあの皇太子めがあたふたとしておったので代わりに復興の指揮をな? そうしたら皇帝政権に苦い思いをしていた元老院が気を良くして我を引き込もうと、まぁ、こういう流れとなったならばとスパイとなって最終決戦に憂いなく挑めるようにだな――」
とまぁ、そういった成り行きでこうなったらしい。
ガウハルの手腕もあるにはあるらしいが、元々皇帝が人を育てる才能に秀でていたらしい。魔術での建築技術、帝都再開発の思案書や各方面への話のすり合わせ、潤沢な材料の備蓄があったのだからこれぐらいはできて当然、というのが魔王の談だ。
「ある日突然、己が倒れても息子を助ける為に根回しをしていたのだろう。良き皇帝であり、良き父でもあるな」
べた褒めである。そんな皇帝のお父様は、今頃ブリュンヒルド本人が呪いを解きに行っているらしいので、今頃は目を覚めているだろう。元老院が彼女を強引に処罰しようとしたのは政敵である皇帝を目覚めさせぬ為に呪いをかけた本人を手中に収める企みであったらしい。
「まぁ、政治のことは詳しく理解できませんが、内部の敵を処理しておいてくれたのは助かります。ありがとうございます、ガウハルさん」
「そら、栗毛を見習え修道女。こうやって人に対し礼を尽くし労うということがどれほど人生においていかに大切か――」
と、形勢逆転したガウハルが説教を始めようとした時、彼の目線が正面に釘付けとなった。
「……ほぅ、誰かと思ったぞ」
「ガウハル殿がこの国を建て直したと聞いた。愚生からも礼を言う。この国の名になっている人物は、男ならば誰もが憧れる人物だ。たとえ異郷とあろうと、そこが無くなるのは悲しい」
彼を見て感心したような声を漏らしたのはガウハルだ。城内の長廊下の果てにある大扉、その前で立っていたギャレンを見て、彼は驚いていた。
「あの、ガウハルさん?」
「栗毛から成長したらしい、とは通信機での雑談にて聞いていたが……そうか」
凡人のアラムにはわからないが、強者から見てギャレンは一目見ただけで成長具合がわかるほど変わっていたらしい。
それを聞いてギャレンは薄く笑い、大扉に目をやった。
「この先にドラゴノスの宝剣がある、ということだ。そちらも聞いたと思うが、妃ブリュンヒルドは皇帝の呪いを解き、すぐさまバルバット王がここまで連れてくる手はずだ。元老院と揉めたらしいと聞く、邪魔されぬうちに事を済まそう」
「それよりギャレンさん。体の方は? トラヌ王国から最低限の休みのみで護衛を勤め上げたんですから、もう少し休まないと――」
「いや、黄金砂漠の兵は流石に強かった。なので愚生の仕事もそう多くはなかった」
「えぇー……四六時中長い隊列を行ったり来たりしてたと思うんですが……」
だが強がりではなく、ギャレンは確かにケロッとしている。この頑丈な男に呆れながらも青年は皆とたわいのない会話をしつつ、バルバット王たちが来るのを待っていた。
そしてに十分ほど経った時に、待ち人がやって来たがどうもその様子がおかしかった。
「む、バルバット王! どうしたというのだ!」
「落ち着け白竜公……まぁ、俺たちに心配かけねぇように無理をしてたみたいだ」
長廊下からやって来たのはレルドルト皇太子とブリュンヒルドをお姫様抱っこで運んできたバルバット王であった。
すでにブリュンヒルドは半透明ほどに消えかかっており、辛そうに眼を閉じていた。
「皇帝の呪いを解いた瞬間、倒れやがった。もう限界だったんだろう。すぐにでもドラゴノスと会わせたい。そこの扉を開けてくれ」
言われ、ギャレンとアラム、ガウハルが一緒に扉を押す。開け放たれた扉の向こうには、白い六角形の一室に剣が台座に突き刺さっているなんとも荘厳な一室があった。
「……墓標」
それを見て、少女はそう感じ取ったらしい。何者かが眠りし部屋、ならばおいそれとこの扉は開けるべきではないのだろう。だが、今回はそれにたる理由がある。
「……あぁ」
「ブリュンヒルド殿、愚生……俺だ、ギャレンだ。そしてあれがドラゴノスの魂が眠るという宝剣だ! 遂にここまで来たのだ! 今すぐに会わせる!」
バルバット王の腕の中で、目を薄っすらと開けたブリュンヒルドがほほ笑む。その姿はすぐに崩れてしまいそうなほど儚い。
「ギャレン、バルバット王……それと、レルドルト君だったかしら……それに他の人も、ありがとう。最後に、我が侭を言わせて、ここからは歩きたいの」
「いや、このバルバットが台座まで――」
「ふふ、おばあちゃんの我が侭を聞いてちょうだいな。他の男性に抱っこされてたら……きっとあの人、拗ねちゃうわ」
「……ああ、わかった」
そう言い、ゆっくりと、本当にゆっくりとした動きでバルバット王の腕から降りるブリュンヒルド。
骨削り姫、悪妃、魔性の女。竜帝伝説にて悪女として語られる女は、そこにはいない。
「……」
皆が、一歩、一歩と歩みを進めるその妃を後ろから見守っていた。
途中、何度も倒れそうになった。それでも、なんとか、ふらついて、足が折れてその場で砂になりそうな女は、なんとか宝剣が届く位置で、膝から崩れ落ちた。
「……あー……皆――長かった。会い……たかったぁ」
いつの間にか、彼女は泣いていた。そして消えかけた美しい左手で、まるで誰かの頬をなぞる様に、宝剣に触れる。
「そこに……いる、のね」
消えそうな、苦しそうな声でドラゴノス二番目の妻は宝剣に確かに皆の魂を感じた。
「――ただいま」
その言葉を最後に、静寂のみが部屋を満たした。
「……消えた?」
青年が、そう言葉を発した時には、すでにブリュンヒルドの姿は無かった。本当に唐突に、彼女は姿を消した。
「えっと、その、どうなったんですか?」
「無論、会えたさ。かの英雄ときっと再開した」
どうなったのかと狼狽する青年に、ギャレンは確信をもってそう答える。確証など無い。だが、最後の彼女の顔は嬉し涙を流す幼女の様だったのだから……幸せではあっただろう。
「……そうですね」
青年はその言葉に落ち着いて、皆と共にドラゴノスの宝剣を暫く、眺めていた。
――きっと、ドラゴノスとその多くの妃と再会できたのだと、願いを込めて。
「はい、ということでね。気持ちを切り替えて世界を救う為に会議をしましょう!」
この青年の言葉はあれから二十分後のものである。
余韻もクソもない酷い発言ではあるが、実際アラムの言う通りではある。終焉の竜打倒の準備は早急に行わなくてはならない。
現在進行形で終焉の竜から“使者”がドラゴノス帝国へと送られているのだ。迅速にその発生源を叩かなければならない。
「で、いつまで帝国はもつんだ?」
「ガウハル殿が防衛壁を造ってくれたので一年はもつだろう……と結論は出ている」
会議の場所はレルドルト皇太子の自室である。というのも今回は両国の重役を交えての会議、の前のすり合わせの為の話し合いみたいなものである。
情報交換をして両国の王の意見を予め固めておいた方が話が早く進むというガウハルの進言の元に急遽開催された密会だ。
なので必要最低限、アラムとバルバット王、レルドルト皇太子の三名しかいない。
「……防衛壁だと?」
「あー、バルバット王にはガウハルさんの能力について伝えてませんでしたね。確か物体だったら大抵の物ならば操れるんですよ」
「いや、すまない。それが防衛壁となんの関係がある?」
あの魔王の出鱈目な力を知っているアラムと魔王と短期間過ごしたであろうレルドルト皇太子はどう説明していいのかと言葉を詰まらせる。
「まぁ、取りあえず見てもらいましょう」
そう言ってアラムは偵察機を机の上に置く。すると光が浮かび上がり、ホログラムが投影された。バルバット王はそれを興味深そうに観察して……絶句した。
「……」
「見ての通り壁です。この城からは見えませんが終焉の竜がいる方角にどでかい壁が広範囲に建てられ……製造? されてます。あ、ガウハルさん手を振ってもらえます?」
と、アラムがそう通信機に話しかけると、壁の天辺にいる米粒ほどの人物が両手を大きく上げて振っている。
「待て待て、この壁はどれほどの高さだ!? 小山と同じぐらいはあるだろうに、どれほどの期間で製造した? 材料費は? 人件費は?」
そしてバルバット王の質問攻めである。流石は商業国家の王、金の質問が出てきた。
「ガウハルさん、質問に答えられます?」
「適当に造り計っていないので知らんが、帝国の城二つ分ほどの高さだろう。一分でこしらえた。材料は地面の土を操ったからタダ、と言いたいが、流石に小腹が減るゆえな、屋台の串一品分のカロリーはいる。それが建設費と言えよう」
魔王の言葉にバルバット王が頭を押さえた。思わずアラムとレルドルト皇太子が俺もその気持ちわかるぅ、と肩に手を置きたそうにしていたが、今は話の腰を折る訳にはいかずアラムが咳払いをしてから会議を進める。
「う、ううん! それで、現在この防衛壁は中に人を収容できまして僅かな隙間から杖を出して魔法を撃てる造りとなってます。高所から一方的に攻撃できる為、百人を交代制で終焉の竜が送ってくる使者の撃破を一日中、絶え間なく行っています」
「その作戦で防げるならば、ブリュンヒルドと同等のレベルではないのか?」
「まぁ、あのレベルのが大群で暴れたら世界が終わりますね。その時は清く諦めるしかありませんね」
と、そのアラムとバルバット王の会話にレルドルト皇太子が固まる。
「話には聞いているが……あの骨削り姫をギャレンが打ち倒したなど少し信じられないのだが……いや、確かに強かったは強かったが、帝国を一人で壊滅させた相手を……」
「まぁ、戦力把握の為に映像を見ましょうか」
と、アラムが偵察機のホログラムを操り今度はギャレンとブリュンヒルドの戦闘を再生する。あの土壇場で録画していたらしい。
それにレルドルト皇太子が頭を押さえた。かつての恋仇が控えめに言って兵器と呼べる強さに変わっていたら、こうもなるだろう。
その気持ちわかるぅ、とアラムとバルバット王が肩に手を置きかけたが、今はそんなことをしている暇は無い。アラムは再び咳ばらいをして話を進める。
「で、終焉の竜討伐時もこの要領で戦おうと思います。目標を確認後、ガウハルさんに同じような壁を半円上に展開してもらってそこで一般の方は援護、ガウハルさんとギャレンさんがその壁と挟み込む形で目標の逃げ道を潰し接近戦で戦闘をしようかと思います」
「そう、うまくいくか?」
「もちろん臨機応変に、状況に合わせて布陣は変えますが、基本戦術はこれと皆に伝えましょう。今日からそれにちなんだ鍛錬もしていただきます。まぁ挟撃できなくてもあの二人になんとかしてもらうしかないんで、他は魔術で援護してもらうしかないんですよねぇー……」
つまり実質前衛二人、その他が援護で終焉の竜を討伐するという馬鹿げた話なのだが――。
「異議無し」
「最善手だ」
この通り、速攻で二人から承諾が下りたのだった。
宝剣の内部「ファー! ブリュ姉、生きとったんか、ワレェ!?」
く……貯めなければ、石を! ドラコ―と周年と水着イベの為に!




